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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
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第99話『大地の試練02』

 考えた。

 そう簡単にいくとは思っていない。だが、目的の『大地の精霊』がここにいるのだ。ならばできることはやる。

 そう決めて早速実行に移すセリナだったが、結果からいうと作戦はことごとく失敗した。


 次の日、大量の蒼精の雫が入った大きな瓶をがぶ飲みして、魔力を常に回復させながらの入水……両方の足が入ったところで終わった。


 次の日、防御魔法を最大強度にして入水……片足で終わった。


 はたまた次の日『氷の聖衣』を身に着けての入水……両足が入ったものの、一歩踏み出したところで終わった。


 更に次の日、いっそ魔法で周りに壁を作り水に触れずに入れば……関係なかった。


 もう数えるのをやめた日、水の力を分析した上で入る……分析に時間がかかりすぎるうえ、途中で倒れた。


 そんな時、怒られたのか、またお湯にぶち込まれたテリアに、試しに一滴だけかけてみた……本当にそれで終わった。そしてテリアに戦闘をしかけられ、二人しておばちゃんに倒された。


 それからそれから……


「思い出せ……思い出せ……」


 お湯につかりながら、セリナは頭を抱えて考え込んでいた。

 今までの経験、知識、全てを思い出せばきっとうまくいく。そう思っている。

 しかしそれ以上に胸の中で暴れる焦りが、セリナを惑わしていた。日にちだけが過ぎていき、なんの手がかりも残せてないのも焦燥感の原因だ。


 この里に来てからそれくらいの時間が経った? 外ではどうなっている? まだなにも調べていないのに。

 それから……リオナルドたちはあれからどうなった?


「………………っ!」


 くしゃっと髪を握る。心地良いはずのお湯が心拍数をあげ、それがさらにセリナを焦らせる要因になった。

 こんなところで……時間を取られている場合じゃないのに……!


『おお。これはなかなかの温度じゃな』

「――!?――」


 いきなり聞こえた声と気配。

 驚き勢いよくそちらのほうへ向くと、そこには頭に小さな布を乗せて、プカプカと気持ち良さそうに浮かぶライラ、いや、『風の精霊』がいた。

『風の精霊』は不満顔をしたセリナを見て、心底楽しそうに笑う。


『かっかっかっ。取り繕う余裕もなくなったか?』

「……ライラを返してください」

『断る。貴様の仲間の恩人じゃぞ? もっと敬え、小娘』


 セリナがおばちゃんに連れられ、オークション会場から逃げだしたあの時、セリナは確かに見た。


 巨大な風が吹き荒れているところを。


 今の言動と合わせてみても、おそらくリオナルドはあの場から無事に逃げられた。そういうことなのだろう。

 そのあと『風の精霊』はリオナルドについていったのをセリナは知っている。セリナが行けない壁の向こうにずっと気配を感じていた。

 ならばとリオナルドたちと連絡を取ろうとした。しかし、この『風の精霊』が大人しくセリナの言うことを聞くわけがなく、結局それはうまくいかなかった。

 だが、それでも『風の精霊』がリオナルドたちのそばにいれば……少なくとも自分の国の人間であるリオナルドは守るだろう、だからある意味では安心だ。


 そう、思っていたのに……っ。


「じゃあせめて『大地の精霊』について教えてくれませんか?」

『断る』


 ……正直ライラの姿でなければ殺そうとしていたかもしれない。たとえ返り討ちに遭ったとしても。

 精霊というのは本当に腹立たしい。こちらを試そうとするだけでヒントさえくれない。

『氷の精霊』にだって聞いた。なにかないのかと。だが、答えは沈黙だった。


 本当にどいつもこいつも……っ!


『しかしここは心地良いのぅ。このまま流れに身をゆだねてしまえば眠ってしまいそうじゃ』

「……そうですか。ではそのまますぐに寝てライラを返してください」

『そう急くな、小娘。だからお主はなにもわからんのじゃ』


 なにも教えてこない口が良く言う。

『風の精霊』はそんなセリナを見てニヤニヤと笑う。顔だけ出していた状態から、今度はお腹に布を乗っけて、顔とお腹の上部だけをお湯から出した状態で、プカプカと揺れだした。


『お主は学んでいるようでなにもわかっとらん。そう言っておるのじゃ。それがお主たち『聖女』の因果か、はたまたお主がたまたまそうだったか……人間は何度繰り返しても変わらぬのぅ」

「……なんのお話をしているのですか?」

『はて。なんじゃったか』


 学んでいない? なにをだ? なんのことを言っている?

