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薔薇の氷 -Relight-  作者: 水原伊織


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18/41

18.決意

伊織の書いた小説が、本人の想像を遥かに超えて売れた。

自身の実体験をもとにした、恋愛色の強い物語。


もともと作詞作曲を趣味にしていたこともあり、書くという行為は苦ではなかった。

だが、まさかここまで反響があるとは思っていなかった。


旧姓の「山村伊織」名義で出版したため、会社や知人から問い合わせが殺到したが、

すべて「同姓同名の別人です」と押し通した。


電子書籍も文庫版も次々に増刷され、ついに発行部数は100万部目前となった。


数字で見ても、どこか現実感がなかった。

書店に並ぶ自分の本も、テレビで流れる名前も、まだ他人事のように感じていた。




テレビをつけると、ニュースでも取り上げられていた。

出版社には顔出しもインタビューもすべて断っているため、

“謎の新進気鋭作家”として宣伝されているらしい。


「伊織…すごいね」

「いや、結構恥ずかしいこと書いてるんだよ。あんまり近しい人には知られたくない」

「なんでよ、いいじゃない」

「だってさ、彼女と抱き合うところとか…」

「ふむふむ」


絵里奈はテーブルの上の本――『枯淡』を手に取り、ページをめくり始めた。


「え〜と、なになに“彼は、彼女のキャミソールを捲くりあげ…」

「ちょ、絵里奈っ、読まないで!」

「乳房の柔らかさを…」

「こら〜!」


書いているときは平気だったのに、

こうして目の前で読まれると、どうしようもなく恥ずかしい。




「続編、書いてくれってさ」


実は伊織は、途中で面倒になって物語を中途半端に終わらせていた。

それが、余韻、として読者に刺さり、出版社には続編の要望が殺到しているという。


「どうしよう…忙しいのヤダな」

「なんで?」

「絵里奈に会う時間が減る」


ブログ、執筆、資産運用。

本業の合間にやるなら、休日しかない。


「私も伊織に会いたいけど…でも、すごいことしてるんだよ、あなたは」

「そうなのかな?」


ふと思い立ち、伊織はパソコンを開き、数字を入力し始めた。

迷ったときは数字で比較――絵里奈に教わった方法だ。


答えは一目瞭然だった。


「絵里奈…話がある」

「なに?改まって」

「本業の会社を辞めようと思う」

「いいんじゃない〜?いつ?」


あまりに軽い返事に、伊織は苦笑した。


「だって、言わなかったけど、今だに続けてるの、ずっと謎だったから」

「保険みたいな感じだったんだ」


絵里奈は本を閉じ、真っ直ぐに伊織を見た。


「はっきり言うけど、今のあなたには保険にもなってない」

「そうなのか…」

「だから、こだわりでもあるのかなって思ってた」


言われてみれば、何もない。


「じゃあ決まりね!作家やるの?ブロガーかな?」


絵里奈の方が、伊織より、本当に嬉しそうだった。


「嬉しそうだね」

「だって、伊織が辛いことを辞められるんだよ。嬉しいに決まってる」


伊織は、ようやく気づいた。

自分を抑えつけて生きてきたのは、

上手く生きるためなんかじゃなかった。


「来週、会社に言うよ。その後のことは、それから考える」


絵里奈は、伊織以上に嬉しそうに見えた。


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