第94話『唐突』
「どうしたんですかぁ?もしかして知り合いですか?」
「……すみません。気にしないでください」
テリアにいつもの笑みを返しながらも、心の中では笑いが止まらない。そのままの意味でだ。
女たちが色めきだっていたおかげで、セリナの吹き出した声がかき消されて良かった。今でも気を抜けば大声で笑ってしまいそうだ。
リオナルドはうっすらメイクをしていて、それがまたあの綺麗な顔を際立たせている。着せ替え人形と紹介されていたが、確かに今のリオナルドは人形のように美しい。セリナにとってはそれが笑えるのだが。
「このように女の服を着せても問題はありません。さらに鍛え抜かれた強靭な肉体、この美貌。お買いいただいたかたへの満足度は計り知れません。さぁ!お値段を!」
舞台の上にある、手元にあるものに似た大きなボードの数字がみるみるあがっていく。今日で一番のあがりかただ。ちらりと会場を見回すと、席に座るたくさんの女たちの手がせわしく動いているのがわかる。
「……いいんですかぁ?買わなくて」
「どうして私が?」
テリアの言葉にセリナはきょとんとした顔をする。それに対してますます眉間にしわを寄せるが、それ以上テリアはなにも言って来なかった。
もしかしたらリオナルド側ではそういう算段があるのかもしれない。
しかしセリナにその気は全くない。
お金がもったいないでしょう?
だが……我に返ることはできた。
リオナルドもエルンストも、そしてライラもいなくなり、気持ちが一人の、昔のセリナに戻っていたようだ。
人間などいなくなっても構わない。殺しても問題ない。ずっと一人。孤独。そんな頃のセリナに。
でも今のセリナは違う。
冷静に、でも間違ってもいい。未熟でもいい。大丈夫。だってこうして……
こう……して……
「ふふふっ」
舞台上のリオナルドに目を向けて、こらえきれなくなった笑い声が出てしまった。口を押さえるが、テリアには聞こえたようでますます不思議そうな顔をされた。
そうだ。こうしてセリナの心を守ってくれる存在がいる。
忘れるな。セリナは一人じゃない。孤独じゃない。
笑いがようやく収まり一息ついた時、大きなボードの数字の動きが緩やかになった。貴族でも一生暮らしていけるくらいだ。それでもまだ動いているのだから面白い。
いたずらに値段を釣り上げて困らせてやろうか、と少し考えたその時――
「ああああっ!もう耐えられねぇぜ!こんなショー見てられっかっ!」
客席のほうから聞こえる濁った声。セリナからは遠くの一番下に並んだ席の一つ、舞台のすぐ前で一人の男が立ちあがって髪を掻きむしっていた。
暗くてわからないが、高身長で、まるで着せられたかのように似合っていない金色の服を着ている。見ていると、その値段が張りそうな服を脱ぎ捨てるかのようにビリビリと破き始めた。
ざわめきだす会場内。だが誰も席を立つことはない。やがて警護と思われる、スーツの男たちが現れてその男を無理やり押さえつける。
――その瞬間、セリナは首をかしげた。
「がっ!」
「なっ!」
ヒュッという風切り音とともに、セリナの持っていたワイングラスが音を立てて割れる。それと同時に会場内のあちこちから聞こえる小さな悲鳴にも似た声。そして、そのままずるりとイスから落ちていく人間たち。
「きゃあああああああああっ!」
「うるせえええええええ!」
一息置いてからの悲鳴と、スーツの男たちを床に転がした男のうるさい声が重なった。
セリナは横を向いて、ワイングラスが割れた原因である、自身のイスに突き刺さった針のようなものを見る。
テリアのものより細く長い。だが固く深く刺さっており、先ほど首を横に避けていなければ即死だっただろう。
「ああああ!きめぇきめぇきめぇっ!ここにいるやつらみんな死んじまえっ!」
また一瞬の間に男から繰り出される針。当たった人間がその場に倒れ、残った人間たちの逃走を困難にさせている。
またセリナのほうに来たが、今度は自身にかかっている防御魔法でそれは弾かれ、テリアは手で受け止めていた。
「悲鳴!悲鳴!いいねぇっ!もっと聞かせろぁああっ!」
周りの人間たちの悲鳴に負けない大声で、楽しそうに笑う男。特徴と言えるくらいの細すぎる体、服一式がビリビリと破れているその姿は、我を忘れた獣のようだ。
「弟さんですか?」
「殺しますよ」
セリナの言葉に、無傷のままのテリアがにこりと笑った。
似たような攻撃だからもしかして……と思ったが、確かに小人族にしては身長が高すぎる。
客席から立ち上がったということは売られてきたわけではなさそうだ。一体何者だ?