 昔の『教育』を思い出せと言っているのか? それとももっと前の世界の歴史を思い出せと言っているのか?


 ますます混乱するセリナを見て『風の精霊』は笑った。実に楽しそうだ。


 もし今のが『風の精霊』の気まぐれが与えたヒントだとするならば……いや、でもこの態度。セリナの様子を見てただ楽しんでいるだけのようにも見える。


 どっちだ……?


 そう思い、さらに会話を続けようとセリナが声を出す直前、部屋のドアが勢いよく開いた。


「セリナちゃん調子はどうだい……って、あんらまぁーっ! 可愛い子が入ってきてるねぇっ! アンタちょっとどっから来たのさっ?」


 おばちゃんが『風の精霊』を見つけると、今まで見てきた中でも最高の笑顔でまっすぐに歩いてきて、そのまま『風の精霊』をひょいっと持ち上げた。


「こんなにまぁ毛を濡らしちゃってっ。おばちゃんが向こうでキレイキレイにしてあげるからねぇっ!」

『え? いや、まっ』

「さぁさ、行くよっ! まずはあわあわでたーっぷり汚れを落としてやるからねぇーっ!」

『いらなっ! 待て――』


『風の精霊』の声がおばちゃんの大きな声にかき消され、そのまま強引に連れ去られていった。


 ……ちょっとスッキリした。


 胸がすく思いのセリナだったが、すぐに今の問題に頭を切り替える……といっても、答えはすぐには出なさそうだ。


「学んできたこと……」


 無意識に周囲を見る。美しく落ち着く場所だ。湯気で水のついた葉が調度品の光に照らされキラキラと光り、ぽちゃんっ、とお湯に落ちる音も心を落ち着かせる。


 そしてやはり目立つのは男女の像。

 男と女が協力し、優しく慈しむように瓶から水を注ぐさまは、なんとも美しい。


 セリナは目を閉じた。

 心地良い水の音、さわさわと耳をくすぐるような葉の音。自分の息遣い、鼓動。


 ここにはセリナだけしかいない。


 そうだ。私はいつだって一人だった。

 セリナは自分の過去を振り返りそう思う。

 一人で耐えてきたし、一人で生きてきたし、一人で努力したし、一人で学んできた。

 一人で泣いてきた。


『お姉様』


 甘く柔らかい声が聞こえる気がする。

 彼女はいつだってセリナを必要としてきた。でもそれは、お気に入りの人形で遊ぶようなものだ。飽きたら捨てられる。その程度の価値。

 音が鳴る期間が長かったから、執着されていただけだ。

 でもそれで良い……良かった。それでもこんなセリナを必要としてくれていることが嬉しかった。そんな彼女が好きだと思っていた。


 だがこの思いも……もうわからない。


『偽物』で彩られた人生。あれも嘘、これも嘘、みんな嘘。セリナは『本物』なんて一つも持っていない。


「………………」


 セリナは自分の手を合わせて強く握った。それを口元に持っていけば、いつもの『聖女』の祈りのポーズのできあがりだ。


 次はなにを祈る? その『偽物』の心は誰に頼まれてなにをする? なにを演じる?


 セリナの閉じた目は開かない。開きたくないのだ。だって、開けば涙が落ちてしまいそうだったから。


 涙は……他人に見せてはいけないものだから……

 そう教えられて……


「……あ……」


 セリナはゆっくりと目を開けた。まばたきを一つ。やはりその瞳からは涙がこぼれ落ちた。

 だが……


「これで……良かったんだった……」


 なにかを考え込むと、長い間トラウマになるまで教えられてきたことを、ついつい先に思い出してしまう。それはセリナの土台であり、膿であり、壁だから。そう簡単になくなるものではない。


 だけど……

『風の精霊』の言葉を思い出す。


『人間は何度でも繰り返す』


 それで良いんだ。セリナは学んでいた。


「そうか……そういうことか……」


 セリナは握っていた手を離し全身の力を抜く。そして再び目を閉じた。

 涙がたまに流れてきてしまうが構わない。そう思えた。


 だから……今は……


 セリナは振り返った。昔のことを。

 ――そう、追放後からの旅のことを。これまでの軌跡を。

 ゆっくりと。ゆっくりと……

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