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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
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第99話『大地の試練02』

そう簡単にいくとは思っていない。だが、目的の『大地の精霊』がここにいるのだ。ならばできることはやる。

そう決めたセリナだったが、結果からいうと作戦はことごとく失敗した。


大量の蒼精の雫が入った大きなビンをがぶ飲みして、魔力を常に回復させながらの入水……両方の足が入ったところで終わった。


防御魔法を最大強度にして入水……片足で終わった。


『氷の聖衣』を身に着けての入水……両足が入ったものの、一歩踏み出したところで終わった。


いっそ魔法で周りに壁を作り水に触れずに入れば……関係なかった。


水の力を分析した上で入る……分析に時間がかかりすぎるうえ、途中で倒れた。


怒られたのか、またお湯にぶち込まれたテリアに、試しに一滴だけかけてみた……本当にそれで終わった。そしてテリアに戦闘をしかけられ、二人しておばちゃんに倒された。


それからそれから……


「思い出せ……思い出せ……」


お湯につかりながら、セリナは頭を抱えて考え込んでいた。

今までの経験、知識、全てを思い出せばきっとうまくいく。そう思っている。

しかしそれ以上に胸の中で暴れる焦りが、セリナを惑わしていた。


この里に来てからそれくらいの時間が経った?外ではどうなっている?まだなにも調べていないのに。

それから……リオナルドたちはあれからどうなった?


「………………っ!」


くしゃっと髪を握る。心地良いはずのお湯が心拍数をあげ、それがさらにセリナを焦らせる要因になった。

こんなところで……時間を取られている場合じゃないのに……!


『おお。これはなかなかの温度じゃな』

「――!?――」


いきなり聞こえた声と気配。

驚き勢いよくそちらの方へ向くと、そこには頭に小さな布を乗せて、プカプカと気持ち良さそうに浮かぶライラ、いや、『風の精霊』がいた。

『風の精霊』は不満顔をしたセリナを見て、心底楽しそうに笑う。


『かっかっかっ。取り繕う余裕もなくなったか?』

「……ライラを返してください」

『断る。貴様の仲間の恩人じゃぞ?もっと敬え、小娘』


セリナがおばちゃんに連れられ、オークション会場から逃げだしたあの時、セリナは確かに見た。


巨大な風が吹き荒れているところを。


今の言動と合わせてみても、おそらくリオナルドはあの場から無事に逃げられた。そういうことなのだろう。

そのあと『風の精霊』はリオナルドについていったのをセリナは知っている。セリナが行けない壁の向こうにずっと気配を感じていた。

ならばとリオナルドたちと連絡を取ろうとした。しかし、この『風の精霊』が大人しくセリナの言うことを聞くわけがなく、結局それはうまくいかなかった。

だが、それでも『風の精霊』がリオナルドたちのそばにいれば……少なくとも自分の国の人間であるリオナルドは守るだろう、だからある意味では安心だ。


そう、思っていたのに……っ。


「じゃあせめて『大地の精霊』について教えてくれませんか?」

『断る』


……正直ライラの姿でなければ殺そうとしていたかもしれない。例え返り討ちに遭ったとしても。

精霊というのは本当に腹立たしい。こちらを試そうとするだけでヒントさえくれない。

『氷の精霊』にだって聞いた。なにかないのかと。だが、答えは沈黙だった。


本当にどいっつもこいつも……っ!


『しかしここは心地良いのぅ。このまま流れに身をゆだねてしまえば眠ってしまいそうじゃ』

「……そうですか。ではそのまますぐに寝てライラを返してください」

『そう急くな、小娘。だからお主はなにもわからんのじゃ』


なにも教えてこない口が良く言う。

『風の精霊』はそんなセリナを見てニヤニヤと笑う。顔だけ出していた状態から、今度はお腹に布を乗っけて、顔とお腹の上部だけをお湯から出した状態で、プカプカと揺れだした。


『お主は学んでいるようでなにもわかっとらん。そう言っておるのじゃ。それがお主たち『聖女』の因果か、はたまたお主がたまたまそうだったか……人間は何度繰り返しても変わらぬのぅ」

「……なんのお話をしているのですか?」

『はて。なんじゃったか』


学んでいない?なにをだ?なんのことを言っている?

