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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「しの字嫌い」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/08/16


落語声劇「しの字嫌(じぎら)い」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約20分


必要演者数:2名

      (0:0:2)

      (2:0:0)【性別準拠人数比率】

      (1:1:0)

      (0:2:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


主人:権助(ごんすけ)の主人。何かと理屈っぽい権助(ごんすけ)になんとかしてぎゃふんと言わ

   せようとあれこれ企む。


権助(ごんすけ):口八丁(くちはっちょう)手八丁(てはっちょう)とはまさにこの男の為にある言葉。

   主人の難題もなんのその、さらりと正論パンチ。


●配役例


主人:

権助:



※枕はどちらかが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:よく、強情な人と言うのがありまして、人が右と言うと左、温かいも

  のを冷たいというように、逆らうのが面白(おもしろ)いなんという、こういう

  手合(てあ)いが一番扱いにくいと言いますが。


主人:おいおい、権助(ごんすけ)や、おい権助(ごんすけ)、いま手は空(あ)いてるか?

   じゃあすまないがちょっと火を起こしてくれ。


権助:火を起こしてくれ…へへへ、そりゃ旦那(だんな)様、「炭をおこす」だべ。


主人:なに?


権助:いや、火を起こせば灰になるべ、炭をおこすから火になるが、

   どうだべ。


主人:なんだい、また始まったよ。

   どっちだっていいじゃないか…まぁまぁ、お前の気に入ったように

   しなさい。

   炭を火に起こして、できたら煙草盆(たばこぼん)へ火を入れて持って来なさい。


権助:煙草盆(たばこぼん)へ火を入れるて、直(じか)に入れると燃えるけんどいいべか?


主人:【溜息】

   なぜそういうバカげた事を言うんだ。

   煙草盆(たばこぼん)に火を直(じか)に入れる奴があるか。

   火入(ひい)れが入ってるだろ。


権助:そんだら旦那(だんな)様、煙草盆(たばこぼん)へ火を入れるて言うからいけねえべ。


主人:ならなんと言えばいいんだ。


権助:「煙草盆(たばこぼん)の中の火入(ひい)れの中の灰の中へ火を入れる」。


主人:バカな事を言うんじゃない。

   そんな事がいちいち言えるか、


権助:言えるか、て、旦那(だんな)様ぁいう事が間違(まちが)ってるべ。

   こないだも客人ござるで、旦那(だんな)様に恥(はじ)かかすのも良くねえと思って

   なんとも言わねえが、でけえ声出して「権助(ごんすけ)、提灯(ちょうちん)へ火を付けろ」

   なんてあんなバカげたことはねえべ。

   提灯(ちょうちん)へ火を付ければ燃えるべえに。

   それ言うなら、「提灯(ちょうちん)の中のろうそく立てにろうそくをさして、

   ろうそくの頭に火をつけろ」だべ。


主人:いい加減にしないか…!

   おい権助(ごんすけ)、まぁそこへ座んなさい。


権助:へえ。


主人:お前はね、あたしが何か用を言い付けると、

   いちいちぐずぐずぐずぐず理屈(りくつ)を言うが、お前のは屁理屈(へりくつ)と言うん

   だ。いいか、「煙草盆の中の火入(ひい)れの中の灰の中へ」て、お前の国

   は気が長いからそんな事を言えるが、こっちのは気の短いとこだ。

   「おい、それを取りな」「へえ、これでございますか」と、

   品物を言わなくても「それ」「これ」でも用が足りるんだ。

   言葉の無駄(むだ)を省(はぶ)いて早く用を済ませた方がいいんだ。

   わかったか?


