26.発覚
時間は、ちょうど十二時。
新幹線で支店のある駅に戻ってきた篠崎は、そのまま水原のマンションへ向かった。
普段の夜の尾行と違い、昼間はどうしても姿が目に入りやすい。
篠崎はいつも以上に周囲へ注意を払いながら、一定の距離を保って歩いた。
やがて、目的のマンションが見えてくる。
篠崎は、普段なら暗くて確認できない駐車場へと足を踏み入れた。
道路からそのまま乗り入れられる造りで、駐車スペースは部屋番号ごとに割り振られている。
その中で、ひときわ目を引く車が二台あった。
車に詳しいわけではない篠崎は、念のためスマートフォンで写真を撮り、その場で調べる。
一台はマセラティだった。
高い美意識を持つ、おしゃれな人間が選ぶ車。
成功したビジネスパーソンやセレブが乗ることでも知られている。
オーナーになるには、相応の経済力が必要だ。
おそらく、この車は水原のものだろう。
少し間を置いて、篠崎は隣の車へと視線を移した。
あった。
これだ。
篠崎は、すかさず写真を撮った。
メルセデス・ベンツ Sクラス。
車に疎い篠崎にも、その放つ迫力ははっきりと伝わってくる。
このマンションの駐車場に並ぶ中でも、先ほどの一台と合わせ、この二台だけは明らかに存在感が違っていた。
「……すごい」
思わず、声が漏れる。
確かに、この車で現れれば、それだけで周囲の視線を集めるだろう。
そのとき、エントランスの方から足音が聞こえた。
反射的に、篠崎はその場を離れる。
近くに停められた別の車の陰に身を寄せ、足音のする方向を静かに窺った。
奥から現れたのは、まさしく、銀の狼だった。
色味はグレイでシックだが、気品を帯びたジャケットスーツを身に纏い、スラックスも同色で統一されている。
白髪交じりの黒髪はきれいに整えられ、隙がない。
明らかに装いを完璧に仕上げてきたはずなのに、どこか作為が感じられなかった。
「整えてきた」というよりも、装いそのものが、あの男から自然と滲み出ている。
そんな印象を与える。
その隣を、水原が寄り添うように歩いている。
淡いチャコールのタートルニットに、黒に近いスリムなアンクルパンツ。
ライトベージュのロングコートを羽織り、小さなショルダーバッグを肩に掛けていた。
まるで、絵に描いたような美男美女のカップルだった。
篠崎は、胸の奥に小さな羨望を覚える。
二人は、そのままメルセデスへと向かっていった。
銀狼が後部座席のドアを静かに開き、水原に、自然な仕草で手を差し出す。
その一連の動作さえ、完璧に絵になっていた。
確かに、これを見せつけられれば、男なら敗北感しか残らない。
女なら、嫉妬を覚えるだろう。
やがてメルセデスは静かに発進し、マンションの駐車場を後にした。
二人の装いからして、泊まりがけの外出には見えない。
どこかへ出かけ、夕方か、遅くとも夜には戻ってくる――
篠崎はそう踏んで、一度自宅へ戻ることにした。
ゲームで時間をつぶし、気づけばもう十七時だった。
少し早い気もしたが、日はすでに落ち、外は夕闇に包まれている。
篠崎は、再び水原のマンションへと向かった。
その途中、歩道を歩く自分の脇を、一台のメルセデスが静かに追い抜いていく。
──勘は当たった。
篠崎はマンションの近くまで来ると、駐車場がかろうじて見える位置を選び、身を潜めた。
ほどなくしてメルセデスが停まり、そこから二人が降りてくる。
そのまま二人は、迷うことなくエントランスへと消えた。
しばらく様子を窺ったが、
今日はここまでか。
そう思い、引き返そうとした、その矢先。
再び、エントランスの扉が開いた。
出てきたのは、先ほどと同じ二人だった。
昼間と変わらぬ格好のまま、今度は歩いて、どこかへ向かおうとしている。
篠崎は気づかれぬよう、距離を保ちつつ、その後を追った。
二人は寄り添うように、篠崎からかなり離れた前方を歩いていた。
また、どこかへ飲みにでも行くのだろうか。
今日は土曜日で、いつもより人通りが多い。
見失わぬよう、距離を保ちながら、ゆっくりと後を追う。
二人は交差点の横断歩道を渡り、その先のスーパーマーケットへ入っていった。
篠崎は思わず小走りになる。
だが、離れすぎていたせいか、店内に入った時には、すでに二人の姿を見失っていた。
「……ちっ」
小さく舌打ちする。
気を取り直し、外で待つしかないかと、今しがた入ってきた入口へ戻ろうとして振り返った、その瞬間。
目の前に、銀の狼が立っていた。
「なぜ、俺たちを尾行している?」
低く、重い声だった。
射貫くような視線が、篠崎を捉えて離さない。
顔立ちは、確かに写真で見た男だ。
だが、そこにいるのは、まるで別の存在だった。
言葉が出ない。
逃げ出そうとすれば、追いつかれ、噛みつかれる。
獲物を見つけた狼――そのものだった。
ゲームで、踏み込んではいけないエリアに侵入し、想定外の強敵に遭遇し、抗う術もないまま殺される。
それと、よく似た恐怖。
その横に、水原が立っていた。
「……篠崎、さん?」
「知ってるのか?」
銀の狼が、水原に問いかける。
「……会社の人」
篠崎は、言葉を失ったまま、身動き一つ取れずに立ち尽くしていた。




