第11節・希死念慮の亡者~下
知識欲、と清水は言ったが、そんな整った物では無い、というのが、目の当たりにし、巻き込まれた張本人たる俺の感想だった。ただの言葉遊びだが、彼女を突き動かしているのは好奇心だ。これはあくまで俺の区別だが、知識欲は知識を持つ物がその知見を広げたいと思う感情だ。対して好奇心は、知らない物事を知りたがる、幼稚で目的の無い感情も含まれる。清水がその好奇心を知識欲と称した事も、ただの語彙不足というわけではないだろう。
「超常現象に強い拘りがあるようだな。俺が知る、一般的では無い現象については可能な限り説明しよう」
そう前置きを置いてから、簡単な説明を心がける。
「思念体。人の心が産み出す化け物がこの世界には実在している。一般人には目視出来ないが、俺のような魔心導師には目視出来る。思念体は産まれたきっかけの心を元にして、現実世界に影響を与える。お前がお前を殺したいと強く願えば、お前がお前を殺せるように因果に介入する。それが今、お前が巻き込まれている……いや、お前が産み出しているいざこざの原因だ」
その言葉に、清水は少し考えた。というよりも、記憶と記憶を当てはめている、というほうが近い表現かもしれない。
「思念体というのは、既存の思念体という単語と同じ物だと解釈する事は可能。だけどマシンドウシというのは私は知らない。導師は導く者の公証にも用いられるね。マシン。思念体を『人の心が産み出す』と比喩したならシンは心だ。マは魔物の魔かな。魔が差した心を導く者と書いて魔心導師。合ってる?」
意味に至るまで正解だ。手放しで驚き褒めてやりたいところだが、今は集中しろ、と、自分に言い聞かせる。
自分の知識に自信があるやつ、誰かに認められたいという承認欲求が強い奴、支配欲が強くマウントを取りたがる奴。これらは「君の勝ちです」と認めると自制心を失い暴走する可能性が高い。
俺が今からする仕事の都合上、主導権を奪われるわけにはいかない。だから俺はあえて言わせてもらった。
「魔が差してってのは産み出す側の自己弁護のための可愛い言い方だな。それらと命がけで戦う俺らからすれば、魔物を生み出すクソみたいに邪な心を道理へ引き戻してやる貧乏くじ。これが魔心導師だ」
罪悪感を与える事で優位を得る。巷ではモラハラと呼ばれる戦法である。
こうして優位を保って儀式を進めようとしていた矢先。結論から言うと俺は敗北した。
「ちょっと待って欲しいかな。話し合いを始めるより前に説明が欲しい。この格式ばった状態。思念体、魔心導師という何かの対立。田亀彼方の言い分。それらを加味すれば察しが着く。私が思念体を生み出してるんだよね?」
人生初の超常との対面の割には、あまりにも冷静な判断をする清水は続ける。
不気味な笑みをもって、その場を支配する。
「死後の世界が気になったんだ。だから死にたかった。天国とか地獄とかは実在するのか、みたいなレベルではなく、普通に、死後の感覚と、死ぬほどの痛みっていうのを体験してみたかった。私ね、初体験は小6なんだ。インターネットで童顔の高校一年生と嘘をついたんだ。まぁ相手は30歳だったから小学生だろうと高校生だろうと犯罪なんだけどさ。初めては痛いって言うだろう? だからより痛烈な痛みを記憶に刻みたくて、体が完成している相手を望んだんだ。これだけ聞くとただのマゾかな。でも違うんだ、全て赤裸々に話すから聞いてくれるかな」
お腹いっぱいだから遠慮して欲しい、と言えば彼女は止まっただろうか。
断じて否だ。
暴走は続く。
「中学の時に警察沙汰になった。全国紙にも載っちゃったんだけど、私さ、一週間行方不明になったんだよ。誘拐なんてされてないよ。その時に流行ってた未確認生物をさ、確認したかったんだ。だから旅に出た。未確認生物候補として色んな物を犠牲にした。未確認生物を捕まえようって仕掛けた罠に子猫が捕まって死んでたんだ。なんの罪悪感も無かった。魔物を生み出すクソみたいに邪な心って君は言ったね。私はね、私こそが魔物だって思ってる。だって狂ってない? 好奇心のために殺した動物、片手じゃたりないよ。それで今だ。犠牲にしてきた小動物達と同じように、田亀彼方という面白い対象を見つけたから、かき回したくて仕方ない。どうなればどうなるか。その全てをね、知りたいと思っているんだよ」
あまりにも狂った清水千佳の有様に、俺は黙る他に無かった。