権助:はぁ、すると「それ」「これ」でもええから、早(はえ)ぇ方がええと。


主人:そうだ、言葉の無駄(むだ)を省(はぶ)くんだ。


権助:すると、旦那(だんな)様の言葉は多(おお)かんべえ。


主人:また始めやがったぞ…。

   何が多いんだ。


権助:そんだら煙草盆(たばこぼん)を持ってこいって言えばそんでよかんべな。

   煙草盆(たばこぼん)と言えば火のねえ物を持ってくわけがねえ。

   旦那(だんな)様みてえに煙草盆(たばこぼん)の中へ火を入れてこいって言うからいけねえ

   。

   まあ、中へ火を入れてこいてぇのが言葉の無駄(むだ)てもんだべな。

   してみると旦那(だんな)様の国ではそういうんだべか。


主人:何を言うんだ。

   もう用はない、向こう行け向こうへっ。


権助:へい。


主人:…。

   どうしてああも嫌に強情(ごうじょう)な奴なんだか。

   一言いえば「そうじゃない、これはこう言う理屈(りくつ)だ」などと…。

   まったく、癪(しゃく)にさわってたまらない。

   しかし役に立っていい所もある。

   ひとつギュッと目に合わして、「これからもう理屈(りくつ)は申しません」

   と言わせてやりたいが、何かないものか…。


   【二拍】


   そうだ、よし、この手でいこう。

   権助(ごんすけ)、権助(ごんすけ)!

   ちょいと来てくれ!


権助:【遠くから】

   へぇい。


   旦那(だんな)様、呼んだかね?


主人:用があるから呼んだんだ。


権助:聞こえたから来たべ。


主人:…掛け合いみたいなこと言ってないでそこに座んなさい。


権助:へい。


主人:お前に聞くんだが、当(あ)て物はできるか?

   どうだ?


権助:え?


主人:当(あ)て物はできるか?


権助:「当(あ)て物はできる”か”」?「か」だとこの野郎。


主人:っなんだお前、主人に向かって。


権助:そうだんべ。

   「か」なんてのは疑(うたぐ)りの言葉で、良くねえんだ。

   気ぃつけなきゃダメだべ。


主人:なんだ?主人のあたしがお前に小言(こごと)を言われてるよ。

   じゃあ、「できるの」?


権助:まぁ、天地の間におらができねえなんて事はねえべ。


主人:大袈裟(おおげさ)な事を言うな。

   何でもできると言ったな?えらいえらい。

   さ、やってみなさい。

   【手を三回叩く】

   いま手を叩いたが、右が鳴ったか左が鳴ったか、当ててみなさい。


権助:どっちが鳴ったかって、そりゃあいけねえべ旦那(だんな)様。

   手は叩けば鳴るもんだ。

   右だけでも左だけでも鳴らねえ。

   【手を叩いて】

   両方合わして音が鳴るもんだべ。


主人:強情(ごうじょう)を張るんじゃない。

   片(かた)っぽは鳴ったんだ。

   どうだ恐れ入ったか?負けるか?


権助:別に負けもしねえべ。


主人:おいおい、どこへ行くんだ。

   逃げるのか?


権助:逃げるわけでねえ。

   よっ、と。

   そんなら旦那(だんな)様に聞くけんど、わしァいま敷居(しきい)の上に立っとるべ。

   これ、前へ出るか後ろへ引っ込むか、先に当ててもらいてえ。


主人:あたしが前へ出ると言えば後ろへ、後ろだと言うと前へ出ると言う

   んだろ?


権助:それとおんなじ事だべ。

   わしが右が鳴ったって言うと旦那(だんな)様はいや左だ、

   左だって言えば右が鳴ったって言うべ。

   まあ、こりゃ水掛(みずか)け論(ろん)てやつでダメだべ。

   どうだ旦那(だんな)様、一本とられたべ?

   参ったべ?


主人:【小さめに】

   ……まぁいい。


権助:え?


主人:まぁいい。


権助:いや、「まあいい」ではねえべ。

   参ったべ?って聞いてるだ。


主人:っ…どうでもいいよ!


