第93話『オークション会場』
小人族とは。
見た目こそ人間と似ているが人間よりも長寿で小さく、頑丈な岩のような体を持ち、その体から繰り出される超スピードで外敵を追い出すという。
自然の土や石を好み、地下に拠点を作りそこで生活をする種族。
なにかの書物に書かれていた文章をそこまで思い出したところで、セリナはその小人族の攻撃を横に避けていた。
多少は広いとはいえここは廊下。狭くて戦いにくい。それは相手も同じはずだと思っているが、猪突猛進してくる攻撃方法を見ると、そんなことは関係ないらしい。それを、セリナがさっきまでいた場所の壁のへこみ具合を見て思った。
殺すか?いや、今求めているのは情報だ。この女からも欲しい。だが、手加減できる相手ではない。
ならば――
「待ちなさい!」
セリナの一言で小人族の動きが止まる。そしてセリナはわかりやすく動いた。
そう、小人族を横に見ながら牢屋を背につけて立ったのだ。後ろの女たちが小さく悲鳴を上げるが関係ない。
「いいんですか?大切な『商品』に傷がつきますよ」
にこりと笑って言うセリナに、小人族は戸惑った表情をすると、眼鏡をくいっとかけなおし――
「――!?」
その瞬間、セリナは首を横にかしげる。
「うっ……!」
肩越しに後ろを見ると、牢屋の中の一人の女におもちゃの剣が刺さっていた。
ゆっくりと倒れていく女を見て、他の女がそれを避けながら悲鳴を上げる。一息遅れて男たちの悲鳴に似た声。
あぁ、うるさい。うるさいな。
「……どういうことですか?」
「あのぅ、なにを勘違いしているか知りませんけど、私その人たちに興味ありませんよぉ」
気がつけば男がいる牢屋を背にしている小人族が笑いながら言う。
いくらでも調達できるということか?だとしても雑すぎる。競売にかけられる前の人間は、殺しても問題ないということか……そこまでは考えていなかった。
セリナが心の中で反省している間に、小人族は再び低く姿勢をとる。
「……待ちなさいと言っています」
「ん?」
セリナは、わかりやすく魔力の糸がついた指を振る。すると魔力の糸が月明かりに照らされて、一瞬光る。それを見て、小人族はようやく気付いたようだった。
セリナの魔力の糸が、部屋中に張り巡らされている状況に。
完成するまでは触れてもなにも感じないただの糸のようにしていたが、今は触れるだけで斬れるくらいの強度の魔力が注がれている。
たとえ小人族の体が頑丈だといっても、ただでは済まないはずだ。
小人族は、魔力の糸が当たらないようにゆっくりと姿勢を戻す。完全に足をのばして立った瞬間、小人族の髪が一房切れてひらひらと宙を舞う。それを視線だけ動かして見たあと、セリナをしっかりと見据えた。
これでわかったはずだ。
セリナの魔力の糸の強さと、張り巡らせている糸が、わかりやすく見せているものだけではないということが。
「はぁ……なにが目的ですかぁ?」
「お話しましょう。まずあなたは何者ですか?ここにいる理由は?」
小人族はめんどくさそうに頭をポリポリかく。眉にはあからさまにしわを寄せて、先ほどまでの笑顔が消えている。
特に、瞳は敵意を隠そうともしていない。
「自己紹介ですかぁ?私はテリア。はぐれてしまった弟を探していますぅ」
「弟?ここの管理者ではないのですか?」
「それはこっちのセリフですぅ。あなたがこの施設の支配者でしょう?」
首をかしげる小人族――テリアを見て、どこかズレを感じる。
テリアが問答無用で案内役だった女を殺したのは、施設についてセリナに話してしまっていたから。そう思っていたが、もしかしてこの場所の関係者だと思って殺しただけ?
「もしかして……貴女も冒険者ですか?」
「もしかしなくてもそうですよぉ。この国に来たら急に弟とはぐれてしまって、それでいそうな気配のするところを探していたんですぅ」
「気配?」
「カンですよぉ。乙女のカン」
服装がセリナと似たものなのも、セリナと同じでこの国で着替えただけということか?