現状で彼女に放てる言い分は見当たらない。
だから、俺は戯言を吐いた。
「現実逃避の言い訳にしては随分と長げぇな」
清水が黙った。多分愛野だろうが俺の暴言に対し「は?」と不服を呈する声もどこかか上がっていた。しかし丁度清水が黙ってくれたところだ、見逃すほど馬鹿にはなれない。
「経験には二種類ある。身に着く経験と、味を占める経験だ。経験した事を活かして次何をしようって考えるのが身に着く経験。こうすれば楽しくなれるからと繰り返すのが味をしめる経験だ。知らない事を知るのは快感だろう。だがお前は、その経験をもって何に活かそうかとは考えず、次の快感、新しい快楽をと求め続けた。対価は支払ってきたとお前は言うが、違う。本当に対価を支払うってのは、知った物事を人生に活かして初めて対価になりうる。知りたい、知りたい、知りたい、知りたい。ずっと欲望のために行動し続けたお前は、一度たりとも、その経験を、知った見識を何かの役に立てる事は出来ていない。何ひとつ身になっていない」
知りたいと思い続けるのは実は簡単だ。生徒であり続ければ良い。だが世の中には、教える側に立たなければ知りえない事など無限にある。そちらのほうが多いとさえ言える。
「知るという快楽に味を占めて貪って、身になってねぇのにまた腹の中にため込んで、ちょっとの刺激じゃ足りなくなって味の濃い経験を求めた。まるで暴飲暴食の肥満体質だ。夜職の経験ってのもおおいに感覚を麻痺させてそうだな」
どうせ酒だって呑んでるだろう。
「終いには『死んだらどうなるんだろう』という好奇心にまでお前を突き進めた。お前を殺したがってるのはお前の知識欲じゃねぇ。お前の自分勝手さだよ。好奇心は猫をも殺すとはよく言ったもんだ」
喧嘩を売ってみる。
清水は、声にこそ出さないが「はぁ?」と言うような表情を浮かべる。
だが、言葉は無かった。目線が上に泳いだかと思うとそれが下を向く頃には「一理あるかも」みたいな表情になり、数秒固まったかと思えば、俺の目を見てこう言った。
「それだ」
わぁ、素直。
清水は続けた。
「確かに、教えたいとか役立てたいとか、それを知って何したいとか、全くない。知って終わり。知って終わりくらいがちょうどいいんだ。それってなんでだろう、って考えたらさ、責任感が無いんだ、私。これは自分勝手だね。でもさ、直したいとかは思わないんだよね。どうしたらいい?」
そう言いながら、徳利の中身を自分のおちょこに注ごうとして透子に止められる清水。未成年がシレっと酒に手を伸ばすんじゃない。
徳利を取り上げた透子は「自分で注いじゃダメでしょ」と言いながら清水のおちょこに酒を注いだ。何やってんだこのババァ。
「すみません、職業病なもんで」って平然と貰ってんじゃねぇよ未成年。
だがそれにしても、だ。まっすぐに、当たり前のようにどうしたらいいかと聞かれると、困る。
「その好奇心が暴走した結果、飛び降り自殺するところだったんだぞ、お前は」
「構わないかな。仕方ないんじゃない? そうしたかったんだから。知識欲のためなら死んだっていい。まあでも流石さ、何かを追求してる最中は別だよ。何かを知ってる最中なら死んでる場合じゃないから」
自殺願望を止める、という事を考えると、この発言でゲームオーバー。俺に出来る事は何もない。だが、そうもいかない状況だろう。
「いいや、おおいに構う。平然と自分をお殺せるやつは、同じように他人も殺せるからだ」
自殺願望は確かに自分に向いていたが、今現在こいつの思念体は俺に憑依しているし、夜の店びびっとに繋がっていた鎖の思念体も、発信源は店では無く清水だったのだろう。夜職をやってみたかったから自分を雇うように働きかける思念体をこいつが放っていたのだ。
「いや、それでも尚構わないかな。自分の死すら知識欲のためなら捨てられる人間だよ? しかもさ、私はたいそう自分勝手らしいと自覚すると、不思議な事に逮捕されるのも有りだなという気もしている」
ぐわりと視界が揺れた。不自然な不快感。俺に憑いている思念体が成長し、蠢いたのだろう。
そこに至って理解する。重要な前提を思い出す。
こいつの話は、嘘だ。何故この前提を忘れていたのかと言えば、おそらく思念体が原因だ。
俺は今、清水千佳に操作されている。清水千佳の思念体によって、清水千佳に都合の良いように動くようにされているのだと思う。
「死んでもいいとか、逮捕されてもいいとか、どうして嘯く?」
