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薔薇の氷 -Relight-  作者: 水原伊織


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19/40

19.独立の日

月曜日。

会社に着いて、朝礼を終えた後、直属の上司に退職を願い出た。

あっさり終わるはずだったが、何故か騒ぎになった。


自分は、現場の一兵卒。いなくても何ら影響など無い。

伊織自身は、そう思っていたが、周囲はそう思っていなかったようだ。


社長に呼ばれ、留保された。

伊織は、だが、もう会社に来る気は無い、とはっきり伝えた。


直属の上司にだけは、金曜日まで出社して、後は退職日まで有給を消化すると伝えた。

上司が断れるはずもなかった。

伊織がずっと現場を支えてる間に、上に取り入って昇進した男だった。

今まで一度も伊織に面と向かって、指示などした事も無い男だ。


他の社員には何も言わなかった。

絵里奈には、その日ラインで伝えた。


了解〜、とだけ返事があった。




いつも通りの1週間を終え、金曜日。


無意味なまま、定年まで勤めると思っていたが、今日で20数年の会社員としての人生が終わる。

人事や、上司から、餞別やら、お別れの挨拶がどうのこうの言われたが、全て断った。


朝礼で通達があったが、

伊織は、「お世話になりました」と一言だけ述べた。


午後からは身辺整理をする。

そして、定時のチャイムがなる。


「お疲れ様でした」


デスクを立ち、足早に職場を出る。

ネームプレートをひっくり返す。

廊下を歩く。


伊織は、なんの感慨も湧かなかった。

ただ、やりたい事をやっただけなのだ。


着替えを済ませて、ロッカー室を出る。

会社の作業服は、クリーニングに出して返却するため、一度持ち帰る。

従業員通用口に向かう。


曲がり角を曲がると、一人の男が立っていた。


村口だった。


今は、30を少し過ぎたくらいだ。

珍しかった。いつもなら、定時で速攻で会社からいなくなる。


伊織の、直属の後輩と言っても良かった。

早くに昇格試験に合格し、ランクは、伊織のひとつ下だった。


「先輩…本当に辞めるんですね」

「ああ、今までありがとう」


村口がいきなり泣き出す。


「俺、めちゃくちゃ憧れて、ついてきました、これから、どうすればいいんですか?」

「ついてくる奴を間違えた。それだけだ。じゃあな」

「先輩」


村口に手を振り、通用口を出る。


駐車場のメルセデスが、なぜか自分を肯定しているように見えた。





家に着く。

メルセデスを駐車場に停める。

この古い家も、あと一ヶ月もいない。


絵里奈のマンションの隣の部屋が、空き部屋になったのを聞きつけると、

すぐに、伊織は契約した。

仕事部屋として使うためだ。

それに、一番の理由はすぐに会いに行ける。


メルセデスから降りると、家に灯りがついていた。

玄関のドアの鍵はかかっている。


伊織は、鍵を開けて中に入る。

玄関を閉め、鍵をかけ、居間に行く。


「おかえり〜!」


台所から、絵里奈の声がした。


「ただいま〜、って、絵里奈、仕事は?」

「今日は伊織の独立記念日でしょ?」


白のブラウスに、薄手のカーディガンを羽織り、ロングスカートを履いて、エプロンをしていた。

氷の薔薇、と呼ばれている普段の装いとは異なり、柔らかな印象を与える装いだった。


「絵里奈…」

「私は、あなたの妻でもあるのよ」


絵里奈が台所から出てきて、伊織の前に立つ。

テーブルには、まだ湯気の立つ料理が並んでいた。

その隣には、小さなケーキの箱。

今日のために、仕事を調整したのかもしれない。


「長い間、お疲れ様でした」


深々と頭を下げる。


「ありがとう」


伊織は絵里奈を抱きしめた。

その瞬間、初めて自分が泣いていたことに気づいた。


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