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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
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第91話『団子と抹茶』

 辺りをざわめかせていた風が『風の精霊』の周りだけに吹く。それを見て、セリナはふぅ、とため息をついた。

 そして、にこりといつもの笑みを『風の精霊』に向ける。


「なにを企んでいるのですか?」

『この場所へ来るのは久しぶりでな。空気を満喫しようと思っておるだけじゃ』

「それが終わったらライラを返してくれるのですか?」

『ずいぶんと我が眷属をお気に入りのようじゃのう。恋しいか? ん?』

「ええ。意地悪な精霊よりはよっぽど」

『ほ。言うようになったもんじゃわい。じゃがしばらくはワシのもんじゃ』

「……そうですか」


 セリナは笑みを浮かべたまま指を向け、自身の魔力を『風の精霊』に放つ。

 そんなものは効かないと『風の精霊』はニヤニヤしている。セリナだってそれはじゅうぶんにわかっている。

 セリナの目的が『風の精霊』の封印と、ライラの奪還だと踏んでいるだろう。それ自体に間違いはない。


 だが――


「さぁ。行きましょうか」

『む?』


 歩くセリナについていく『風の精霊』。だが、その様子は体を引っ張られているかのような動きだ。

 そして混乱する『風の精霊』に肩越しにセリナは笑みを向けた。


「ずいぶんと動きやすくなったと思いませんか? その依り代。そういうことですよ」


 ライラと毎晩一緒に寝ているセリナが……エンシェントスケールキャットという希少な個体がそばにいるのに、なにもしないわけがない。さらにライラは『風の精霊』の依り代になれる風の眷属として選ばれているのだ。そんな特別な存在、実験も調査も解析もするに決まっているだろう。


 なにより……ライラは了承したのだ。セリナのことを信頼して。素直に、まっすぐに。


『もっともっとセリナのそばにいられるならボクはなんでもするよ!』


 その言葉にセリナは応えたくなった。

 やったことは魔力の解析と調査、そしてそれを応用するための実験。


 結果、ライラにつけている腕輪の能力が上がった。


 ライラにセリナの魔力を乗せられるようになり、その逆にライラをセリナが制御できるようにもなった。

 意思の疎通ももっと聞こえやすいようにできるようになったし、届く範囲も伸びた。

 今は、他の精霊の力をライラに付与できないかと実験しているところだ。


 つまり、今のライラ……『風の精霊』はセリナの制御下に置かれているというわけだ。


 顕現をすることはできても、思うように力を出すことはできない。

 完成したと信じていたが、どうやらあの様子を見ると成功したようだ。


 あれだけ下に見ていた人間ごときに制御されるなどという事実に、精霊がどう思うのか気になったが『風の精霊』は前足をひらひらと動かすだけで、案外気にしていなさそうだ。


『ほうほう、なるほど。お主、ずいぶんとひどいことをするのう。慕っておるのではなかったのか?』

「愛情表現の仕方はそれぞれですよ」


 実際ライラの今までの戦いかたは、力の加減の仕方が甘かった。それの訓練とも称しているので、力の制御にずいぶん嬉しそうだった。


『せいぎょするってことは、本気じゃないってアピールできるカッコいい男だってエルンストが言ってた!』と、とある夜にセリナに言ってきたライラには、きつく口止めをしておいた。詳しいことはセリナ以外誰も知らない。


 奥の手は味方にも隠すものだ。

 そう、それが誰であろうと。


 ただ、こうやって顕現したことでわかった。

『風の精霊』からライラの意識を取り戻すことはできない。

 セリナができるのはあくまで魔力に関する身体的なことだ。精神に関することは残念ながらできない。

『風の精霊』が顕現している最中に研究ができればあるいは……と思うが、好き勝手できなくさせろと言われて聞く精霊なら、そもそもそんな研究など必要ない。


「おんやまぁ、可愛いお嬢さんだこと。ここで一息していかんか?」


 そんなやり取りをしつつ歩いていると、横から老齢の女の声がかかった。見るとそこは外に横長のイスが置いてある、飲食ができる店のようだ。

 道に連なる店ならなにか聞けるかもしれないな、そう思いセリナは女ににこりと笑う。


「まぁ、素敵なお店ですね。じゃあ休憩がてらおすすめを頂きます」

「はいはい。んだば、おすすめを今お持ちしますよ」


 女が店の奥に引っ込んでいくのを確認したのち、いくつかあるイスにセリナが座る。すると、その横に『風の精霊』も座った。美味しいものが食べたいというのは本当のようで、やけに殊勝な態度だ。