実行される欲望は思念体にならない。これは絶対だ。抑圧され、溜まらなければ思念体になる事など出来ないのだ。だというのに、
「嘘なんて吐いてない。全部教えるって言ったじゃん。確かにさ、間違いはあるかもしれない。私も人間だからね。でもさ、私は本当の事を私なりに答えてるつもりだよ」
と、清水は言う。
そんなはずがない。思念体になっている時点で、そうなっても構わないなどと思っていない。そう思っているとしたらそれは――
「…………」
ふと、嫌な考えが頭を過ぎる。
鼓動が聞こえた。自分の鼓動だ。次に自分の呼吸が聞こえたかと思うと、立ち眩みのような感覚に襲われた。俺に憑依した思念体が肥大化していくのが視ずとも解る。そして、ここまで大きな気配になれば実感する。思念体は俺に背負われるような形をしているようだ。
ひとつ深呼吸する。髪をかきあげようとして、自分の手が微かに震えている事に気付いた。
過ぎった考えの否定材料を探したが、見当たらない。それどころか色々な意味不明が理解に変わっていく。
深呼吸がため息に変わりそうなのをぐっと堪え、ゆっくりと吐き出す。ストレスが伝わらないように目を伏せると、床に張り付く清水の影が見えた。その佇まいにすら不快感を覚える。
人助けはクソだ。本気で思う。
何故なら人がクソだからだ。クソを助ける行為は無論クソだろういう理論的な判断だ。
手をかけて助けてやったってあの手この手で助けなければよかったと思わせて来る奴ばかり。
だから俺は人助けが嫌いだ、と、視線の先の人影を見て思う。
こいつはとうに終わっているのだ。
知識欲のためなら死んでも良いし人を殺しても構わないと本気思っている。抑圧されるわけでもなく思念体になるほど強烈に知識欲に支配されている。それほどまでに狂っている。俺が超常と知った瞬間の取り乱しよう、高校生でありながら好奇心だけで夜職を始めたり中学生にして処女を30のおっさんで捨てたり一週間行方不明になったり。それら全ての異常な行動や、行く先々で思念体が発生していた事で気付くべきだった。清水千佳はとうの昔に思念体に憑依され、思念体による変貌を終えた後の亡者なのだという事に、俺は気付くべきだった。
魔心導師としてこいつを救う事は不可能。そういう意味ではすでに亡骸だ。
中学の時点で、自身が産み出した好奇心の思念体に憑依され、好奇心のために全てを犠牲に出来る人間へと変化させられてしまった後なのだ。
分離型なんちゃらとか、全てが的外れだったし、この一か月の全てが無駄足だった。愛野と真中にも無駄な仕事をさせた。その事に強烈な敗北感が俺を襲う。背中に張り付く思念体に重みを感じた。現在進行形でデカくなっている。
思念体にぶっ壊されたせいで感情にブレーキが無く、あらゆる好奇心が思念体になるほどの暴走状態。これは既に思念体によって形成された人格となってしまったため、魔心導師にどうこう出来るものは無いのだ。破滅し、心が死ぬまで、こいつは止まれない。思念体に憑依されるという事はそういう事だ。もはや一切の問答が無意味。
今の俺に取れる選択肢は三つだ。
目の前にある武器を使って清水千佳の心を殺し、廃人にする事で命だけは守ってやるか。
好奇心が人や自分を殺すまで思うようにやらせてやるか。
一生傍に居てこいつから放たれる思念体をいちいち掃除してやるか。
ああ、本当に嫌になる。
「透子、清水に眼鏡を」
指示を出し、立ち上がる。いい加減、背中の思念体が重くて腹立ってきたところだ。
愛野、真中、遥香、透子の関係者には既に思念共鳴を繋いでいるから必要ない。愛野は愛野の元へ駆け寄り、察した愛野は鞄から例のダサい眼鏡を取り出す。
「清水千佳。遠からずお前は死ぬだろう。だから、冥途の土産に良いもんを見せてやる」
「望む所」
当然のように即答する清水。この脅しにその態度だ。もう死んでいると言ったって過言では無い。
透子からダサい眼鏡を受け取る。俺はお膳からドスを取る。
清水は眼鏡を迷わずかけて、俺はドスを鞘から抜く。
清水は恍惚の表情を浮かべた。人生で初めて見る思念体への反応がそれか。本当に、おぞましいほど強烈な好奇心だ。
もう疲れた。無駄足だった事にこれ以上の手間もかけたくない。
後で報告書につける題名は、そうだな、憑依型能動式・希死念慮の亡者種、とでも銘打つか。
救いようがないと知った愚かな男による最後の戦いだ。ちゃっちゃと終わらせよう。




