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薔薇の氷 -Relight-  作者: 水原伊織


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39/61

39.番人

数日後。

支店のGM室にいた絵里奈に優子から電話がかかってきた。

会社からの電話だった。

「もしもし」

「あ、絵里奈、今大丈夫?」

「うん」

「田崎主幹の処分が決まったわ」

「ああ、そういえば」

電話の向こうで、優子が笑っているのが分かる。

「もう、忘れたの?」

「いえ、そういえば、いたなあって」

「一応、伝えとくね」


田崎の処分は、当初は懲戒解雇だったという。

しかし、その懲罰会議に出席していた篠崎が、三件の経費の不正使用が、罷り通ってしまうという仕組み自体にも問題があると指摘。

続いて、田崎には、情状の余地は無いが、このまま解雇してしまうと会社に対する恨みが残る危険性があるので、一般職に降格させてから内部統制部門へ移籍させ、そもそもの仕組みを自らの手で正してもらうことが真の贖罪では無いか、と主張した。

居並ぶ面々には片桐も優子もいたらしい。

会社としては、できる限り懲戒解雇は避けたいのだ。

篠崎が面倒を見るなら、という片桐の声で、最終的に処分が決まった。

田崎は、一般職に降格。内部統制部門への異動。

そして、内部統制部門の部門長に篠崎をその場で昇格させた。

おりしも、定年間近の内部統制部門長の後釜となる適任が無く、他部門からの異動もしくは中途採用も検討していた。

地味な部門で、評価もされづらいにも関わらず、人間の醜い部分を直視して裁かなければならない。

誰も率先してはやりたがらないポジションだった。

一般職から部門長は異例の人事だったが、片桐はこうと決めたら、前例や慣習は気にしないのだ。

部門、とっても課長職などは無く、5人ほどの小さい部署で、役職は部門長しか設置されていない。

誰も文句を言うものはいなかった。


「現実的な落としどころね」

「絵里奈には不服かもしれないけど、会社としては穏便に済ませたいのよね」

「どうでもいいわ。でも」

「でも?」

「どうして篠崎さんは、田崎を?」

「さあ?私たちとしては正直、助かってる。処分するとなると、いろいろと面倒だから」

「正直ね」

「絵里奈に嘘ついても仕方ないでしょ」

通話を終えると、絵里奈は椅子から立ちあがって、深呼吸をした。

窓から見えるのは、昼下がりの晴れた空だった。



----



篠崎は、内部統制部門の特別調査室にいた。

今日は、田崎が赴任してくる日である。

勘違いして上にあがった連中の中の一人だ。

こういう連中を、篠崎は一番嫌った。

肩書は立派だが、使うとまるで役立たないゲームのキャラと同じだ。

北関東エリア、つまり水原の元で問題を起こして降格してきた。

篠崎は、待っている間、銀の狼に会ったあの日を思い返していた。



----



銀狼の尾行に失敗し、捕まった。

自分はこれで終わった、と思った。

だが、銀の狼…今や、直木賞受賞作家となった水原伊織は、俺を撮影しろと言った。


「じゃあ、その伝説の男がどんな男か教えてやる」

すると、絵里奈がちょっと苦笑いしていた。

「…伊織、しゃべり下手だけどね」

「どうしてですか?」

篠崎が問いかける。

「えーと、あ、篠崎さんだっけ?」

「あ、はい」

「年いくつ?」

年齢を告げると、途端に顔が綻んだ。

「マジで?!年下なん?」

伊織は自分より5個年上だった。

「んだよー」

「伊織…今日は酔っぱらってるから、篠崎さん、ごめんね」

水原が、フォローする。

「いや、絵里奈、だって、呑んだ後に、この運動はきついって」

若干、口調がたどたどしい。

「あ、ごめん。ちょっと失礼」

水原が、そう言って席を立つ。


篠崎はうつむいたままだった。

銀狼が話しかけてきた。

「なあ、篠崎さんよ」

「…はい」

「…あんた、ゲームは好きか?」

「…はあ?」

「ゲームだよ、ゲーム」

混乱はしていたが、篠崎は、今プレイしているゲームの内容を答える。

「マジでぇ!?俺もそれ、すげーやってた」

「え?!」

「今は、ほら、卒業したけどさ。あのビルド作って、何パターンか試してよ…」

「ああ、はい、あのビルドは確かに強い。ですが…」



----



動画を撮影した後、銀狼は言った。

「篠崎さん、あんたは俺とおんなじだよ」

「え?」

「誰かが、引っ張ってくれればどこまでも伸びる」

若干酒の匂いを漂わせながら、肩をたたいてくる。

「俺は、絵里奈が引っ張ってくれている、お前も誰か見つけなよ」

水原が戻ってきた。

