表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇の氷 -Relight-  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/45

2.始まり

二週間後、昼休みの会社の食堂で、伊織のスマホが震えた。

画面には絵里奈からの短いメッセージ。


**今日の夜、空いてるよね?**


「よね?」という語尾に、伊織は思わず苦笑した。

これも償いの一部なのだ、と自分に言い聞かせる。


金曜の夜に予定などほとんどない。

伊織はすぐに返信した。


**もちろん空いてます**


間を置かず返事が届く。向こうも昼休みなのだろう。


**じゃあ、駅前に集合**


地図が添付されていた。

伊織は「了解しました」とだけ返す。


再会の夜に聞いた話では、絵里奈は大手広告代理店の支店長として、この街に赴任してきたらしい。

都内本社で働いていたが、結婚で一度退職し、離婚を機に復帰したという。

お互いバツイチだね、と自虐気味に笑い合ったことを思い出す。


昼休み終了のチャイムが鳴り、伊織は現場へ戻った。


---


その夜、駅前の個室居酒屋。

向かい合った絵里奈は、グラスを片手に元夫の愚痴をこぼし始めた。


「私が帰ったら、別の女と寝てるのよ! 信じられない!」


酒のペースが早く、言葉は止まらない。

伊織は相槌を打ちながら瓶ビールを注ぎ、一口飲んだ。

今日は聞き役に徹する日だ、と心に決める。


やがて話は、絵里奈の過去へと移った。


絵里奈は大手企業に勤めていたが、結婚を機に退職した。

ところが、元夫が多額の借金を抱えてしまい、その返済先は危険な人物だった。


返済のため、絵里奈は自由を奪われるような形で、裏社会の仕事に従事させられることになる。

生活の場も自宅ではなく、管理された施設の一室に移され、日々をそこで過ごした。


心身ともに追い詰められる過酷な日々を耐え抜き、ようやく借金を完済することができたのだった。


耐え忍んで返済を終えたとき、待っていたのは裏切りだった。

自分が身を削っている間に、夫は別の女で欲望を満たしていたのだ。


「死のうと思ったの」

絵里奈は淡々と語る。


「会社の屋上まで登って、靴を脱いで、柵に手を掛けた」


その時、背後から声がした。

振り返ると、かつての上司――片桐だった。


彼は彼女を強く抱きとめ、泣き崩れる絵里奈を事務所へ連れていった。

事情を聞いた片桐は、離婚を勧め、会社への復帰を後押しした。

彼はすでに常務取締役に昇進しており、権限もあった。


「はぁ、全く。私、男運ないみたいね」

「俺にそれ言います?」

伊織は思わず笑った。


「やっと笑った」

絵里奈は真剣な眼差しを向ける。


「伊織くんも辛いよね。ごめんなさい、こんな話ばかりで」

「いや、気にしないで。今日は聞く係だから」


瓶ビールを注ぎ合いながら、二人の距離は少しずつ近づいていく。


「あとさ、いつまで敬語使うの?」

「えっと…その、年上だし、申し訳ない気持ちがまだ強くて」

「そんなに気にしてたの?」

「はい」


絵里奈はグラスを空け、真剣な声で言った。


「償うって言ってたよね?」

「はい」

「なんでも言うこと聞く?」

「出来ることなら、なんでも」

「それじゃ下僕じゃん」

「下僕でいいです」

「本当に? ははは」


笑った後、絵里奈は急に真顔になる。


「じゃあ、まず敬語をやめて。私の呼び出しには出来る限り応じること」

「…うん」

「今思いつくのはそれくらい。後は考えとく」


にっこり笑う彼女に、伊織は心を奪われ始めていた。


その夜はそれで解散となった。

「送ろうか?」と伊織が言うと、「大丈夫」と答え、絵里奈は街へ消えていった。




玄関を開けると、スマホが震えた。


**今日も楽しかった。また連絡するね。**


伊織はすぐに返信する。


**俺もです。いつでも連絡下さい。馳せ参じます。**


鼓動は収まらない。

惹かれているのだと自覚する。

だが同時に、人付き合いに疲れ、もう死ぬのだと諦めている自分もいる。


再び通知音。


敬語はやめて。

あと、死なないで


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