 店が背中にあり、人間たちが街道を歩いている姿が見える状態で座っているので、バレないように目を動かして様子を確認する。


 今までの二つの国に比べるとやはり穏やかな印象だ。そして華やか。女ならではの色どりを感じる。

 セリナと似た服を着ている者から、冒険者の格好をしている者まで様々だが、やけに着飾っている者が多い。


 そして聞こえる女の声。高い声が耳につく。


 リアナの侍女として参加した、女だけのお茶会を思い出す。


 それは悪口、嫌味、一人だけを糾弾するやりとりなど、ロクでもない記憶しかない。

 そのなかでも特にセリナの話は盛り上がっていた。本人が目の前にいるのになにを言っても、そして、なにをしても問題はない。問題とする者は誰もいなかったから。


 それが洗脳魔法によるものなのか、集団心理によるものなのか、そもそもの性格なのか。今となってはわからない。だが、この国にいると洗脳魔法のせいではないようにも思えてくる。


 それくらい女の声だけというのはやかましい。

 ……まぁ、だからといって男だらけの声が良いかというとそうでもない。


 人間の声は、どれも耳障りだ。改めてセリナはそう思った。


「さぁさぁ。できましたよ。うちの自慢の団子だ。食べとくれ」


 そう言いながら奥から出てきた女が持ってきたのは、少し縦長な円柱の陶器で出来たコップに入った緑色の飲み物と、皿にキレイに乗った串に刺さった丸い食べ物。


 どちらも初めて見るものだ。


「これはなんという食べ物なんですか?」

「おんや、知らんのか。これは団子ちゅーてな。もち米から作られるおやつだ。ほれ、こっちの砂糖しょうゆがかかっていて、こっちは小豆から作ったあんこってのが乗ってんだ」


 女が丁寧に指をさしながらセリナに教える。

 セリナは少し悩み、あんこというものが乗っかったほうを手に取り、口元のヴェールをよけながら一口。

 甘い。だが今まで食べてきたお菓子に比べて甘さは控えめ。そして団子が表面はつるつるしているのに噛み応えがあり、その弾力が楽しい。こちらにも優しい甘さを感じる。


 一つ食べ終わったあとに、飲み物を一口。こちらは苦い。だが不思議と嫌な苦みではない。紅茶とは違う茶葉の苦みだ。団子を食べたあとだからか、この苦みが口の中を中和してくれる。


「それは抹茶ってお茶だ。団子に合うだろう?」

「ええ。とても美味しいです」


 女ににこりと笑いかけて答えたあと、横に座る『風の精霊』を見る。セリナが食べていないみたらしのほうを両足で器用に串を持ちながら、モチモチと食べている。そしてセリナを見てニヤリと笑った。


「もう。それは私の分ですよ」


 セリナは『風の精霊』の頭を指でこつんとついた。だが、それを手放そうとせず黙々と食べている。もしかして気に入ったのだろうか?


 いや、そんなわけはないと思うが……


「あらあら。もう一皿持ってこようかねぇ」

「あ、すみません。お願いします」

「いいんだべさ。美味しく食べてもらって嬉しいのはこっちのほうだからなぁ」


 奥に引っ込んでいった女を見届けたあと、串に刺さった団子をもう一つ食べて抹茶を味わう。一つの串に三つ団子が刺さっていてなんともお得感を感じてしまう。


「さぁさぁ。たんとお食べ」

「ありがとうございます」


 女が持ってきたみたらしを一口。こちらは甘いだけじゃなくしょっぱさも加わっていて少し濃い。だが、それがまた団子と一緒に食べた時にちょうど良い濃さになる。そして抹茶で口の中を中和。