権助:いや、参ったら参ったとはっきり言うべ。


主人:嫌な奴だな、ほんとに。

   はっきり言えなどと言いくさる。

   【投げやりに】

   じゃ、参ったよちくしょう!


権助:へへへ、はじめっからそう言えばいいべ。


主人:おぉいおい、待ちなさい。

   お前にもう一つやらせることがある。


   湯呑(ゆの)みに茶が注(つ)いである。

   これを飲めるか?


権助:え?


主人:茶を飲めるかと聞いてるんだ。


権助:湯呑(ゆの)みの茶ぐれえ、誰でも飲めますべ。


主人:ただ飲むんじゃない。

   こうして上から蓋(ふた)をする。蓋(ふた)の上から飲みなさい。

   どうだ?


権助:…へへへ、おもしろそうだべ。

   どれ…。


主人:いや、蓋(ふた)をしたまま飲むんだぞ。


権助:へへ、蓋(ふた)の上から飲むのは分かっとりますべ。

   だけんどこれ、茶が入っとるからダメだべ。

   わしァ苦(にげ)ぇ茶はダメなもんで、湯でも水でもいいから入れ替えて

   もらいてえべ。


主人:なに、湯か水ならいいのか。


権助:湯か水ならええが、苦(にげ)ぇ茶てのはわしァダメだべ。


主人:うるさい奴だね。

   まったく、なんのかんのと…。


権助:【↑の語尾に喰い気味に】

   あぁっと旦那(だんな)様、それ、蓋(ふた)を取らずに湯を入れてもらいてえべ。


主人:なに?

   蓋(ふた)の上から湯が入るわけないだろうが。


権助:入らねえ湯は飲めねえて理屈だべ。

   いやぁ気の毒に…また参ったべ?


主人:~~ッッ!!

   ッいいよ、参ったよッ!


権助:へへへ…旦那(だんな)様も下手(へた)な剣術家(けんじゅつか)みてえに参った、参ったって…。

   じゃ、わしァこれで。


   【二拍】


主人:…ッちきしょっ…!

   下手(へた)な剣術家(けんじゅつか)だって、言う事がいちいち癪(しゃく)にさわる奴だよ!


   悔しいね…こうなってくると人間、意地(いじ)になるって奴だね。

   なんかひとつ、あいつをまごつかせるような事は無いもんかね…?

   何かぎゅうっと困らせることができるようなのは…。


   【二拍】

   【ぽんと膝を叩く】

   そうだ、困らせるで思い出したぞ。

   その昔、太閤殿下(たいこうでんか)のおそばにいた、曾呂利新左(そろりしんざえ)エ門(もん)という御仁(ごじん)

   が、「しり」という言葉を封じられて困ったという事をなにかで

   聞いたな。

   ふーむ、「しり」という言葉は狭(せま)いな…何かないかね…。


   そうだ、「し」の字を封じてやろう。「し」という字はよく使うぞ

   。「ああしましょう」「こうしましょう」とかな。

   ふふふ、これならいくら強情(ごうじょう)な奴でも驚くだろうよ。

   権助(ごんすけ)、権助(ごんすけ)や!


権助:へい。


主人:ちょいと来なさい!


権助:へえ。

   へへ、また当(あ)て物(もの)かなんかで?


主人:余計なことを言うよこいつは…。

   当(あ)て物(もの)じゃない。

   お前に言っておきますが、家(うち)でこれから「し」の字というものは

   今後一切使わない事に決めたから、いいかね?


権助:え?なんておっしゃいましたべ?


主人:「し」の字は使ってはいけないよ。


権助:はあ、なんでだべ?


主人:「し」のつく言葉てのは縁起(えんぎ)が悪い。

   「死ぬ」「しくじる」「始終(しじゅう)幸せが悪い」という。


権助:そりゃあ旦那(だんな)様、「死ぬ」だの「しくじる」と言うからいけねえべ

   。「死なねえ」「しくじらねえ」「始終(しじゅう)幸せがいい」て、そう言え

   ばいいべ。


主人:そう言えばそうだが、嫌いなものだから言っちゃならないんだ。

   「し」の字は他に読みようがあるから、それで事が足(た)りる。

   いいか、分かったかい?


