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タガタメファンタジー~心が魔物になる世界~  作者: 南乗七史
第一章・希死念慮の亡者
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第8節・希死念慮の残影

「街では楽しそうに夜の店で働く女子高生であり、学校では楽しそうに飛び降り自殺をしようとする女子高生、か」

 アイスを食べながら真中が呟く。

「おまけに飛び降り自殺を彷彿とさせる思念体は分離型で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが感情の比喩だとしたらどういう感情だ」

 ひとつは飛び降りたいという感情で良いだろう。ではもうひとつは?

「飛び降り自殺をしようとする誰かを止めてみたいー、っていう、ヒーロー願望的な?」

 愛野が言う。


「…………」

 少し考える。いや、結構考える。有りだ。否定材料は見当たらない。盲点だった。

 しかし、俺の変わりに反論したのは真中だった。

「そうなるともう一人来るはずだった事になる。しかし、僕らが階段を下りている最中は誰ともすれ違っていないよ。ヒーロー願望は一人では成り立たない」

 そうだ、犠牲者無く救済は無い。危うく引っ張られるところだった。

「あるいは、こいつに自殺して欲しいっつう思念体か、だ。清水千佳に自殺して欲しいって願ってるやつが居そうだったりしねぇか、イジメ以外の何か――成績か、恋愛あたりでの嫉妬はどうだ」

 イジメについては既に調べてはいるが、個人を特定出来なければ調べようの無い事だった。今聞いたところですぐに答えは出ないだろうが、この二人に調べさせればすぐにでも、

「んー、無いね」

 真中が即答した。知ってるんかーい。

「僕と清水さんが同じクラスなのは知っているだろう?」いや知らんが……愛野が頷いていた。なんかそういう前振りあったかね、他人に興味が無さ過ぎて……「彼女はクラス内でひどく目立たない。男子生徒とつるんでいるところなんて見たこと無い。夜の店で働いていると聞いた時はこう……腰を抜かすとはこういう感覚か、と思うほど驚いたからね」

「んー、可愛い子な気がするんだけど……」

「申し訳ないが、僕はそう思った事は無い。クラスの男子が噂したり羨望の眼差しを送っていた事も無い。だから、恋愛に関する嫉妬に関しては、少なくとも学校内ではありえないと思うよ」

 議論している所悪いが、俺は顔も思い出せん。

「やたら表情豊かっつう記憶しかねぇな」

 言うと、真中はそれも否定した。

「タイミングだと思うよ。改めて言うが、彼女は極めて目立たない。笑いの渦中に居る事も、悲劇の最中にある事も無い」

 それに、と断言を続ける。

「勉強についてだけれど、彼女は1年生の頃、全ての教科で1位を取っている。僕が把握している限りでは、テストがある科目で1位を逃した事が無いんじゃないかな」

「…………」

 黙る。というか言葉が出ない。情報量が多くて困る。


「すご。一年間成績ずっと一位っていうのもすごいけど、なんでそんな事把握してるの?」

 愛野が俺の感想を一通り喋ってくれた。真中は普通の事のように答える。

「僕のテストの成績がだいたい二位~十位付近だからさ」

 上に居ると上がよく見えるってことだわな。俺はだいたい下から数えたほうが早いので、上の連中なんて皆同じに見える。


「それで、全教科1位っつうと嫉妬のひとつやふたつあるもんじゃねぇのか」

「それもそうかもしれないのだけれど、この学校は普通科高校で、偏差値は高くない。……気を悪くしたら申し訳ないのだけれど、平均より下。成績で嫉妬するような人間が来る所じゃ無い」

「……だな。他人に自殺して欲しいなんて思うのはどう考えても常軌を逸してる。せめて血眼になって勉強してる奴じゃねぇ限り、どの面下げてって話だな」

 だが、これに一石を投じたのはババァこと透子だ。

「あらあら、皆純粋でおばさん心配になっちゃうわ。まともな努力をしていないのに天才に嫉妬する人間なんてごまんと居るし、小山の大将になりたいからレベルの低い高校へ入ったのに、格上が居たとあれば、そういう短絡的な人は、短絡的な感情に走ると思うわよ?」

「と、透子さん、言い方……」

 愛野が少しビビっていた。


「それも、あまり考えられません。2位以下は全員僕と同じような状態なので、プライドのためにあえてレベルの低い高校へ進んだとしたらやる事が半端すぎるし、やる事が半端という事は」

 と、そこまで言って、真中は俺を見た。確かにそこから先は、真中が苦手で、俺が好きそうなセリフだ。俺は喜んで役割を引き受けた。それを言うためにこの仕事をしていると言っても過言さは少しだけと言える。

「やる事が半端な奴は総じて志も半端だ。そんな奴が大した思念体なんざ生み出せるはずがねぇ。だがあいつは雑魚じゃねぇ。あの思念体は、それなりにガチの奴じゃないと産み出せねぇ」

 透子は納得はしかねるが及第点ね、みたいな表情を浮かべて引き下がった。


 さて、嫉妬による自殺させたいという感情では無いだろうという仮説には至った。その考えが間違っていたという事は、消去法が必要な段階では貴重な情報源。これも一歩前進だ。