そう思いながらちらりと舞台を見ると、もうそこはもぬけの殻だ。誰もいない舞台が明るく照らされている。
そして……セリナはくすりと笑った。
「……エルンスト様が見たら、激怒しそうな光景ですね」
「なにをのんきなことを」
セリナの言葉に予想通りの応える声。それを聞いてまたセリナはくすりと笑った。
テリアは気がつけば遠くにいる。いつの間にか後ろに来た人物に警戒したのだろう。セリナは気にせず、のんびりと座りながら後ろの人物に言葉を投げかける。
「あの暴れている男、お知り合いですか?」
「まさか。ライラは?」
「風の老人にさらわれまして、今は地上でバカンスです」
「なるほどっ……!」
そこまで話して、セリナはイスから天井へと離脱する。
次の瞬間、セリナがいたイスには無数の針が刺さっていた。それを確認し、あらかじめ天井に刺しておいた魔力の糸を駆使して床に降りると、軽く土煙が舞った。
そして……セリナの後ろに再び来てくれた。リオナルドが。
セリナは心の余裕を感じながら、攻撃をしてきた細身の男をしっかりと見据える。
残っていた人間たちを殺そうと思ってこちらまで階段を上がってきたのだろう。片方の足は階段をのぼりかけたままだ。
セリナとリオナルドは細身の男に相対する形で、階段の上から戦闘態勢を取っている。
「なんだお前ら……イチャイチャしやがってムカつくなぁ……!ムカつくなぁっ!」
男が真正面に立っていたセリナに向かって走る。そして縮まった距離で、正確にセリナの急所に向かって針を投げる。
速さはリオナルドやテリアほどではない。ならばとセリナはそのまま動かずに男の魔力の解析をしつつ、魔力の糸を男に伸ばす。
次の瞬間――
「させるかっ!」
「あぁっ!?」
リオナルドが横からおそらく隠し持っていたであろう短剣で、細身の男からの繰り出された針を全て落とし、同時にセリナの魔力の糸で細身の男の体を拘束する。
同じ轍は踏まない。強度は強めに。男の体に食い込むくらいで。首から足先までしっかりと固定し、そのまま横に投げるように動かし、階段の横にあるイスに思い切りぶつけると轟音が会場に鳴り響いた。
「ってえええええっ!」
細身の男が悲鳴に似た絶叫をあげる。
そのまま床にうつ伏せの形で転がり、ビクビクと体をけいれんさせていた。
「お見事ぉ」
テリアが遠くで拍手をしている。それが聞こえるくらいには会場の人間たちはほぼいなくなったようだ。
セリナはそれを辺りを見回し確認し……リオナルドが視界に入ったのですぐ目をそらす。
「今日っ、この国に来たばかりなのに……災難、ですね……っ、ふふふっ」
「笑うならちゃんと笑ってくれよ。もしかしたらセリナが捕まったかと思って俺はこの格好してここに来たっていうのに……っ!だいたい……!エルンストが『お前ならいける』って……っ!」
リオナルドがぷるぷる震えて怒っているような気配を感じる。
「すみません。それどころじゃありませんね」
笑うのを止めつつ、セリナはまず部屋の中をざっと見回しながら考える。
まずは状況確認と情報交換だ。リオナルドが捕まった理由はセリナを案じた、それはわかったがその格好の理由にはならない。それを教えてほしい。
……笑うかもしれないが。
あとは、必要ならば床に転がっている細身の男がここにいる理由、急に暴れだした理由も聞いておいてもいいだろう。
それに、テリアのこともリオナルドと共有しておきたい。セリナに警戒心を抱いているテリアでも、リオナルドなら懐柔できるかもしれないし。
そう思い、セリナはリオナルドに話しかけようとして――
「暴れまわっとるのはお前たちか?」
「――!?――」
聞こえた声のほう――セリナから見て右側、テリアがいる方向をすぐに向き、すぐに戦闘態勢をとる。
テリアよりも奥にいたのは一人の男。年齢は七十代くらいだろうか?背はテリアよりは少し高いくらい。腰には剣に似た代物が一つ。
あれは刀というやつだ。昔セリナを殺そうとしてきた人間が使ってきたことがある。とある小さな島で製造されている剣に似た武器らしい。
服装も、その島の人間が着ている着物というものではないだろうか?
