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薔薇の氷 -Relight-  作者: 水原伊織


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16.似ている声

次の朝、伊織は荷物を取りに一度自宅へ戻るため、メルセデスを走らせていた。

絵里奈も、久しぶりに伊織の家に行きたい、と言って、隣の席に座っている。


「ほんと、久しぶり」


玄関の鍵を開ける伊織の背中に、絵里奈の弾んだ声が届く。


「そろそろ契約更新なんだ」

「へえ」


家に入ると、伊織は荷物と着替えをまとめ始めた。

絵里奈は寝室へ向かったようだ。

そのとき、スマホが震えた。

画面に表示されたのは、久しぶりに見る番号だった。


「もしもし……ああ、今から?」

「これから出掛けるけど、少しなら……うん、分かった」


通話を終えると、寝室から絵里奈が顔をのぞかせた。


「……誰から?」

「息子」


別れた前妻との間にできた長男で、半年に一度ほど近況を伝えに来る。

二十代前半の、まだあどけなさの残る青年だ。


「たまに来るって言ってた子?」

「そうそう」

「挨拶……したほうがいいかな?」

「そういえば、絵里奈のこと、まだ言ってなかったな」

「そうなんだ。どんな子だろ、んふふ」


絵里奈は寝室に戻り、身支度を整え始めた。

伊織はコーヒー用に湯を沸かす。

長男は、妙にコーヒーにうるさい男だった。


ほどなくして、車の停まる音がした。

伊織は玄関へ向かう。


「お邪魔します……あれ?」

靴を脱ぎながら、長男は家の中の気配に気づいたようだ。

朝の九時。予想外の来客に戸惑っている。


「誰か来てるの?」

「まあ、大丈夫だよ。入れ」


リビングに戻り、コーヒーカップを取り出す。

長男はテーブルの前に座り、落ち着かない様子で周囲を見回した。


「誰か来てるんだよね?」

「……そのうち分かる」


昔から、こういうところで間が悪い。

変わらないな、と伊織は思う。


「で、どうした?」

「いや、別に大したことじゃないんだけど……」


長男は早口で近況を話し始めた。

一方的に喋り続けるその声を聞きながら、

伊織は相槌を打つだけで、内容はほとんど頭に入っていなかった。

そのとき、ラインが鳴った。絵里奈からだ。


──準備OK〜!

──了解。


長男が話を切るのを待って、伊織は口を開いた。


「お前にも、紹介しておく」

「え?」


襖が静かに開き、絵里奈が姿を見せた。

その気配に、長男は小さく肩を揺らす。


「こんにちは」


微笑みながら伊織の隣に座る。

簡素なメイクなのに、どこか品が漂っていた。


「初めまして」


丁寧に会釈する絵里奈に、長男は驚いたまま、少し遅れて返した。


「……初めまして」

「仁、この人は——」


伊織が言いかけたところで、絵里奈が静かに名乗った。


「水原と申します」


「あ、えっと……山村です」


二人は軽く頭を下げ合う。


「仁、俺……水原さんと再婚しようと思ってる」


仁は、へえ〜、と素直に目を丸くした。

「お父さん、いつの間に?」

「結構前から、だぞ」

「全然気づかなかった。すごい若い人なの?俺と同じくらい?」


相変わらずの天然だ。鈍いところは昔のまま。


「仁と同じくらいって……」


伊織は苦笑した。


「まあ、嬉しいわ。私、そんな若く見られてるのね」

絵里奈が楽しそうに言う。


「え、違うの?」

「俺のひとつ上だ」

「えええー?!」


仁は目を見開いたまま固まった。

絵里奈は横で、くすっと笑っている。


「お母さんより、上なんだ?」


仁の問いに、伊織は一拍置いて頷いた。


「そうだ」


その後は他愛もない話を少しして、仁は、そろそろ行くよ、と立ち上がった。

これから出掛ける予定があるらしい。


玄関まで見送る。

リビングでは、絵里奈が静かに片付けをしてくれている。


「お父さん、水原さんのこと……内緒のほうがいい?」


仁は元妻の家に住んでいる。


「……そうだな。男どうしの秘密だ」

「分かった」


伊織は、用意していた封筒を差し出した。

離婚したばかりの頃から、少しずつでも渡してきた小遣いだ。


「お父さん、もういいよ」

「いいから、黙って受け取れ」

「……こんなに?!」


いいから、と押しつける。

父親として、どうしてもそうしたかった。

今日は三十万。今までは一万円しか渡せなかった。


「い、いや、マジで?!」

「気をつけてな」


半ば強引に封筒を渡し、玄関を閉める。


振り返ると、絵里奈が立っていた。


「……仁くん、似てるね」

「え?」

「声が。貴方にそっくり」


微笑む絵里奈の横顔が、どこか優しかった。


そのあと二人で外に出て、仁の車を見送った。

離れて暮らすようになってからのほうが、不思議と自然に接することができる。

伊織はそんなことを思う。


「私、そんなに若く見られる?ふふ」

仁の言葉が嬉しいのか、絵里奈は上機嫌だ。


「息子、か。私たち、そういう歳よね」

「それは仕方ない。でも……気持ちだけは、若い頃に戻った気がする」

「仁くんくらい?」

「かもしれない」


長男のコンパクトカーが角を曲がるまで、二人は並んで立ち、静かに見送っていた。

背中を見送るだけでいい距離になった——伊織はそう感じていた。


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