権助:そりゃまぁ、旦那(だんな)様が言うなて言うんだったら言わねえべ。


主人:あぁそうそう、もしお前が「し」の字を一つでも言えば、

   その月の給金(きゅうきん)はやらないから、そのつもりでいなさい。


権助:…ちょっくら待ってもらいてえべ。

   そりゃあダメだべ旦那(だんな)様。

   初めに奉公する前に「し」の字はなんねえがそれでええかって

   先に極(き)め引(ひ)きしてりゃあええが、あと出しで給金(きゅうきん)やらねえなんての

   はダメだべ。


主人:じゃあ、できないのか?


権助:いや、できねえわけでは…


主人:無理なら無理でいいよ?

   お前には給金(きゅうきん)の前貸(まえが)しがある。それを置いて暇(ひま)をやるから、

   すぐに出ていきなさい。


権助:旦那(だんな)様、そんな無理はおっしゃったらいけねえべ…。

   どうあってもダメなんで?

   …じゃあしょうがねえ、言わねえ。


主人:なに?


権助:言わねえ。


主人:きっと言わないか?


権助:言わねえけど、旦那(だんな)様が言ったらどうするべ?


主人:あた「し」は決「し」て言わないよ。


権助:へへへ、いま二つも言ったべ。


主人:ぐっ…ならお前はどうなんだ。


権助:わ「し」ァ言わねえべ――あれ。

   こらぁ「し」の字が出るだね。

   まぁまだ決まってねえからいいべ。

   えぇと、わた「し」のーーあれ?わた「し」はダメだべ。

   わたく「し」のーーおぉ?

   わ「し」わたく「し」…へへ、こらァ困ったべ。

   なら「おら」でいくべ。


主人:まぁ何でも勝手にやれ。


権助:ところで旦那(だんな)様、おらァ言わねえが、旦那(だんな)様が言ったらどうする?


主人:さっきから言ってるだろ。

   あた「し」は決「し」て言わないよ。


権助:だから二つも言ってるべよ。


主人:~~ッ、決めて「し」まえば言(い)やあ「し」ないよ!


権助:いや、まぁた二つも言ってるでねえか。


主人:~~っだから、言わないよ!


権助:言わないよて言うけんど、言ったら?


主人:言(い)やあ「し」ない…ごほんっ。

   えぇ…言わ、言わないが、言わないがも「し」ぃえぇぁ…

   んんっ、えぇ、万が一にひょっと「し」てぇぁあ…


権助:ダメだこりゃ、のべつに言ってるでねえか。

   も「し」だのひょっと「し」てだの、旦那様の方があぶねえなァ。

   やめたほうがいいんでねえべか?


主人:うるさいよ。

   俺が、言えば、貴様に、なんでも、好きなものをやる。


権助:へえ、なんでも好きなものをけぇ?