セリナは、口に手を当ててテリアを見る。
「だから邪魔しないでほしいんですぅ。わかったらこの糸を取ってください。弟の確認ができるまではここを守りますが、いないのなら用はないんですぅ」
「……つまり先ほど言っていた『ここを守っている』とか『ここを誰にも言わないで』とかは、弟さんが見つかるまでってことですか?」
「そうですよ。ただでさえ小人族は変な目で見られるので、人間はめんどくさいんですよねぇ」
不満を隠そうとしない表情や態度。まっすぐすぎる戦い方。戦う理由。
そこのあたりに嘘を感じない。これでセリナを騙せているなら相当なくせものだ。
誤解されるような言い回しをしてくれたせいで、勘違いさせられただけだということか。
「私は誘拐されてきた者だと言いましたよね?なのにどうして攻撃してきたのですか?」
「私も言いましたよぉ。そんなか弱いタマに見えないって」
「あぁ、なるほど……」
そこは言葉通りだったか、とセリナは反省する。言葉の含みを考えすぎてしまったようだ。
わざわざ正体を晒してどうする?と思っていた冒険者の服だったが、こういう時実は便利だったんだな、とセリナは思った。
ふぅ、とため息をついてセリナは魔力の糸を四散させる。そして姿勢を正してにこりと笑った。
「本当に私はさらわれてきた冒険者なんです。抜け出すことができたので、ここについて調べていただけなんです。信じてもらえますか?」
「……無理ですねぇ」
「では、どうしたら信じてもらえますか?」
「決まっているでしょう」
テリアは眼鏡をかけなおして、笑顔をセリナに向ける。
「……情報提供。調べたことについて教えてくださぁい」
少し殺気を抑えたようだ。向かってくるなら迎え撃つが、自らは傷つけるつもりはない。
そう魔力の糸を操作していたのが伝わったのだろう。
ならば……
「地下に人身売買のオークション会場があるそうです。そこは他の施設や男側の街にも繋がっているとか」
「なるほどぉ。なら私はそこに行かなきゃですね」
「一緒に行きませんか?」
「へあ?」
セリナのいきなりの言葉に、テリアはぽかんとした顔に変わった。
「もしかしたら弟さんが売られる可能性もありますよね。私もここの調査が終わっていません。なので、目的は一緒。なら一時的に手を組みませんか?」
「……私をなにに利用する気ですか?」
「そんな。そろそろ信じてくださいよ」
セリナは苦笑して目の前で手を合わせる。そのまま困ったな、という顔をして悩んでいるセリナを見て、テリアの態度が少し軟化する。
そして……
テリアは大きくため息をついた。
「……いいですよぉ。時間が惜しいんで一時的に手を組みましょう」
「ありがとうございます」
その言葉と同時にセリナは今度こそ魔力の糸を全て消す。それを確認したテリアは、セリナを思い切り指でさした。
「今だけですから!」
「わかっています」
セリナはくすくすと笑いながら、自分が入ってきたほうのドアのほうへと向かい開ける。そして、手を差し出してテリアが先に行くように促す。
「こちらの通路からオークション会場に行けるそうです。さ、行きましょう」
「……いいですけど。この人間たちはいいんですかぁ?」
今度は牢屋を指さすテリアに対してセリナは一瞬ぽかんとしたが、すぐににこりと笑みを向けた。
「興味ありません」
「……人間って個々で考え変わりますねぇ。数が多いから?」
「さぁ?」
話しながらテリアがドアの先に進んだのを確認して、セリナは牢屋の中から聞こえる悲哀の声を無視してドアを閉める。
そして、先ほど歩いてきた道を戻る。その間セリナとテリアの間に会話はなかった。
セリナのことを警戒しているのだろう。それがわかっているからテリアのことをあえて聞こうとはしない。
もう少し時間をかけてセリナを信用させるか……?
