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タガタメファンタジー~心が魔物になる世界~  作者: 南乗七史
第一章・希死念慮の亡者
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第10節・希死念慮の亡者~中

「はぁっ! はあっ! 彼方、大丈……ぶ」

 一分前後か、どこからか全力で駆け付けたらしい真中が息を切らしながら教室へ突入してきてそのままの流れで呆然とした。


「へあぁ……ふえあぁ……やっと……やっと会えた、やっと会えた超常、超常、ふへへ、国家機密、ふへ……」

「まずい事になっているね」

「ああ、大分まずい」

 こいつの頭が。


「ひみ、ひみつ……そうだ、ひみちゅ……ねぇ、秘密ね、機密? 守る、守るからね? だから、だからさ、お願い」

 ガチ狂乱から半狂乱くらいに落ち着いたかと思うと、清水は四つん這いでこちらににじり寄ってきた。どう足掻いても異常な姿。

「いけない、一人の世界から帰ってきてこちらに気付いたようだ。彼方、すまないが急ぎだったから眼鏡が無い。今どうなっている? 共鳴をしてくれないか」

 半身で俺をかばうように俺の前に腕を回す真中。思念体が見えるようになる眼鏡を忘れたから共鳴を繋いで今どういう思念体が猛威を振るっているか確認したいようだがすまない、その心意気の出る幕は無い。


「…………素面(しらふ)だ」

「…………え?」

「残念ながらこいつは、素の状態だ。思念体の影響は無い」

「…………は?」


 改めて清水を見る。

「教えてぇ……超常……機密……漏らさないからぁ、知りたいの私欲だからぁ……へへ、ぐえへ……そのね、そう、そうだ、結婚、結婚は? 状況的に国家機密は竜泉寺にあるはず。そう、だから結婚して竜泉寺の関係者になってしまえば機密は関係ない……? でしょ? 浮気許可! 私も好きにして良い上で愛人も許可するっていうのはどう!? 籍だけ入れさせてくれればいいの! 超常……超常がさぁ!! 私は超常がさぁ!!」

「いや……はは、素面は流石にノーセンスだよ彼方、これは、異常だ」

「平常だ。……まじで思念体のしの字もねぇ」

「思念体ぃいい!?」

 ひぃいいい……。反応してきたよこいつぅ……。


「彼方ー? 入るよー?」

 何故かそろりと教室へ入ってきたのは愛野だ。待ちくたびれたよおまえ。


「あいの……認識妨害」

「え……あ、うん、おっけー。……かけたけど、それ、清水さん……?」

 そういう反応にもなるよね。


 答えあぐねていると、愛野がこの場の誰もが一言では言い表せなかった言葉を、見事に表してくれた。


「――これ、どういう状況?」


 たぶん、誰も解らん。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 帰路につく。無論、一件落着などではない。俺の家へ向かっているところだ。

 厄介な思念体は個人の悩みより集団の噂が介在した物が多い。噂は少ないに越したことは無いので、噂の恰好の餌食になりやすい真中と愛野とは極力一緒に校門を出ないようにしている。ぜ、全然普通に一緒に帰るとかが恥ずかしいわけじゃないんだからね。


 自転車に乗ってきている真中は先行させ、透子に事情を説明するよう指示した。万が一町中で清水が半狂乱になった時に備え、認識妨害が使える愛野に清水の誘導を任せている。その間に色々な事を自分なりに整理しようと試みたが、上手くいかなかった。頭にモヤがかかっているようで、思考が上手く働かない。


 悩んでいるうちに家に着いてしまった。寺は透子の結界で覆われており思念体は入れないようになっているのだが、真中が先行して事情を伝えたおかげで今は解除されている。そのせいで、毎日上り下りしている石の階段が知らない素材に見えた。夕日に照らされた参道。砂利のひとつひとつが斜陽を反射し乱反射する。なんだ、違和感がある。


 これからやる事のため、透子と遥香が境内で準備をしているはずだ。だが、俺はひとまず自室へ向かう。部屋に入ると、真中が箱を用意していた。俺は鞄を置き、制服を脱ぐ。真中が箱の中から取り出したのは、白を基調とした袴だった。俺の仕事の正装だ。まぁ、必要だろう。一通りの装備を整える必要がある。そういう仕事だ。最大限の準備をする、というと、もうひとつ最後の手段がある。


