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八射灯  作者: 鹿島通鹿
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第一話

田舎者が都会の街並みを見て、辺りをしきりに見回すのは当然のことである。


故に裔榠(えいめい)が城壁を見上げ、興奮していたのも仕方の無いことだった。


片親の裔榠は、舞奠(まいでん)国の中でも特に田舎の無貪(むとん)で暮らしていた。


幼少期に母を病気で亡くし、父と二人で暮らしていたのが影響して、男物の服を着るようになっていた。更には口調が父に似たものになり、野を駆け巡ることで幼少期を過ごした。


当然、裔榠は違和感を感じなかった。女であることを一切気にせず笑顔で疾走する姿は、愛する者を亡くした父に活力を与えた。


そんな15になった裔榠の家に、あるとき一切れの紙が届いた。


それの右上には「15から25の男子」と書かれており、中央には裔榠の名が書かれていた。


「徴兵令……」

「勘違いにも程があるだろう!」


光る頭を持った父の山査子(さんざし)は、強く机を叩き、がっくりと項垂れた。


裔榠が父の弱った姿を見るのは母が亡くなって以来初めてで、正義の心に溢れた父が怒りを露わにしているのも同じだった。


夕暮れが山査子の姿を照らし、固く握りしめたまま机の上で震えている右手を裔榠に映していた。


徴兵の紙を見たとき、裔榠はあまり残念には思わなかった。兵士は金払いの良い物だという噂を耳にしており、足が速かったから戦闘でもある程度の自信があった。


裔榠は守銭奴である。金に対して酷く欲深い。正義漢の父からこれ程まで貪欲な魔物が生まれてくるとは信じ難いほどに。


第一に金、第二に金、第三に金。大切なもの番付において、裔榠は十位まで金で埋め尽くされている。だからこそ、徴兵は苦に思わなかった。


「私は別に構わないよ」

「……本気なのか」


実の娘が屍獣(しじゅう)と戦う。もしかしたら死ぬかもしれない。その事実を山査子は受け入れられなかった。


送り出す勇気は欠片もない。男らしく送り出せる気もさらさら無い。絶望した目で裔榠を見つめて懇願するも、兵士になると決めた裔榠の決意は固かった。


忘露(ぼうろ)までだっけ?旅費、お願いね」

「………………」


裔榠は押しに弱い。今ここで威厳を捨て、腕を鷲掴みにして涙を溢れ出させることは簡単なことだった。しかし山査子は動かなかった。


「じゃあ私、そろそろ寝るね」


その夜、山査子は自分の部屋で静かに泣いた。親としての誇りを辛うじて持ったまま。



(徴兵かぁ)


父が泣いていることも露知らず、裔榠は能天気に己の運命について考えていた。


この世界には八国の国がある。そしてそれぞれの国には一体ずつ、その国を守る「霊獣(れいじゅう)」が存在している。


霊獣は天災を食い止め、雨をもたらして豊作にしたり、疫病を治したりして国の人々に恵みを与える。


しかし最近になって、突然霊獣達に異変が訪れた。苦しみだしたり、姿形がはっきりと変化するようになった。


完全に変化した霊獣を「堕獣(だじゅう)」と呼び、霊獣の頃のような働きはまったくしなくなった。天災が国を襲い、不作になる国が発生し、疫病が広まって態勢が崩れたものもあった。


(特に酷いのは屍獣だな)


屍獣。堕獣から生まれる怪物達だ。舞奠では未だに一体しか発見されていないが、早い国では屍獣に都を落とされた所もあると聞く。


ましてや霊獣が環境を整え、本来住めないような極寒の地に住んでいた国は一瞬で崩壊したそうだ。


堕獣は殺すとまずい。もし堕獣を殺して霊獣が復活しなければ、国の体制は崩壊してしまう。


舞奠は霊獣の恵みに依存している訳ではなく、ある程度天災への対策はできているものの、それが弱くはない国の一つだった。


だが屍獣は殺すことを許可したらしい。それで今回の徴兵令が出されたということだ。


皇帝の判断や心内はよく分からないものの、徴兵されて従属しなければ家族も危険な目に遭う。

金払いが良いのならと、守銭奴の裔榠は二つ返事で行こうと思った。


父の震えていた右手が裔榠の頭に思い浮かんだ。寝返りを打つ。


畜産農家で、いつも堂々とした態度の父が、あんな姿をしたのは初めてだった。少なくとも自分が見た中で。


中々眠りにつけない。自分の息がよく聞こえる。硬い寝具の感触が気になった。明日は早いというのに、長く休息を取って体力が十分あるようにしなければいけないのに。


静寂を切り裂くように、甲高い音を出して家の戸が開いた。夜遅くになんだろうと気を回したが、再び音がする頃には目を閉じてしまった。



砂地の国である舞奠。それの村にしては涼しい気候の無貪は、南部の河川から来る水で潤っている。


少数ながらもはしゃぐ子供が存在し、人々は農家や畜産やらをして毎日働く。朝からせっせと真面目に働き、夕方になれば家に帰って体を休める。争いなんて関係ない平和な村。

ある一つの家を除いては。


「これを持っていけ」


明け方、裔榠が居間に行くと机に幾つか物が置いてあった。それらを目にする前に、父の言葉でどんな物を渡されるか、なんとなく見当はついた。


帯革、金銭が入っていると思われる雄黄の袋、そしてひときわ目立つ青い鞘の刀。


鞘に掘られた見たことのない文字や、少し淀んでいるものの、きらびやかな光を放つ金色の剣格、静かな印象を持つ漆黒の柄が優美な姿を誇っていた。


そんな装飾の中、鞘に埋め込まれていた真っ黒な小さい宝玉。光沢を発するそれに、裔榠は強く惹かれた。

唯一自分の予想とは違った物に、裔榠は疑問を示した。


「……これ、父さんの部屋にあったやつ」

「お守り、母さんの形見だ」

「使えるの?」

「……使わない方がいい、宝具だしな」

「宝具!?」


ずっと置き物だと思っていた。刀身を見たこともなかったから。

宝具は本来、皇太子や一部の富豪のみが持つ物。売れば三人家族が一生遊んで暮らせる大金を得られる。宝具が生まれたときから家にあったという事実は、裔榠にとってまったく理解が出来なかった。


「なんでそんなのが家に……」

「くれぐれも気を付けろよ」


詳しく語りたくないような表情をされては、掘り下げることも出来ない。気になることが聞けず歯がゆい思いをしたが、仕方がないと割り切り、黙ってそれらを持った。


「じゃあ、行ってくるね」

「……あぁ」


別れを強く惜しむ声が聞こえる。行かないでくれと懇願されているようだった。以前と比べて口数の減った父を背に、そのまま戸を開けて出た。

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