しかし、テリアに価値がないとわかったときその情報は無駄になる。今はなにをしでかすかわからないし、おとりとしても使えそうだから一緒に行動しようと思っただけだ。
なにより、テリアについて興味がない。この国に関係なさそうだし。
そんなことを考えながら、セリナが連れられた部屋を通り過ぎてそのまま進むと、またドアがあった。それを開けると地下に降りる階段があり、それを二人は一段ずつ降りていく。
「さて。ここからどこに行きましょう」
階段を下りた先は、まるで洞窟のような地下に作られた、丸く削られた少し大きな空間。そこには色がかすかに違うドアが六つほどあった。
オークション会場までの当たりドアは一つ。他は施設に繋がるドアだろう。
セリナは魔力で探ってみようと目を凝らし――
「こっち」
テリアが指さしたのは、赤みを帯びているドアだった。
「根拠は?」
「乙女のカン」
そう言ってテリアは、セリナに了承も聞かず歩き出している。それを見て、心の中でため息をつきつつも困った笑みを浮かべてセリナは続く。
先ほど一瞬だったが探ったとき、セリナもそのドアではないかと思った。理由はカンなどではない。その先に多種多様の魔力を感じたからだ。
まぁそれに、テリアの機嫌を今損ねる理由もないし、たとえ他の施設だとしても、それはそれで見てみたいという好奇心もあった。
つまりセリナにとってはどれも当たり。
ならばこのまま進むことになんの問題もない。
そしてテリアがドアを開く……
「……へぇ」
先を見たテリアが一言もらす。
そこは今までいた場所とは真逆の『豪華』というのにふさわしい通路へ繋がっていた。
白を基調とした調度品、天井を彩るシャンデリア、床には赤いカーペット。それらがキラキラと煌めき、その場所が『当たり』だと二人に告げていた。
「おい。通行証を見せっ――」
ドアの横、左右に立っていた黒いスーツを着た男たちを、一人はセリナが、もう一人はテリアが昏倒させる。
うつ伏せに倒れた男を足でひっくり返し、スーツを漁るとあったのは『通行証』と書かれたカード。三つ持っていたが二つでじゅうぶん。一つをテリアに渡した。
そしてセリナは男たちを通路の邪魔にならない端に避けたあと、持っている紗膜の粉を男たちにふりかけ、誰にも見えないように工作した。
「ここから暴れるのはナシでお願いします」
「……貴女に言われたくないんですけどぉ」
テリアは自分の眼鏡を、セリナは男がかけていた黒眼鏡をもらって直しながら、にこりと笑いそのまま通路を進んでいく。
「……本当に興味ないんですねぇ」
テリアがポツリと呟いたのを、セリナは横目で見る。
「殺す必要なかったはずですよ。ねぇ?」
セリナはにこりと笑い、テリアに手を向ける。一瞬にして戦闘態勢を取ったテリアだったがセリナの魔法の発動のほうが早かった。
使ったのは一般的にも使われている風の魔法だ。それでテリアの服や肌についた、ほこりなどを取り除く。
それが終わるとセリナは自身にも同じ魔法をかけた。
そして、また通路を歩きだす。
「化け物って言われませんかぁ?」
「よく言われます」
テリアの表情は硬く、警戒心をむき出しにしているのを見てセリナはくすくすと笑った。
今までは暗い部屋にいたせいでわからなかったが、テリアの肌色が人間とは違いグレーかかっている。病弱の少女にも見えるが、小人族は長寿だと言うし、本当の年齢はわかったものじゃないな、と改めてテリアを見て思った。
しかし、テリアの警戒心を解かねばならないのに、どうしても『聖女』のような態度を取ってしまう。もう少し違う人間にならなければ、本能で行動してそうなテリアには見破られてしまうだろう。
私もまだまだ未熟だなと反省し、心の中でため息を一つ。
落ちついて、冷静に。そう頭の中で反すうする。
「……?」
セリナの中で、なにか違和感を感じる。
今までセリナはこうして生きてきた。ずっと一人で。そして今も一人だ。なにもおかしな行動はしていないはずだ。
でも……なにかが引っかかる。
私は今、間違えた行動をしているのか?