いや、それよりもいつからそこに……?
先ほど周囲を確認した時にはいなかったはずだ。というよりも、今の今まで気配もなにも感じなかった。
警戒しつつもセリナはすぐに姿勢を直し、にこりといつものように老人に対して微笑む。
これで少しでも態度が軟化してくれたら良いが、ここ最近これが通じない人間が多い。だが、可能性があるのならやるべきだ。
「違います。私たちは被害者です。暴れていたのはこの男です」
「ほう?」
目だけ動かして細身の男を見ると、もう目を覚ましていた。
顔を必死に上げて、憤怒の形相でなにか叫びだしそうな雰囲気だったので、魔力の糸で口をふさいでおいた。あのうるさい声で会話の邪魔をされたくはない。うーうーうるさいが、邪魔にはならなそうで安心した。
老人は自身の長いひげを触り、様子を確認しながらなにやら考えているようだった。
そして、ふとあるものを見つけため息をつく。
「大切な客をこうも簡単に減らされては困るんじゃがな」
老人は自身の足元にいた客から針を勢いよく抜く。傷口から血が飛び散り、老人の少しボロボロな服にかかるが気にする様子もなく、針を観察している。
体に深く刺さっていたのは遠目から見てもわかった。それを片手で引き抜いた?
それに老人は『大切な客』と言った。ということは『西国』関係者か?
「ふむ。改造された針か。この国のものにはない素材じゃな。ほうほう、なかなかに面白い武器じゃのう」
三人は老人の言葉を待つ。その間にリオナルドはドレスをビリビリと破り、動きやすいように変えていた。
そして……セリナが心の中で深呼吸を一度した時、老人は口を開いた。
「ワシの記憶ではお前たちを見るのは初めてじゃ。なぜここにいる?何者じゃ?」
「弟を探しにきたら、ここにたどり着いただけですぅ」
「……ちょっ!」
素直に冒険者だと言えるような場所ではないとセリナが考えている間に、テリアが眼鏡をかけ直してそう言う。慌てるセリナ。それに老人はまた『ふむ』と一言添えた。
そんなことを言ったら外から来たことがまるわかりだ。ここは人身売買の秘匿の場。部外者が知ってはいけない場所。なのにさっそくバラしてどうする!
なんとか言い訳を考えようと、セリナは口に手を当て――
「伏せろっ!」
リオナルドの声が耳に届いた瞬間。
セリナは反射的に身を低くし、自身の防御魔法の強度を上げた。
間に合わなかったセリナの髪の毛先がなくなる。散らばったそれは、風圧に負けて大きく後ろへ飛び、やがて空気に身を任せつつ床に落ちた。
イスの背もたれがずるりと滑り落ちていく。セリナの周りだけじゃない、複数の場所で背もたれが床に落ち土煙が出たせいで、視界が若干悪くなる。
しゃがんだままの状態で、ある程度土煙がなくなるのを確認するとゆっくりと起き上がり、すぐに老人を見た。
柄に手は置かれているが鞘に収まったままの刀。だが、イスは間違いなく斬撃によるものだ。
――見えなかった。
リオナルドの言葉がなければ、イスと同じ運命に遭っていたかもしれない。
先ほどの攻撃による、空気が裂けるような耳鳴りが余韻として残る。
「つまるところ、全員見てはいけないものを見てしまったということじゃな」
老人は変わらぬ口調で、ひげを触りながらひたひたと歩いてくる。
セリナ、リオナルド、テリア、細身の男。バラバラな場所にいる四人に向けて放たれる老人の魔力の圧に、全員が動けない。
冷や汗が流れる。先ほどの攻撃で細身の男の体を拘束していた魔力の糸の操作をする余裕がなくなった。そのせいで細身の男は拘束を解いており、老人から一番遠いところにいる。
セリナのすぐ後ろにリオナルドがいて良かったと思う。誰一人信用ならない状況よりは心の余裕が持てる。
……そう。それくらいの警鐘がセリナの頭の中で鳴り続けている。
生きてきて今までで一番といっていいほどの命の危機だと告げている。
「さて」
老人はその足を止め、全員を見回す。
会場内にはもう客はいない。外から悲鳴にも似たたくさんの声が聞こえるが、それがやがて老人の放つ圧に負けてやがてセリナの耳に入らなくなった。
「……では全員、ここで死んでもらおうかのう」
その声が聞こえた直後、老人が鞘から刀を親指で少しだけ抜いた音がセリナの耳に届いた。