   うほほ、そりゃほんにありがてえべ。

   旦那(だんな)様がその気ならよ「し」…

   へへ、こらいけねえや。


主人:さ、いつまでもきりがないから、決めるぞ。

   いいか。

   【手を二回叩く】


   【↓ここから二人とも言葉を気にしながら言う】


   さ…決まった。


権助:旦那(だんな)様の方で決まったって、おらはまだ決まらねえ。

   …手の中へ「し」の字を言わぬことと書いて…んっ。

   【手の平に人の字を書いて飲み込むアレです】


   …飲み込んだ。

   さあ、言わねえ。


主人;…言うなよ。


権助:…おらは言わぬが、われ言うな。


主人:化け、地蔵みたいなことを言ってるよ…。

   むこうへ、行ってなさい。


権助:へい。


主人:っおいおい、そこを開けたまま行く奴があるか。

   そこをーー【閉めて、と言いかけて危うく飲み込む】

   【閉めるジェスチャーをしている】

   っそこを、こうやれ。


権助:はあ、こうやるんだべ。


   【二拍】


主人:ふう、まずはこれでよ「し」と…あ。

   いかんな、すぐに「し」の字が出てくるな。

   こいつは良いようで悪いことを決めたぞ…。

   俺がそそっか「し」いのに、あいつが強情(ごうじょう)ときて…むむむ。

   ん?権助(ごんすけ)の奴、水を汲(く)んでるな。

   【練習している】

   権助(ごんすけ)、水を汲(く)んで「し」まったか…いや、「し」まったかはいけな

   いな。

   権助(ごんすけ)、水を汲(く)んだか…うん、これでいいだろ。

   そうすればあいつのことだ、へえ、汲(く)んで「し」めえま「し」た、

   と、二つも「し」を言うだろ。


   あー権助(ごんすけ)、権助(ごんすけ)!


権助:へい、旦那(だんな)様。


主人:水を汲(く)んだか?


権助:へえ、水を汲(く)んでーー【しめえやした、と言いかけて危うく飲み込

   む】

   …あぶねえ。


   水を汲(く)んで、終わった。


主人:うまいなぁあの野郎、終った、てきやがったよ。

   強情(ごうじょう)ッ張(ぱ)りめ、なかなか言わないな。

   何か「し」の字を…あ。

   そうだ、バラ銭(せん)が五貫(ごかん)あるな。五貫(ごかん)じゃ具合(ぐあい)が悪いから、

   四貫(しかん)四百(しひゃく)四十文(しじゅうもん)きっかりを勘定(かんじょう)させるんだ。

   それにいつも台所であぐらばかりかいてるような奴だから、

   ここで長く正座させて勘定(かんじょう)させてやろう。

   そのうち痺(しび)れが切れてきて、足の痺(しび)れが切れました、となる。

   これで、「し」かん「し」ひゃく「し」じゅうもんにあ「し」の

   「し」びれで、「し」の字が五つだ。

   それと銭(ぜに)さ「し」も入れて六つ言わせてやるか。

   これでいこう。


   権助(ごんすけ)、おい権助(ごんすけ)!


権助:この狸(たぬき)野郎…言わせようと躍起(やっき)になってるべ。


   へい、旦那(だんな)様。


主人:ぁ~、ここへ、きて、銭勘定(ぜにかんじょう)を、やれ。


権助:ぉ~銭勘定(ぜにかんじょう)、銭勘定(ぜにかんじょう)ですかい。

   じゃあやるべぇ。


主人:これ!なんだその出ている、あ…あ…あ…

   【「足」と言いかけて慌てて止めている】


権助:お?


主人:あ…あ、あんよは。


権助:は…へへ、あんよ、重(かさ)ねたべ。


主人:きちんと、あんよ重(かさ)ねて銭勘定(ぜにかんじょう)をやらかせ。


権助:銭勘定(ぜにかんじょう)やらかすか。

   旦那(だんな)様、これ、藁(わら)のままではダメだべ。

   きちんと銭(ぜに)さーー【銭(ぜに)さ「し」と言いかけて慌てて止める】


主人:銭(ぜに)さ?


権助:へへ、藁(わら)をなってケツを結んだやつ。


主人:…強情(ごうじょう)な奴だ。

   これか?


権助:これこれ。

   旦那(だんな)様、言えるべか?


主人:俺は、言えない。


権助:旦那(だんな)様の言えねえものはおらも言えねえ。

   旦那(だんな)様の言えねえものをおらだけに言わそうったって、

   そうはいかねえ。

   旦那(だんな)様の言わねえものは…っ、…ッ…【足が痺れてきた】


主人:…権助(ごんすけ)、権助(ごんすけ)、どうーーんんッ!【どう「し」たと言いかけて

   慌てて咳払い】

   どうか、なったか?