昔の『教育』を思い出せと言っているのか?それとももっと前の世界の歴史を思い出せと言っているのか?


ますます混乱するセリナを見て『風の精霊』は笑った。実に楽しそうだ。


もし今のが『風の精霊』の気まぐれが与えたヒントだとするならば……いや、でもこの態度。セリナの様子を見てただ楽しんでいるだけのようにも見える。


どっちだ……?


そう思い、さらに会話を続けようとセリナが声を出す直前、部屋のドアが勢いよく開いた。


「セリナちゃん調子はどうだい……って、あんらまぁーっ!可愛い子が入ってきてるねぇっ!アンタちょっとどっから来たのさっ?」


おばちゃんが『風の精霊』見つけると、今まで見てきた中でも最高の笑顔でまっすぐに歩いてきて、そのまま『風の精霊』をひょいっと持ち上げた。


「こんなにまぁ毛を濡らしちゃってっ。おばちゃんが向こうでキレイキレイにしてあげるからねぇっ!」

『え?いや、まっ』

「さぁさ、行くよっ!まずはあわあわでたーっぷり汚れを落としてやるからねぇーっ!」

『いらなっ!待て――』


『風の精霊』の声がおばちゃんの大きな声にかき消され、そのまま強引に連れ去られていった。


……ちょっとスッキリした。


胸がすく思いのセリナだったが、すぐに今の問題に頭を切り替える……といっても、答えはすぐには出なさそうだ。


「学んできたこと……」


無意識に周囲を見る。美しく落ち着く場所だ。湯気で水のついた葉が調度品の光に照らされキラキラと光り、ぽちゃんっ、とお湯に落ちる音も心を落ち着かせる。


そしてやはり目立つのは男女の像。

男と女が協力しながら優しく、慈しむように瓶の中にある水をこの場所へ注ぐさまはなんとも美しい。


セリナは目を閉じた。

心地良い水の音、さわさわと耳をくすぐるような葉の音。自分の息遣い、鼓動。


ここにはセリナだけしかいない。


そうだ。私はいつだって一人だった。

セリナは自分の過去を振り返りそう思う。

一人で耐えてきたし、一人で生きてきたし、一人で努力したし、一人で学んできた。

一人で泣いてきた。


『お姉様』


甘く柔らかい声が聞こえる気がする。

彼女はいつだってセリナを必要としてきた。でもそれは、お気に入りの人形で遊ぶようなものだ。飽きたら捨てられる。その程度の価値。

音が鳴る期間が長かったから、執着されていただけだ。

でもそれで良い……良かった。それでもこんなセリナを必要としてくれていることが嬉しかった。そんな彼女が好きだと思っていた。


だがこの思いも……もうわからない。


『偽物』で彩られた人生。あれも嘘これも嘘みんな嘘。セリナは『本物』なんて一つも持っていない。


「………………」


セリナは自分の手を合わせて強く握った。それを口元に持っていけばいつもの『聖女』の祈りのポーズの出来上がりだ。


次はなにを祈る?その『偽物』の心は誰に頼まれてなにをする?なにを演じる?


セリナの閉じた目は開かない。開きたくないのだ。だって、開けば涙が落ちてしまいそうだったから。


涙は……他人に見せてはいけないものだから……

そう教えられて……


「……あ……」


セリナはゆっくりと目を開けた。まばたきを一つ。やはりその瞳からは涙がこぼれ落ちた。

だが……


「これで……良かったんだった……」


なにかを考え込むと、長い間トラウマになるまで教えられてきたことを、ついつい先に思い出してしまう。それはセリナの土台であり、膿であり、壁だから。そう簡単になくなるものではない。


だけど……

『風の精霊』の言葉を思い出す。


『人間は何度でも繰り返す』


それで良いんだ。セリナは学んでいた。


「そうか……そういうことか……」


セリナは握っていた手を離し全身の力を抜く。そして再び目を閉じた。

涙がたまに流れてきてしまうが構わない。そう思えた。


だから……今は……


セリナは振り返った。昔のことを。

――そう、追放後からの旅のことを。今までのことを。

ゆっくりと。ゆっくりと……

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