冬の薫り
冬は嫌いだ。
悴んだ掌も、白く消えていく息も何もかも。
だから、偶然……いや、必然だった。
夜の街の喧騒を眺めながら、タバコを燻らせた君が橋の向こうに居たのは。
君はタバコの煙と白くなった息を吐いては、タバコの頼りない灯りを口元に寄せる。冬になると君はタバコをよく吸っていた。
吐いては吸って、点いては消えて。そんな繰り返しを私はぼんやりと眺めていた。
夜の街の藍の中に段々と君の姿が鮮明になる。
大学を卒業して二年。私には恋人がいる。私より年上で優しくて、格好よくて。私には勿体ないくらいの人だ。だから、私は幸せなのだろう。きっと。
何故?
幼少期、母に言われた。
「楓は女の子なんだからもっと可愛らしい服を着なさい」
思春期、クラスメイトに言われた。
「楓はさ、結局どっちなの?」
あの時、彼女に言われた。
「《普通》にしてたら私達って幸せになれるのかな」
私の中で、君はあの時のままで、目の前にいる君は私のあげたピアスを耳に着けている。
もしも、今の私が《普通》の幸せを手にしているのなら。
愛の中に私と君の姿が滲んでいく。
タバコの煙が息となって消えていく。
あなたも、《普通》を手にしているのかな。
私は君を、君の影を通り過ぎていく。
悴んだ掌を、白く消えていく息で温めながら。