「伊織…そろそろ行こう。…篠崎さん」

水原の方を向いた。

「もし、誰かに頼まれてるなら、言っておいて」

「はい」

「私たちは幸せですって」

そう言うと、水原は銀狼を連れて、立ち上がった。

銀狼は水原に寄りかかりながら言う。

「うまく、撮れたかなあ…?」

「伊織。…決して、うまくはない」

諭すように言うと、二人は立ち去って行った。



----



あの日の二人は決して、自分を責めるようなことをしなかった。

まるで、お前に咎は無いと言っているかのようだった。

しかも、銀狼、いや伊織は、かつては、自分と同じようなサラリーマンだったという。

内気な性格で、人の都合良く使われているだけで、自分の意思を示してこなかった。

自分と同じだったのだ。


あの撮影の日の後も、伊織と水原は食事やら、飲みにやらを誘ってくれた。

何事もなかったかのように、二人は自分と接してきたのだ。


伊織は、純粋だった。それに加え、頭も切れる上に、人の気持ちが分かるような、そんな懐の深い優しさを持ち合わせていた。

水原は、伊織の純粋さを操っているようにさえ思えたが、もっと深い何かを確かに感じた。

伊織の心を守るような、そんな漠然とした愛情。

そして、篠崎にも見せる温かい笑顔。


二人とも、弟に接するような愛情、笑顔を見せてくれる。

そんな二人を見ているだけで何故か篠崎の心は、温かくなった。

こんな温かく、満たされた気分になったのは今まで初めてだ。


この二人の幸せを、守りたい。



----



内部統制部門 特別調査担当。

田崎は、特別調査室に向かう途中だった。

田崎に出された辞令には、そう書かれていた。

名目は立派だが、実態は雑務係だった。

だが、懲戒免職にならなかっただけでも僥倖と言えた。篠崎という男が、自分を使ってみたいと言ってくれたらしい。

面識はなかったが、田崎は感謝した。おかげで首にならずに済んだ。


支店に出向と言われた時には、経費の件がばれたと思った。

しかし、その件でとがめられることは無かった。うまくやった、と思った。

支店に赴任すると、垢抜けてない顔した田舎の連中が一生懸命仕事をしていた。


そして水原だった。

噂に違わない、美貌の持ち主で、身体つきも完璧だった。

なんとかして、近づけないかと考えていた矢先、支店のアラを見つけた。

いわゆるグレーゾーンだ。

問題にすれば、地位が危うくなるかもしれないというような大きな問題ではなかった。


だが、水原には噂はいろいろあった。

片桐と寝ただの、客先と枕営業をして、今の地位にのしあがったのだと。

真意は分からないが、これをきっかけに、近づけないかと思った。


支店にいるときの水原は、支店長と副支店長の言い分を聞いているだけだった。

ほとんど指示を出さすに、あとは、部屋にこもりっきりだった。

所詮は女で、やはり枕でのしあがったのだと思った。


本社からの出向という名目があったので、その立場を利用して、不正を指摘し、隠ぺいと引き換えに、氷の薔薇と揶揄されるその身体を狙った。

GM室に呼ばれた時には、勝ちを確信した。


だが、甘かった。

自分の動きはすべて筒抜けだった。

泳がされていたのだ。

さらに調子に乗って行った水原へのセクハラで、自らとどめを刺したようなものだった。

しかし、支店のルール違反を盾にすれば、なんとかなると思っていた。


全てが間違いだっだ。

水原から詰められた時には、殺意すら感じた。


氷の薔薇。

噂に違わない、するどい棘だった。



----



特別調査室に入る。

正面に、篠崎が無表情で立っている。


「よろしくお願いします」


声は丁寧だが、目は笑っていない。

篠崎は、田崎の机に書類の束を置く。


「では、まずこの規程の改訂履歴を、創業以来すべて洗い直してください」


田崎は耳を疑った。

何千ページはあるだろう、この書類の一文一句を見直す、ということだ。


「嘘だろ?なあ?」


そう言った瞬間だった。


篠崎の目の色が変わった。


「あ?嘘だろ?なんだ、お前、その口の聞き方は?」

「…え?」

篠崎が襟をつかんでくる。


「てめえらの時代の連中はこうして、やってきたんだろうが、ああ!!」


「ひい」

思わず、声を漏らす。


「なあ、田崎、なんでお前みたいなクズを生かしたか分かるか?」


あまりの迫力に言葉を失う。

襟首を掴む力で、息が詰まりそうだった。

篠崎はこんな男だったのか。


「田崎……お前を通して、俺はお前らみたいな連中を、社会から一人ずつ消していくつもりだ」


田崎の顔から血の気が引いた。


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