そうしてセリナは思案しながら歩く。
その通路の先にはまたドア。豪華なものと粗末なものの二つ。気配からも考えて、粗末なもののほうはこれから売られる人間たちがいると見た。
ならばと豪華なほうを開けると、今通ってきた廊下と変わらない豪華な部屋がそこにはあった。
そして、そこで談笑する裕福そうな服を着た人間たちの姿。
昔リアナの侍女として行った社交界を思い出す。
あぁ、本当にうるさいな。
「どうぞ」
「ありがとう」
メイド服の女が持ってきたワインをもらう。どうやら『客』と勘違いしてくれたようだ。
横を見るとテリアはワインを拒否していた。酒が飲めないのか、警戒しているのか。
ワインを飲んでみたが、特に気になるものはなさそうだ。
セリナは辺りを少し見まわし……人の出入りが多い、一番大きな扉を発見する。横についている二人の男が扉を開けている、そんな大きさの扉の中に入り混じる気配は実に様々だ。
つまり、あの場所がオークション会場の可能性が高い。
セリナはワイングラスでその場所をさし、テリアににこりと微笑む。
「行ってみましょうか」
「……興味ないんですけど」
「なにか情報が得られるかもしれませんよ」
一刻も早く弟を探したいのだろうが、セリナの言葉にしぶしぶ従うテリアと一緒にその扉の向こうに入ると、まずは数えきれないくらいの座席が目に入った。
今までの倍はあるかと思われる大きな部屋。
そこは一番奥にある照明をこれでもかと当てられた舞台を中心に百八十度、扇のようにイスがある。
階段のように段差をつけて舞台が良く見えるように並んでいるそこは満席に近く、薄暗いのに熱気が伝わってくる。
それもそのはず。
今この瞬間、舞台の上では女が競売にかけられていた。
セリナは入ってきたドアのすぐ近くの席に座り、明るく照らされる舞台の様子を見ることにした。テリアもその横に座る。
舞台に登っているのは二人。一人は競売にかけられている女。もう一人はそうだと今しがたセリナを含むこの場の全員に説明した、仮面をかぶった男。
声を拡張する魔道具を使って、部屋全体に響くように女の特徴を説明している。
『この人間の最大の特徴は、子をたくさん産めるように改造されているということです!将来も考えれば人手に困ることはないでしょう!さぁ、我こそというかたはお手元のボタンを押してください!』
セリナは席についている四角いボードを見る。淡く光るそれには数字が指で打てるようになっており、おそらく金額を打ち込むと向こうに届くようになっているのだろう。
そして、一番大きい金額を払える者があの女を買えるということだ。
「なにこのシステム。訳が分からないんですけどぉ」
横に座るテリアが難しそうにしている。初めて見る者にとってはこんなものだろう。
セリナは昔こういった場所に行ったことがあるからわかるだけだ。もちろん売られる側として。
そうして、ターゲットに自分を買わせて屋敷に連れられたところを内部崩壊させた。
戦場ではそんな方法を取っても誰も驚かなかったし、それくらい当たり前だとも思われていた。
無駄に兵士を減らさない方法として有効だったからだ。
……まぁ、そんな昔話を思い出している間にも競売は進んでいく。
やれ天然もののエルフだ、やれどこぞの没落した令嬢だ、やれ希少なドラゴンの子供だ、などと、やることはどこでも同じだなと思いながらワインを飲む。
貴重な鉱石や違法な魔道具には少し心が動いたが、目的はそれではないのでグッと我慢する。
そうしてわかったのは、やはりここで異性の交換が行われているということだ。
男は女が、女は男を買う。逆はほとんどあり得ない。
ここがこれだけ大規模に行っていても、なぜ潰されていないのが、この答えがセリナの予想通りだと語っていた。
「もういいですかぁ?イライラしてきました」
テリアが、目の前で行われいる惨状に不快感を示していた。先ほどまで気にしていない様子だったのに、実際売られている姿は胸に来たということだろうか。
ちなみにセリナの胸にはなにも響いていない。
むしろ人間の扱いなんぞこんなものだろう、と鼻で笑えるレベルだ。
だからといって、このまま放置してテリアに暴れられるのも面倒だ。
「そうですね。では……」
セリナがそう言って立ち上がろうとした瞬間だった――
『次の商品はこちら!端正な顔をした着せ替え人形でございます!」
純白にも似た銀のドレス。長い黒の髪。鋭い銀色の瞳。
苦虫をつぶしたような顔をしていてもその顔は美しく、会場の女たちが色めきだつなか……
「ふはっ……!」
セリナは、思わず少し声をあげて笑ってしまった。
やたらと豪華なドレスが似合う、リオナルドがそこに立っていたからだ。




