14.残心
片桐はデスクに戻り、腕を組んだ。
圧倒されていた。今やGMとなった絵里奈に。
会社復帰後、何度か関係を持ったこともある。
だがそれは、亡き恋人の面影を求めていただけだったのかもしれない。
交わっている時の絵里奈は無表情で、声も出さなかった。
自分が一方的に心を満たそうとしていただけだ。
交際を申し込んでも、絵里奈は決して首を縦には振らなかった。
それでも近くにいるだけで良かった。
だが噂が立ち始めると、絵里奈は新エリアの開拓のため本社を離れていった。
忘れろ、ということだろう。
それでも毎月の会議で姿を見るたび、想いは募るばかりだった。
北関東エリアの拡大が決まった時、これを機に本社へ戻せないかと考えた。
だが甘い考えだった。
結局、絵里奈は全エリアを統括するGMとなり、もう戻ることはないだろう。
その後、片桐は木崎に呼ばれた。
「頭ぁ、冷えたか?」
「木崎…ああ、済まなかった」
専務室にいるのは、2人だけだった。
片桐は、頭を下げた。
「何、言い出すかと思えばっ…たく、ホンマ、片桐ちゃん、絵里奈ちゃんの事になると、我を失うのー」
「恥じるべきだ、部下の前で失態を晒した。俺は、常務を降りる」
「かーっ、あかんて。みんな、分かってるわいな、片桐ちゃんの、絵里奈ちゃんへのご執着を、な」
「だからこそ、だ。個人的感情で、会社を乱そうとした罰だ」
「いんや〜、そんなの罰にならへんで」
ソファに座る片桐に、木崎は身を乗り出して言った。
「片桐ちゃんは、このままや。生き恥を晒しながら、仕事せえ」
「…酷くないか?」
さすがに片桐は、あきれ顔を見せた。
「だーれも、片桐ちゃんの事、嫌ってへんで。ただ、女の扱いが出来んっつーだけや」
「だが」
「…のう。片桐ちゃん」
「何だ?」
「朝早うに会社に来て、夜は深夜まで仕事しとる。他の常務や、部長達が、接待やら、女遊びやらしてる時もや」
片桐は、黙っていた。
「土日も、会社に来ては仕事して、誰よりも働いとるがな」
「…他に何も無いんだ」
「そんな奴から、仕事奪えんやろ?たまに、ご乱心するのも、愛嬌や、皆誰も気にしとらん。やから、業務に励め」
「木崎…分かった」
片桐は、二十年来の友人に、頭を下げた。
「ええて、ええて、ところでやな、片桐ちゃん」
「何だ?」
「見たか?絵里奈ちゃんの彼氏?恋人?」
「いや、直接は見てない」
この間の本社会議の後に、絵里奈を迎えにやってきた男がいたらしい。
颯爽とした出で立ちとシルバーのメルセデスで来た。
社員達の間では、銀狼と呼ばれ、氷の薔薇の氷を溶かして持ち去ったと、社内はしばらくの間、噂でもちきりになっていた。
「ただの知人か、兄弟かもしれない」
「そんな人間と、抱き合ってキスなんかするかいな、ここは欧米かっちゅうねん」
「何?そうだったのか?」
「凄かったらしいで。見たやつに聞いたんやけど、映画のワンシーンみたいやったらしいで」
「…」
「片桐ちゃん。ショックなん、わかるが、もう潮時や。別の恋を探そうや…」
「…もし本当なら、彼女を幸せにできるのか、どうか、この目で確かめる」
「はあ…ホンマに、この男は…」
木崎は諦め顔をしていた。
片桐は、常務室で考えていた。
絵里奈に、相応しい男なのか。
また、騙されたりしないか。
先ほど、呼び出した絵里奈に、圧倒された。
自分の全てを見抜かれてた。
だが、銀狼と呼ばれている男。
人目見て確かめよう。
見極めてやる。
もし、相応しくない男なら、俺がやはり引導を渡してやる。
片桐は、そう思っていた。




