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氷の薔薇と銀の狼 -Relight-  作者: 水原伊織


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68/107

68.「今度はドライブで連れてって」――海辺の誓いと、専務室の告白。篠崎が明かした“40年目の真実”。

その日の夜。

仁に、無事に帰宅した旨のラインを送った後。


絵里奈は、ありとあらゆる方法で、伊織を慰めていた。

それは言葉であり、沈黙であり、寄り添う体温だった。

最近は、いつも求めに応じてだった。

今日は、自分から求めにいった。

伊織の気持ちは関係なかった。

自分が、そうしたかったのだ。

それは、久しぶりの感覚だった。


----


伊織は、寝室のベッドで絵里奈と抱き合って横になっていた。

今日は、絵里奈が求めてきた。

自分を包み込んで、慰めようとしたのかもしれない。


心が脆くなっていた。

年のせいなのかもしれない。

昔の自分なら、晴子の言葉や、過去に対峙したとき、それも人生のうちだ、と考えたはずだった。

40代後半は、身体だけでなく、心も弱っていくのかと思った。

何故、あんなことをしたのか、自分でも分からなかった。

素直に、辛いと言えばよかったのだ。


「絵里奈…」

「どうしたの?」


「…今日は、本当にすまなかった」

「…そういう日もあるよ、でも、めずらしくて」

「そうだね」

「そういうところは、相変わらず意地張るのね」


「そういうところ?」

「弱さを見せない。見せたくない」


絵里奈は、伊織の腕の中で、囁くように言葉をつないでいる。


「…変わっていないな、昔から確かに。多分、見栄っ張りなんだよ、きっと」


伊織も、そう囁く。


「ねえ、今度、また行こうよ、あの海」

「え?」

「今度は、ドライブで連れてって」

「…分かった」


絵里奈はそう言うと、唇を重ねてきた。

それに答えるようにして、そっと唇を重ね返した。


「ほんとに連れてってよ」


唇が離れたあと、彼女は小さくそう呟いた。

顔は上げないまま、俺の胸に額を寄せてくる。


「ああ、行こう」


言葉にした途端、胸の奥がじんと熱くなる。

絵里奈はそのまま、安心したように息を吐いた。


----


篠崎は、わずかに緊張を滲ませながら専務室の扉をノックした。


「失礼します」

「おう、入れ」


木崎の低い声が内側から返ってくる。

篠崎は静かに扉を開け、中へ足を踏み入れた。


木崎は自分のデスクに腰を下ろしたまま、こちらを見上げた。


「何や、話って……銀狼の件か?」

「いえ、違います」


木崎はわずかに眉をひそめ、椅子に座り直す。


「じゃあ何や。お前とワシの接点、他にないやろ」

「いえ、あります」


篠崎は真顔のまま、静かに言った。


「優子さん……中村部長のことです」


篠崎がそう告げた瞬間、木崎の表情が険しく変わった。

今まで一度も見たことのない顔だった。


「……なんやて」


声が、急に低く沈む。


「お前……何を知っとるんや」


篠崎は恐怖を押し隠しながら、それでも口を開いた。


「優子さんと、付き合っています」

篠崎の言葉に、木崎は椅子の上で支えを失い、半ば崩れ落ちるように身を沈めた。


「な、なんやて……嘘つくな、あほ」

そう吐き捨てた木崎の顔には、いつもの柔和さがゆっくりと戻っていた。


「本当です」

「……優子は、教えてくれへんかった」


篠崎は一度背筋を正し、静かに続けた。


「優子さんから、すべて聞いています」

「正人のことも?」

「はい。つい先日、お会いしました」


優子の家を訪ねた際、篠崎は優子の息子・正人と顔を合わせ、挨拶を交わしていた。


「そうか」


木崎の表情には、複雑な色が浮かんでいる。


「いつからや?」

「と、言いますと?」

「いつから、優子と付き合ってんねん?」

「創立記念パーティーの日からです」

「なんやて」

木崎は、それ以上言葉を継がず、沈黙した。


沈黙は、しばらく続いた。


やがて、木崎が切り出した。


「まさか、相手がお前とはのう……」

「不服ですか?」

「いや、そういうことやなくて、そのなんだ、どうしてこうなった?」


なれそめを聞いているのだ。

篠崎は、いきさつを話した。


話し終えるやいなや、木崎が吹き出した。

「あ〜はっはっ、なんやねん、初めて、て」


篠崎は、みるみる顔を真っ赤にした。


「……いけませんか?」

「い、いや、すまん、すまん。やけど初めてって……ぷぷぷ」


言わなければよかった、と篠崎は初めて後悔した。


「優子も罪な女やなあ。こんなうぶな青年の筆下ろしするなんて……」

「専務……あの……」

「お、あ、ああ、すまんな」


そんなにおかしいことなのか、と篠崎は思った。


「よし、分かった。こうしよ。お前が優子と付き合っとるんは、内緒にしとく」


篠崎は、はっとして木崎を見た。


「もし泣かしでもしたらな、そのときは、お前の秘密を全社員にばらしたるからな」

「秘密、ですか?」

「ああ。鬼の内部監査の篠崎部長、40過ぎまで童貞でしたってな」


篠崎は、また顔を真っ赤にした。

専務室には、木崎の笑い声がこだましていた。


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