権助:おぉ~いて……。

   …きれた。


主人:きれた?何が?


権助:…よびれが、きれた。


主人:な、なんだ、よびれとは。


権助:おーいてぇ…へへ…、

   え~一貫(いっかん)二貫(にかん)三貫(さんかん)っ…【四貫(しかん)と言いかけて慌てて止める】、

   百二百三百(ひゃくにひゃくさんびゃく)っ…【四百(しひゃく)と言いかけて慌てて止める】

   十二十三十(じゅうにじゅうさんじゅう)っ…【四十(しじゅう)と言いかけて慌てて止める】

   一文二文三文(いちもんにもんさんもん)っ…【四文(しもん)と言いかけて慌てて止める】


   …野郎、巧(たく)みだな?


主人:なんだ、あるじに向かって野郎とは。


権助:旦那(だんな)様、ちょっくらそろばん置いてもらいてえべ。


主人:そろばん?ああ、いいぞ。

   で、いくらだ?


権助:えー、二貫二百二十二文(にかんにひゃくにじゅうにもん)と。


主人:二貫二百二十二文(にかんにひゃくにじゅうにもん)。


権助:また二貫二百二十二文(にかんにひゃくにじゅうにもん)。


主人:また二貫二百二十二文(にかんにひゃくにじゅうにもん)。


権助:で、いくらだ?


主人:お?っ…お前がやるんだよ!


権助:おらがやれば、四貫四百四十四文(よかんよんひゃくよんじゅうよんもん)だべ。


主人:そんな勘定(かんじょう)があるか!


権助:それでいかなけりゃ、三貫一貫(さんがんいっかん)、三百百(さんびゃくひゃく)、三十十(さんじゅうじゅう)、三文一文(さんもんいちもん)だべ。

   【↑読みやすくするために句読点入れてますが、本来は連続で言い

   ます】


主人:この野郎、なんて「し」ぶとい奴だ。


権助:おぉ出た!旦那(だんな)様ァなんでもやるっていったべ。


   ならこの銭(ぜに)ァおらのもんだ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭圓生(六代目)



※用語解説


・煙草盆(たばこぼん)

江戸時代から使われてきた、刻み煙草を吸う際に必要な火入れ(炭火を

入れる容器)、灰吹き(吸殻を捨てる容器)、煙管(きせる)、煙草入れ

などをまとめて置くための道具のこと。盆の形だけでなく、箱形のものな

ど様々な形や装飾が施されたものがある。


・火入(ひい)れ

タバコなどの火種を入れておく小さな器。


・当(あ)て物(もの)

隠しているものを言い当てること。また、言い当てた者に対して与える

金品や懸賞。


・水掛(みずか)け論(ろん)

両方が互いに理屈を言いあって解決しない議論。


・太閤殿下(たいこうでんか)

豊臣秀吉のこと。


・曾呂利新左(そろりしんざえ)エ門(もん)

秀吉の御伽衆の一人で堺の会合衆と呼ばれる豪商の一人。

実在の疑われる人物だが、その頭脳の冴えは鋭く、落語の祖とも伝わる。


・バラ銭(せん)

漢字で散銭。

こまかいお金。


・四貫四百四十文(しかんしひゃくしじゅうもん)

一貫→十二万円

一文→四十七.六円。

従いまして約五十万六百八十円なーりー。


・あんよ

足。


・銭(ぜに)さし

百文(当時の慣習で九十六枚九十六文ぶん。足りない四文は手数料で

あったと言われる)を藁で編んだ紐で束ねた物。


※オチには主人が「し」ぶといと言った後に権助も「し」の字を含む言葉

 を言ってしまって痛み分けとなる場合や、主人がしぶといの後にさらに

 「し」まったと連続ミスしたりする場合もある。





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