表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の薔薇と銀の狼 -Relight-  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/78

42.「格が違う」――誇らしげなメルセデスを霞ませるマイバッハの再臨。全社員が息を呑んだ水原夫妻の凱旋。

優子は、ホテルのエントランスで受付をしていた。

名簿を片手に、社員とその家族を次々と案内しながら、ふと眉をひそめる。


今日は、やたらメルセデスが多い。

創立記念パーティーの会場となるホテルのロータリーには、 すでに数台のメルセデスが並んでいた。

白、黒、シルバー。

どれも新車のように磨き上げられ、 オーナーたちはどこか誇らしげに車を降りていく。


「またメルセデス……」

優子は、受付用の名簿をめくりながら小さくため息をついた。

社内では、伊織が乗っていたSクラスは、銀狼と呼ばれ、事故の件も相まって、妙な伝説めいた扱いを受けていた。

そのせいで、若手社員を中心にメルセデス購入者が急増したのだ。

ほんと、影響されやすいんだから、と優子は思った。



ホテルの前では、新しいEクラスを自慢げに眺める若手社員がいた。

その隣では、後部座席から子どもがはしゃいで降りてくる。

受付の横では、別の社員が同僚に向かって興奮気味に話している。


「今日、水原夫妻も来るらしいよ」

「ってことは、本物の銀狼か?」

「マジか、滅多に人前に姿を見せないらしい、見られたら運がいいって噂だぞ」

「ていうか、直木賞受賞作家なんでしょ?水原GMの旦那さんって」


優子は、その会話を聞きながら苦笑していた。

時計を見ると、もうそろそろ、パーティーが始まる時間だった。

絵里奈、まだ来てないな。

そんなことを考えた瞬間、ロータリーの奥から、ひときわ静かなエンジン音が近づいてきた。

次の瞬間、黒い影がゆっくりと姿を現した。


メルセデス…マイバッハ。


ホテルのライトを受けて、艶やかなボディが静かに光を返す。

周囲のざわめきが、一瞬だけ吸い込まれたように止まった。


「……はあ?」


優子の口から、思わず素の声が漏れた。

メルセデスの列が、まるで背景に引っ込んでいく。

格が違う。

そんな言葉が、嫌でも頭に浮かぶ。


(ちょっと待ってよ……まさか)


受付のスタッフがざわつき始める。


「え、メルセデス…マイバッハ?あれ、マイバッハじゃない?!」

「社長じゃないですよね?」

「誰が乗ってるの……?」


マイバッハが完全に停車し、ドアが静かに開いた。

チャコールグレーのスリーピースのスーツを着た男が運転席から降りてきた。

写真でしか見たこと無かったが、水原の夫である伊織だろう。

そのまま後部座席のドアを開ける。

車の存在感に負けないほど自然に馴染んでいる動作だった。


(なんなの、この人。銀の狼というより、王様みたいなんだけど)


そして、黒のオフショルダードレスを纏った絵里奈が、伊織に手を引かれて、

後部座席からゆっくりと降りて、姿を見せた。


その姿は、月から降りてきた女神のようだった。


(絵里奈、もう今日はこれで全部持っていったわね)


ゆっくりと歩く二人に、社員たちの視線が一斉に向かい、まるで、伝説の人物でも見たかのように道を開けていく。

憧れ、驚き、嫉妬、尊敬。

いくつもの感情が混ざったざわめきが、波のように広がっていく。

二人は受付の優子の前に並んだ。


「今日の主役の登場ってわけね」

「優子、お疲れ様」


優子は、名簿の欄にチェックを入れる。

水原絵里奈、水原伊織。

顔を上げて、伊織の方を向いた。

「はじめまして、中村といいます」


「水原です」

低い声が印象的だった。

「いつも絵里奈にはお世話になっております」

「こちらこそ」

見れば見るほど、いい男だった。

伊織の纏う空気は、威圧的ではないのに、自然と周囲を静かにさせる力があった。

優子は、名簿を閉じながら、姿勢を正した。

「それじゃあ、会場はあちらになります。どうぞごゆっくり」


そう言いながらも、優子の視線はつい絵里奈へと向かう。

黒のオフショルダーに包まれた肩のラインは、華奢なのに凛としていて、

歩くたびに揺れるイヤリングが、まるで月光を宿しているようだった。


「ありがとう、優子。あとでまたね」

絵里奈が微笑む。

その笑顔は、以前よりもさらに柔らかくなり、どこか深みが増していた。

隣に立つ伊織の存在が、彼女の輪郭をより鮮明にしているように見える。


二人が会場へ向かって歩き出すと、周囲の社員たちは自然と距離を取り、静かにその背中を目で追った。


「…すごい」

受付の後輩が、ぽつりと呟いた。


「そりゃ若手がメルセデス買い始めるのも分かる気がするわ」

優子が言う。

「マイバッハはさすがに誰も真似できませんよね」

「あれは、別格」

優子はロータリーに視線を戻した。

さっきまで誇らしげに並んでいたメルセデスたちが、霞んで見える。


そのとき、横から声がした。

「中村さん、あれ本当に水原GMの旦那さんなんですか?」


振り返ると、興奮気味の若手社員が立っていた。

目はまだ、会場へ消えていった二人の背中を追っている。


「そうよ。写真より実物のほうが、かっこいいわね」

「なんか、オーラがすごすぎて」

「でも、今日の主役は、横に並ぶ女神様ね」


時計を見る。パーティーの始まる時間だった。

優子は、受付を引き継ぐと、今まさに会場に入ろうとしている二人の後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