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薔薇の氷 -Relight-  作者: 水原伊織


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11/49

11.誇示

今日は、月に一度の本社会議の日だった。


絵里奈は報告を終え、静かに席へ戻る。時計は午前十一時半を指している。


北関東エリアの実績は好調で、拡販の可能性ありと判断された。

同じエリアに新店舗を一つ追加することが決まり、絵里奈にも立ち上げのサポートが任された。

今いる支店から車で一時間半ほどの場所。

本社から数名が派遣され、残りは現地採用になるという。


会議が終わり、昼休み。


本社の食堂でコーヒーを飲んでいると、優子がランチトレイを持ってやってきた。


「絵里奈、食べないの?」

「優子」


同期入社の友人。

結婚、離婚、再入社を経ても変わらず続く、数少ない本音を話せる相手だった。


「今日は午後休暇を申請してるの」

「あら、そうなの」

「迎えを待ってるの」

「迎え?ここに?」


優子は人事部長になっても、昔と変わらない。

若い頃、二人で出張先のホテルで、ふざけて試しに抱き合ったこともあった。

けれど絵里奈が結婚してからは、そういうことは自然と途切れた。


「…ひょっとして彼氏」

「この間、婚約したばかり」

「うそ、ほんとに」

「ほんとよ。写真見る」

「見たい」


スマホに映る伊織の写真を見て、優子は目を丸くした。


「超イケメン…今度紹介して」


二人とも、会社では表情を崩さない。

傍から見れば、仕事の話をしているようにしか見えないだろう。

管理職としての癖が、昼休みでも抜けない。


「そのイヤリング、すごく似合ってる」

「彼が選んでくれたの」

「…これって」


優子は価値に気づいたようだ。


「婚約指輪を買った時にね、彼がプレゼントしてくれたの」

「…高いなんてもんじゃないでしょ?」

「キャッシュで一括…指輪と併せて、1200万」

「いいなあ、絵里奈。ついにいい男と出会った」

「まあね」


その時、窓の外を見ていた優子が声を上げた。


「うわ、すご。あれメルセデスのSクラスじゃない」


絵里奈のスマホが震えた。


「着いたみたい。じゃあね」


優子の驚いた顔を横目に、絵里奈は席を立った。


廊下を歩くと、何人かの男に声を掛けられる。

お疲れ様、と軽くかわしながら出口へ向かう。


離婚して独身に戻ってから、誘いは増える一方だった。

片桐の女ではなかったと周囲が気づいてからは、なおさらだ。


断っても、笑ってごまかしても、どこかで軽く見られている気がした。

毎月本社に来るたびに続くこの煩わしさに、そろそろ終止符を打ちたかった。


「俺が迎えに行こうか。噂になれば、察するんじゃない」


伊織がそう提案してくれたのだ。


正面玄関を抜けると、ロータリーに見慣れたメルセデスが停まっていた。


ブリオーニのスーツを着た伊織が、ビルを見上げている。

数年前まで軽自動車に乗っていた男とは思えないほど、堂々としていた。


昼休みの社員たちが、休憩スペースからその姿を見ている。


絵里奈は少し離れた場所から手を振った。

伊織も気づき、軽く手を上げる。

会社を一歩出れば、もう水原支店長ではない。



絵里奈は迷わず駆け寄り、抱きついた。


「来たわよ、愛しの絵里奈が」


伊織は微笑み、軽くキスをして後部座席へとエスコートする。

絵里奈が乗り込むと、伊織は運転席に戻り、振り向いた。


「ここまでやれば、噂になるはず」


後部座席のスモーク越しに外を見ると、

数十人の社員が一様に羨望の目を向けているのが分かった。


「ダメ押ししましょう」


絵里奈は静かに言い、後部座席から降りて助手席へ移った。


前席のガラスはスモークが薄い。

周囲の視線がはっきりと分かる。


絵里奈は伊織に抱きつき、長いキスを交わした。

伊織も落ち着いたまま応える。


キスを終えると、メルセデスは静かに発進した。

視線だけが、いつまでも後を追っていた。


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