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氷の薔薇と銀の狼 -Relight-  作者: 水原伊織


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41.「エロいね」――漆黒のドレスに身を包む氷の薔薇。直木賞作家の夫と向かう、GLJ創立記念の夜。

グローバルリンクジャパン株式会社──略称は GLJ。

それが、絵里奈の勤める会社である。

北関東エリアには 大山支店 と 前川支店 の二つが存在する。

もともとは大山支店のみだったが、さらなる市場開拓の余地があると経営会議で判断され、新たに前川支店が設立された。


本社には、アカウント、クリエイティブ、メディア、デジタルマーケティング、戦略、イベント、管理といった多様な部門が置かれ、多数の社員が所属している。

一方、北関東エリアは本社ほどの規模ではないため、同じような部門構成にはなっていない。

支店長と副支店長がいて、その下に従業員が配置され、各自に担当業務が割り振られているだけだ。



絵里奈は元々アカウント部門、いわゆる営業部門に配属されて以来、ずっと営業部門だった。

クライアントとの窓口、予算管理、スケジュール調整、案件獲得が主な業務である。


離婚してから、また戻ってきた時も、営業だった。

当時の絵里奈には失うものはなく、死に物狂いだった。

案件獲得は、数字に直結する。他部門と違い、分かりやすく成果が見えるところだった。


朝早くから、夜遅くまで、毎日のように、日付を超えて働いた。

片桐には、その事で、よく叱られた。

40歳手前で、営業部長になった。

部長の中では最年少かつ、女性がなったのは会社史上初だった。

陰口や噂は散々叩かれた。だが、実績は上げたのだ。

誰にも文句を言われる筋合いは無かった。


それから、北関東エリア開拓の話が出て、支店長に任命されたのだ。

大山支店が出来て、赴任したばかりの頃は、広告のデザインや、動画配信などは本社からの応援で賄った。

その間に、現地で従業員を雇う。

最初の頃は、多忙を極めたが、充実していたのを覚えている。

月に一度の本社で行なわれる全体会議の後で大山支店に戻り、駅前の居酒屋に入った際に、伊織に再会したのだ。



グローバルリンクジャパン株式会社の創立記念パーティーが開催されることになった。

優子いわく「税金対策」。

巻き込まれる身にもなってほしいと、愚痴の電話までかかってきた。

会場はホテルを丸ごと貸し切り、かなり大規模に行われるらしい。

従業員とその家族は無料で参加できるという。

正直、面倒ではあったが、立場上出席しないわけにはいかない。



その当日、絵里奈はパーティー用の服を鏡の前で選んでいた。


「ねえ、伊織、ドレスがいいかな」

すでに準備を終えている伊織に声をかける。


「う〜ん…なんか、胸の谷間が見えすぎちゃわない?」

「そう? じゃあ、これは?」

「いや、それは背中ほぼ丸見えじゃん」


絵里奈の持つパーティー用の服は、再婚前に買ったものが多い。

どれも露出が高めで、今思えば、あの頃の自分でも説明できない欲求不満の表れだったのかもしれない。

もちろん、普段のスーツで行っても問題はない。

だが──直木賞作家の妻として恥じない装いをしたかった。

伊織は、かつてマイバッハの納車の際に着ていたチャコールグレーのスリーピースを身につけている。


「やっぱり、見えちゃダメ?」

「いや、まあ…ダメじゃないけど…」

「じゃあ、これにしよ」


絵里奈が選んだのは、黒のワンピースドレスだった。

派手さはないが、静かな上品さが漂う一着だ。


鏡の前で服を脱ぎ、下着も替えるためにブラジャーのホックへ指をかける。

ショーツも履き替えたところで、背後から伊織の声が落ちてきた。


「勝負下着?」

「もちろん」


新しい下着を身につけ、絵里奈は鏡の前に立つ。


「なんというか…エロいね」

「そう? そんなでもなくない?」


ドレスに合わせて黒で統一した下着は、派手ではないのに存在感があった。

伊織は昔から服に興味がない。

袖口の縫い目も、素材の違いも、彼にとってはただの“違い”でしかない。

再婚後もその鈍感さは変わらず、むしろ絵里奈の前では、彼はますます無防備になっていった。

だからこそ、絵里奈が彼の装いをすべて整える。

彼の代わりに季節を感じ、場の空気を読み、彼が気づかない美しさをそっと肩に掛けてやる。

それは、彼女にしかできない、静かな愛情のかたちだった。


「でも、やっぱり…黒はいいんだけど、ちょっと地味かな」

黒のドレスに袖を通してみたものの、どこか物足りない。


「まだ時間あるよね?」

「渋滞しなければ」

今夜は伊織がマイバッハで都内のホテルまで送ってくれる。

だからこそ、精一杯めかしこんで行きたかった。


「これはどう?」

黒のオフショルダードレス。

肩先がそっと露わになるだけで、鏡の中の空気がふっと変わる。


「見えてるの、嫌?」

振り返ると、伊織は一瞬だけ言葉を探すように目を伏せた。


「……いや。これくらいなら」

低く落ちた声には、わずかな戸惑いと、抑えきれない感情が混じっていた。

その反応を見た瞬間、絵里奈の迷いは消えた。

今夜は、このドレスで行く。

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