「……わんちゃん御藍(みあい)のおっさんに泣きつくか……」

「はは、僕としてはそうしてくれるたほうが安心なんだけどね」

 真中はどこか虚しく笑う。俺のこれが今は口だけだと解っているのだろう。御藍というのは近所の魔心導師で、貸し借りを作りたくないとかではない。本来はおっさんの管轄である夜の街を対処してやってんだから、貸しがあると言っても過言では無い。それでも頼りたくないのは、シンプルにおっさんが圧倒的格上だからだ。ゲームをやる上でのチートアイテムみたいなもんなので、使用をプライドが許さない。


 白袴に着替え、透子達が用意しているはずの境内へ向かうと、そこには袈裟を着た透子と、巫女服の遥香が居た。慣れた手つきで準備を進めている。いくつかのお膳と日本酒の入った徳利(とっくり)だけ見ると宴会でも始まりそうなもんだが、中心にある短刀というかドスが放つ物騒さがあまりにも、現実逃避の邪魔だった。しかもというか、さらにと言うか、お膳を囲む座布団はふたつだけだ。


 どこかで何か振動する音がする。見ると、俺の後ろで真中がスマホを取り出していた。愛野から連絡が来たのだろう。俺は返信を打ち込んでいる真中を背に、お膳へ――いや、()()()()へ向かう。座布団をあえて後ろに避けてから座禅を組む。


 透子を見る。境内入口の前に控えて、こちらに一回頷いた。

 遥香を見る。境内の隅で正座している。

 真中を見る。遥香と逆の隅で、ホテルマンのように背筋を伸ばして直立してこちらを見ている。その真中へ向けて一回頷くと、真中も頷き、スマホを操作した。その後すぐ、スマホを隠すように仕舞い、直立した。

 それと入れ替わるように、境内の扉が開く。扉を開けたのは愛野。案内されているのは、無論、清水千佳だ。これでいいのかな、と、不安そうに視線を泳がせる愛野。目を輝かせる清水。


「こちらへ」

 愛野からバトンを引き継ぎ、透子が清水を、俺の前へと誘う。清水を透子に任せた愛野はまたもあたふたしてから真中の横へ小走りで移動した。その間、遥香は微動だにしていない。


 息を荒げる清水。境内を見回し、俺を見て、透子と遥香を見比べ、真中と愛野を確認し、何を思ったのか不明な恍惚の面持ちを浮かべた。


 違和感が脳裏を撫でる。不気味な感覚と共に、なけなしの清水とのエピソードが脳裏を過る。


 そうか、なるほど、そういう事か。


 清水が俺の正面で正座する。透子が徳利を持つと、俺と清水の前にあるおちょこに酒を注いだ。


「どうぞ」

 透子が促す。俺が言われるがまま注がれた酒を飲み干すと、清水は一瞬驚き、少し考え、もう一度考え、にやりとしてから、俺と同じようにそれを飲み干す。


 俺がおちょこをお膳に戻すと、清水がそれを真似る。透子がそれに酒を注ぎ足す。清水が俺を見る。俺は座して清水を見つめる。清水も俺を真似る。透子が一歩下がった場所で正座した。


「さて」

 言いながら清水を見つめる。その口端から水滴が垂れた。あれが飲みきれなかった酒なのかヨダレなのかは、知りたくも無いので無視する。


「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 本来なら、一般人向けにわざと古風でほどほどに解らない言い回し。雰囲気で頷かせる作戦だ。

 尚且つ定型文を用いる事を意識を共有し、その共有した意識を土台にこの場に居る関係者と思念共鳴をする戦法。多分清水が理解したのかは知らないが、少なくとも言葉の意味は理解したのだろう。証明とばかりに清水は答えた。


「わらわが内は(すべ)て御身が意のままに」


 なんで適応出来るのよ。古風な言い回しは形式のためにわざと難しくしてるのに。心域なんて言葉も一般用語に無いからね。神域(しんいき)を捩って改造した心域(しんいき)の言葉だったが、清水の返答は「わらわが内」だった。神の領域では無く心の領域だと、なんの手段を用いたのか知らないが理解したらしい。


 思念体の駆除にあたって、難しい要素はいくつかある。今俺が行っている儀式を魔心導師は『対面の儀』と呼んでいて、どうしても相手の理解をしなければならない事情がある時や、対象の心と思念体が混ざってしまい、分離しなければならない時に用いられる手段だ。()()()()()()()()()


