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薔薇の氷 -Relight-  作者: 水原伊織


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25.尾行の空白

篠崎は、相変わらず尾行を続けていた。

この二か月間相変わらず水原の監視を続けてはいるものの、平日に男の姿を確認できるのは金曜日だけだ。


水原と外食をする時に、支店に迎えに来るのだろう。

一度、食事が終わるのを待って後をつけたことがあるが、水原のマンションのエントランスに二人で消えただけだ。


篠崎は支店に単身赴任で来ており、土日は都内へ戻ってしまう。

そのため、男が週末に何をしているのかは掴めない。


この点については、木崎からあらかじめ了承を得ていた。

「やれる範囲で構わない」と言われているのだ。


土曜日の朝の新幹線で、都内の実家に戻る。

両親は健康ではあるが、もういい年である。

一応、週末は実家に戻ることにしている。


ただ、篠崎は家の用事がなければ、ゲームをやり、食事をとり、風呂に入り、眠るだけだ。

だから、こうして戻ってくることに意味があるのかと思ってしまう。

その分、尾行の空白が生まれるのだ。


しかし、篠崎は最近は、この尾行にすら疑問を抱いている。

当初は、水原の普段見せない表情を見ることができて少し嬉しい部分もあった。

今は、どちらかといえば、平凡な普通の男女カップルの日常を見ているだけなのだ。



スマホが鳴る。木崎からだ。


「はい、篠崎です」

「ワシや…画像見たで」


昨日の写真を送ってあった。

居酒屋内だが、はっきりと銀狼であろう、水原の夫の顔を写すことができた。

カウンターで飲んでいた二人の背後を通るときに、移動しながら、スマホを構えて撮ってみたのだ。


「まあ、確かに顔はええが、こいつがホンマに噂の男かいな?」

「実は、私もそう思います。が、水原GMは、この男以外の男とは会っておりません」

「…そうか」


木崎は何かを考えている様子だった。

篠崎は切り出した。


「木崎専務」


「なんや」


「この尾行は、まだ続ける価値はありますか?」

「…んー、せやなー」


「仮に、この男が銀狼だとしても、そうでないとしても、何か問題でもあるのでしょうか?」


「なんやて?」

「木崎専務は、水原GMの相手の事をなぜ調べているのでしょうか?」


「…興味が湧いたんや」

木崎は、少しだけ黙っていたが、やがて切り出した。


「興味、ですか?」

「ああ。みんなが触れなかった、薔薇の氷を溶かす男は、どういう奴や思うたのが一番大きいな」

「はあ」


「まあ、あとは、えり…お、おほん、水原GMがまた悪い男に騙されてんとちゃうか、って心配するやつもおるしな」


片桐のことだろう。

篠崎は、そう思った。噂はみな知っている。


「せやから、どんな奴かお前に頼んだっちゅうわけや」

「そうだったのですか」

「まあ、写真見る限り、水原GMは、めっちゃ幸せそうやんけ。安心したわ」


確かに、隠し撮りした写真はどれも楽しそうに見えた。


「…まあ、あれや。ホンマはどんな男かもっと知りたかったが、篠崎がそう言うんじゃやめるか」

「尾行をですか?」

「ああ」


木崎の話を聞き、篠崎はまだ調べ切ってないのだ、と思った。

確かに、顔写真は撮影できたが、中身がどういう男かは知らないし、本当に銀狼がどうかも未だ謎だ。


「…木崎専務の考えは分かりました。であれば、どんな人となりかも出来れば調べたほうがよさそうですね」

「…おお、どうしたんや?急に…やる気になったんかいな?」

「確かに、ご心配は察しますので」


篠崎は、新田の件には自ら関わっていたのだ。


「でも、まあ、無理すんなよ」

「承知しております」


通話を終えると、ちょうど新幹線が東京駅に着く頃だった。

篠崎は、新幹線を降りると、また、支店方面への新幹線に乗って逆戻りした。




今日は土曜日。

午前九時。

窓のない寝室は、外界から切り離されたように静かだった。

天井の照明だけが淡く灯り、夜と朝の境目のような薄明かりが部屋を満たしている。

絵里奈は、横で眠っている伊織の横顔を見ながら、昨夜の熱を思い出していた。



ーー



伊織は週末になると、抑えていたものを解き放つように、彼女を求める。

「…伊織…」

絵里奈は、伊織の腕の中に包まれて、思わずその名を呼んだ。

「絵里奈…!」

剝き出しの肌に、吸い寄せられるように絵里奈を包んでくる。

その激しさに年齢を感じさせるものはなく、

むしろ、長く積み重ねてきた想いが形を変えて溢れ出しているようだった。

何度も何度も、抱き寄せられ、唇を重ねる。

そのたびに絵里奈は、深い喜びに包まれたのだ。



ーー



「今日は、出かけたい」

絵里奈は、目を覚ました伊織に、そうつぶやいた。


「…どこでも、いつでも。絵里奈の望むところへ」

伊織は、寝起きでぼそぼそ、そう言った。


絵里奈は続けて言った。

「…ゆうべは、激しかった」

「嫌だった?」

「ううん、とても…良かった」


伊織は、若干だが申し訳なさそうに照れていた。


「…最近さ、なんだかどんどん元気になっていく気がして」

伊織がそうつぶやいた。

「そうなの?」

「いろいろなことを書きながら、若い頃を思い出してる」


伊織の仕事は、書くことだった。


「年齢のせいかもしれないけど、毎日をより大切にしようと思うと」

「思うと?」

「少しでもこの想いを無駄にしたくなくて、愛する絵里奈への想いを」


伊織は、いつもはっきりと言葉に出して、愛を伝えてくる。

それがたまらなく絵里奈には魅力的だった。


「私も、大好きよ。伊織」


今度は、絵里奈のほうから求める。


「って、出かけるんじゃないの?」

「午後でいい」


伊織の頬に触れた指先が、自然とそのまま輪郭をなぞる。

互いの温度が確かめられるよう、絵里奈はそっと伊織に身を重ねた。

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