11.誇示
今日は、月に一度の本社会議の日だった。
絵里奈は報告を終え、静かに席へ戻る。時計は午前十一時半を指している。
北関東エリアの実績は好調で、拡販の可能性ありと判断された。
同じエリアに新店舗を一つ追加することが決まり、絵里奈にも立ち上げのサポートが任された。
今いる支店から車で一時間半ほどの場所。
本社から数名が派遣され、残りは現地採用になるという。
会議が終わり、昼休み。
本社の食堂でコーヒーを飲んでいると、優子がランチトレイを持ってやってきた。
「絵里奈、食べないの?」
「優子」
同期入社の友人。
結婚、離婚、再入社を経ても変わらず続く、数少ない本音を話せる相手だった。
「今日は午後休暇を申請してるの」
「あら、そうなの」
「迎えを待ってるの」
「迎え?ここに?」
優子は人事部長になっても、昔と変わらない。
若い頃、二人で出張先のホテルで、ふざけて試しに抱き合ったこともあった。
けれど絵里奈が結婚してからは、そういうことは自然と途切れた。
「…ひょっとして彼氏」
「この間、婚約したばかり」
「うそ、ほんとに」
「ほんとよ。写真見る」
「見たい」
スマホに映る伊織の写真を見て、優子は目を丸くした。
「超イケメン…今度紹介して」
二人とも、会社では表情を崩さない。
傍から見れば、仕事の話をしているようにしか見えないだろう。
管理職としての癖が、昼休みでも抜けない。
「そのイヤリング、すごく似合ってる」
「彼が選んでくれたの」
「…これって」
優子は価値に気づいたようだ。
「婚約指輪を買った時にね、彼がプレゼントしてくれたの」
「…高いなんてもんじゃないでしょ?」
「キャッシュで一括…指輪と併せて、1200万」
「いいなあ、絵里奈。ついにいい男と出会った」
「まあね」
その時、窓の外を見ていた優子が声を上げた。
「うわ、すご。あれメルセデスのSクラスじゃない」
絵里奈のスマホが震えた。
「着いたみたい。じゃあね」
優子の驚いた顔を横目に、絵里奈は席を立った。
廊下を歩くと、何人かの男に声を掛けられる。
お疲れ様、と軽くかわしながら出口へ向かう。
離婚して独身に戻ってから、誘いは増える一方だった。
片桐の女ではなかったと周囲が気づいてからは、なおさらだ。
断っても、笑ってごまかしても、どこかで軽く見られている気がした。
毎月本社に来るたびに続くこの煩わしさに、そろそろ終止符を打ちたかった。
「俺が迎えに行こうか。噂になれば、察するんじゃない」
伊織がそう提案してくれたのだ。
正面玄関を抜けると、ロータリーに見慣れたメルセデスが停まっていた。
ブリオーニのスーツを着た伊織が、ビルを見上げている。
数年前まで軽自動車に乗っていた男とは思えないほど、堂々としていた。
昼休みの社員たちが、休憩スペースからその姿を見ている。
絵里奈は少し離れた場所から手を振った。
伊織も気づき、軽く手を上げる。
会社を一歩出れば、もう水原支店長ではない。
絵里奈は迷わず駆け寄り、抱きついた。
「来たわよ、愛しの絵里奈が」
伊織は微笑み、軽くキスをして後部座席へとエスコートする。
絵里奈が乗り込むと、伊織は運転席に戻り、振り向いた。
「ここまでやれば、噂になるはず」
後部座席のスモーク越しに外を見ると、
数十人の社員が一様に羨望の目を向けているのが分かった。
「ダメ押ししましょう」
絵里奈は静かに言い、後部座席から降りて助手席へ移った。
前席のガラスはスモークが薄い。
周囲の視線がはっきりと分かる。
絵里奈は伊織に抱きつき、長いキスを交わした。
伊織も落ち着いたまま応える。
キスを終えると、メルセデスは静かに発進した。
視線だけが、いつまでも後を追っていた。