 酔えば本性が出る。つまり本性が前面に出る。

 酔えば理性を損なう。だから――本心と世間体が乖離する。世間体が乖離するという事は、噂や戯言から解放される事を意味する。

 本音と建て前、あるいは我欲と責任感。これらを切り離す事は対面の儀における最重要事項。つまり酒で勝手に緩んでくれる組み合わせなのだ。相手が未成年だろうが吞ませない道理は無い。徳利の一気飲みとかさせたいレベル。


 周りを見る。特に注目したのは当然、この場で最も信頼に足る透子だ。透子は俺と目が合うと、にやりと笑って、どこか愉悦に浸るような面持ちで俺から目を逸らした。ほんと信じらんねぇ、息子からのさりげないSOSを今、理解した上で無視したよこのババァ。

 となると次は愛野と真中だ。見ると、二人は、()()()()驚愕の表情を浮かべていた。だろうな。そんな気はしていた。的中で良かったと安堵し、清水のほうへ視線を戻す。


「清水千佳。七ツ森高校二年生学年一位の成績であり、夜の店、びびっとのキャストでもある。そんな貴女は現在、いくつもの感情が向けられている。心当たりは?」

 問うと、清水は酒が回ったのか、少し俯き、数秒の沈黙の後に答えた。

「知りたい事のため色仕掛けをしているかな。だけど対価は全て支払っているから心残りは無いようにしたよ。お店でだってナンバー3前後であるように心がけて嫉妬は避けてるからね。誰かが私に感情を向けるっていうのは、解らない。時に夜職で稼いだ金を払って、時にこの身体で払ってるんだよ? 足りないなんて誰も言えるはずないし、相手の欲望を駆り立てられる姿は使う時以外は隠してるんだ。だからさ、だからね、誰かが私に感情を向ける。心を向ける心当たりなんて無い。()()()()()()()()()()。そんな私に心当たりなんてあるはずないよ」


 ああ、だろうな。だろうとも。そんな気はしていた。


 本当に気色悪い。なるほど、今日一日の不快感はこれだったわけだ。


「では問いを変えよう清水千佳。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。死にたいでも無い、誰かを殺したいでもない。()()()()()()()()()()()()()()。その理由が、俺は知りたい」


 言うと、酒と、空気と、自分と、運命と、そして俺の術に酔った清水は、当たり前のように答えた。


「――知識欲」


 当たり前のように、狂った目で、淡々と言う。


「貧乏人が犯罪に走ってでも食欲を満たそうとしたり、アスリートが怪我のリスクを負って我欲のため新記録を出したり、男があらゆる資産を費やして性欲を満たそうとしたり、女が承認欲求のために生命の危機を犯したり。そういうのと同じように、全く同じ原理で、同じ理由で、同じようにさ、やっただけだよ。私は――身体を売って金と情報を、その内の金を使ってさらに情報を稼いでただけなんだ。子供の頃からずっと、ずっとずっと、不思議を諦められなかった。その不思議はなんなのか。未確認生物とか、都市伝説とかそういう物の理由が知りたかった。存在しないのだとしたら、何故、存在しないのに誰に()()()()()()()()()()()()。それを知りたかった、知りたい。知らなきゃいけない」


 その狂った目が、俺に向く。


 ああそうだろう、解っていた。今日一日は、あまりにもおかしかった。


 ・思念体を倒しても、どこかに何かが残っているような気がする程度には思念体の気配が残っていた事。

 ・基本的に常に俺の頭が回っていなかった事。

 ・俺の一挙手一投足が清水の願望に適っている事。

 ・思念共鳴をした瞬間の周りの表情。


 全てが物語っている。俺の仮設は正しい。


 清水千佳は異常だ。これは間違いない。断じて平常では無い状態が平常となっている。しかし彼女は現在、思念体に憑かれていない。完璧に素面だ。そして、素面な状況で異常な物事を引き寄せている。


 答えは決まった。


 俺は言う。


「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 数秒置いて、清水の唇が微かに上がる。


 ああ、そう、そういうこと。




 ――今現在、思念体に憑かれているのは、俺だ。




 清水千佳が俺へ寄せる思念体。それに憑かれ、平静さを失っている俺。それに巻き込まれる田亀家。


 心の内で舌打ちする。人助けとは、どこまで面倒でクソな行いなんだろう。

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