「そういえば」

 何かを思い出したかのように、ふっと愛野が力の抜けた声を出す。

「前に彼方言ってたよね、自責と他責の話」

「あ? いつ」

「この思念体の捜査を始めた時! なんだっけ、えっと……この世には自責と他責があって、それにも種類があってって。現象と方法?」

「あー、原因と解決だな」したした。というか、そういう感じの事はしょっちゅう考えてるから、候補がありすぎて解らなかった。

「なんの話だい?」

 そういえばあの場にこいつは居なかったか、真中が身を乗り出してきた。遥香も黙って小首を傾げている。改めて話すか。


「自責・他責ってのは解るか」

 そう聞くと、真中と遥香が頷く。

「その自責・他責にも種類があるっていう説がある。原因と解決だ」

「へぇ、そんなのがあるんだね。興味深いよ、それで?」

「原因に対して自責か、他責か。解決に対して自責か他責かって分け方な」

 真中が「ほお」と頷き、遥香はぽかんとしている。多分解っていない顔だ。それを察したらしい愛野が得意げに言う。

「起きちゃった事の原因を人のせいにする他責と、自分のせいにする自責。じゃぁその起きた事をどうしよーってなった時に、お前がやれって人に押し付ける他責と、自分がやるぞーってなる自責だよ」

 その言葉で、遥香は理解したらしい。うんうんと頷いていた。いや、なんか俺の言った事と違いありました? 同じ事言いませんでした?


 まぁいい。俺は続けた。

「それで、自殺ってのは解決の自責だっつう話をこいつにしたんだ。自殺に至る原因は解らないが、少なくとも原因から逃れる方法は自殺っつう自責。だから…………」

 そこから言葉が出なくなった。


 ちょっと待て。


 この話をした時、イジメ等が原因だと想定していた。イジメは無い。嫉妬は無い。自死を望む理由が無い。原因がここに存在しない。まだまだ調査不足かもしれない。もっと探せばあるかもしれない。でも、もしもそこの前提が間違っているのだたら? 俺の凝り固まった前提に間違いがあるとしたら?


「愛野、何が言いてぇ」

 問うと、愛野はすぐに答えた。

「彼方が決めつけてるからずっと違和感あった。はっきり言うけど、やっぱり今回の件に関しては、自殺は解決じゃないと思う」

「どういう事だ」

「だってね、あたし、階段で清水さんを止めてた時、結構怖かったの。これから飛び降りに行くとは思えないくらい……楽しそうだった」

「それは俺も見た。確かにやたら満ちた表情だった。それがこの話になんの関係がある」

 多分、思いついてしまった事にアドレナリンでも出ているのか、愛野はどこかハイテンションにも見えるし、何かが爆発しそうな雰囲気をため込みながら、テーブルをタンタンと2回叩き、言った。


「――飛び降り自殺を原因にして、何かを解決したいって事とかもあるんじゃない!? それで何か伝えたいとか、その……バズりたいみたいなやつとか!!」


 腑に落ちる。大げさだが、世界の上下がひっくり返ったような気分だ。


 そうだ。そして、もうひとつ不思議な事があった。


 俺は、愛野が初めてあの屋上へ来る前の時点で、2回ほど淵に立つ思念体、(おつ)を処理している。1~2週間置きで2度だから一か月近い期間があり、その間、二対目のそれは現れなかった。だが、愛野が屋上へ来たその日、その時に、二対目の思念体、コウが現れた。コウ落が揃うと発動する思念体のもう片割れが。まるで愛野が連れて来たかのようなタイミングだったが、そうだ、あの時、あの学校内ではもうひとつの小さくない出来事が発生していた。


 俺は真中のほうを見た。屋上へ上がる愛野の姿を目撃した誰かから始まった、誰かが逢引きしているのではという噂。それが、真中のクラスで話題になっていた。開かないはずの扉を開けて屋上へ入れるという情報を内包した噂話。


 死ぬとは別の目的をもって飛び降りたいと切望していた清水千佳は、その噂話でもって屋上へ出られる事を知った。落は飛び降り自殺を望む思念体。コウはその方法を求めていた思念体。


 生徒達は部活動を終えたばかりのため校舎にほとんど居らず、教師の目も校舎内には無い。しかし、玄関等が施錠されているわけでは無いため、あの時間帯のみが唯一、堂々と挑戦出来る時間だった。だからあの時間だった。


「うん、おかしくは無さそうだ。大分進展したんじゃないかい?」

 真中が立ち上がる。

「という事は次は!」

 愛野が身を乗り出す。

 透子は静かに複数回頷き、置いてけぼりの遥香はぽかんとしている。


 俺は言った。

「この思念体をひとまずは分離型達成式希死念慮の亡者種と名付ける。清水千佳が何をしたがっているのかについて。自殺を手段に、何を満たしたがってるか、調べられるか」

「おっけー」と二人は声を揃える。


 ようやくの進展に、俺は深いため息を吐いた。

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