「この団子というのはこの国の名物なんですか?」

「そうだねぇ。女の街で取れる米を使ってるからこっちの街でしか味わえない逸品だ」

「女性の街……男性の街と取れるものが違うのですか?」

「んだ。イモとか豆とかこっちでは取れる。向こうでは肉とかそんなんばっかだ」

「ふふ、栄養が偏りそうですね」

「男どもはそういうの好むからなぁ。たまに商人が真ん中の街さ行って食料交換してるから、こっちでも肉は食べれんだ。だから向こうに行く必要ないんだべよ」

「へぇ、交流があるんですね」


 横をふと見ると、畑を耕している女たちが見えた。

 力がありそうな者、小さい者、様々な女が頑張っているが、それでも男に勝てない部分もあるだろう。逆も然り。

 仕方がない、人間はそういう作りになっているのだから。


 いびつだが、それを成立させているのは男女混合の中心部。つまり王族。この説は間違いなさそうだ。

 そしてもう一つ、気になっていたことがある。


 それも想像通りなら……


「ごちそうさまでした。お話もとても楽しかったです」

「こんなババアの話で良ければいっくらでも聞かせるからいつでもおいで……そうだ。もう店は終いにするし、この街案内するよ」

「え? いいんですか?」

「お嬢ちゃんみたいな綺麗な子と話をしたくなるのは、男も女も変わらんさね。さ、行こうか」


 女は食べ終えた皿を片付け始め、そのままいそいそと『営業中』と書かれた看板を裏返し『閉店』に変える。

 そして、にこにこと優しく笑いながら歩いていく女。それにセリナは『風の精霊』とともについていく。


「ここは機織りしているところでね。みんな器用な子たちばかりなんだべよ」

「ここは畑。さっき食べた団子の元もここで出来る」

「ここは工場。力がある女たちが働く場所だ」

「ここは……」


 女に連れられて歩くセリナ。人通りが少ない路地裏に入った時、セリナの足元がおぼついた。


「あ……れ……?」


 前を歩く女と『風の精霊』。セリナに気づいていないのか、どんどん進んでいってしまう。

 ふらりとうまく動かせない足を支えるように、近くの壁に手と体をつける。足だけではなく、全身が重くなったかのように、セリナは体をふらつかせた。


「ま……って……置いていかないでラ(・)イ(・)ラ(・)……!」


 震えさせながら手を伸ばすが、セリナの声は聞こえていないようでどんどん遠ざかっていく。


 そして――


「も……ダメ……」


 セリナはその場にゆっくりと倒れこみ、目を閉じた――






「ほう。上玉じゃないか」

「食べる姿勢も綺麗で、ほんにどこぞの偉いさんのお嬢ちゃんじゃないかと思います」

「いいね。おい。運べ」

「はい」

「ほんで……今月の分は……」

「いつも通りだよ。この女の売値の三十パーセントはお前のもんだ。せいぜいこの女に期待するんだね。もう行きなっ」

「は、はい」


 遠ざかる一つの足音。残った気配は三つ。男のような体格のものもいるが、全員女のようだ。


「あのババア、まだ借金返せてないんですか?」

「ギャンブル狂だからね。一生払えないでしょうよ」

「……無駄話すんじゃないよ。さっさとその女運びなっ」

「は、はいっ」


 セリナは三つの気配のうちの一つ――体格の良い女に、肩に背負う形で持たれ運ばれる。

 他に人の気配はない。先ほど一人の女に注意されたからか、他の女がなにかを話す様子はない。


 そのまま運ばれること数分……


 感じるのは大量の気配。そして大きな建物。先ほどまでの華やかな街と同じ土地に立っているとは思えない、手入れのされていないプレハブ小屋のような嫌な匂い。それと土についた乾いた血の匂いに、ケガ人や病人特有の匂いに、何日も水を浴びていない匂い。

 建物に近づくほどにそれが強くなる。

 そして、ドアが開く音。ガタが来ているようでずいぶんと開けにくそうだ。


「その女は特別部屋だ」

「はい」


 様々な声が聞こえる。子供の声、大人の声、そして……この街にいてはいけない男の声。通路の左右から手が伸びるが、鉄の棒が届かせはしない。まるで人権などないと言っている牢屋が、その中にたくさんの人間を収納している。

 そんな数多の助けの声を無視して三人は歩き、セリナを連れていく。

 やがて、一つの部屋にたどり着いたのかドアが開く音が聞こえ、その中にセリナを抱きかかえた者ともう一人だけ入る。指示していた女は入らなかったようだ。


「しっかし……良い女だよなぁ。ちょっと味見してみたい」

「やめなよ。ちゃんと見張りしてよね」

「わかってるって」


 セリナを抱きかかえていた体格の良い女が、部屋にあるベッドにセリナを仰向けに寝かせて、その両手を縄で縛りながら言った言葉を、もう一人の女が諫める。


「でも見なよ。綺麗な肌。足もちょっと拝見……」

「ちょっと」


 体格の良い女はもう一人の女の制止を聞かず、セリナのスカートをめくる。そしてあらわになったセリナの足を見て、ごくりと生唾を飲んだ。

 長方形の箱にシーツを敷いただけのようなベッドだからか、セリナの足先からゆっくりとスカートをめくる体格の良い女。実に楽しそうだ。


「ねぇ。もうやめなよ」

「も、もうちょっとだけ……」


 もうなにも聞こえていないのか、体格の良い女が荒い息をしながら、セリナの足元からベッドに上がろうとする。

 その次の瞬間――


「大事な『商品』に傷をつけるなと言われてないのですか?」


 その場に今まで聞こえてなかった凛とした声。セリナの声が体格の良い女の耳に届いた時、セリナが履いている靴が自身の喉元に突き刺さっていた。

 そう、魔力をまとって必要以上に鋭利になったヒールが。


「がっ……!」


 セリナの足は、ヒールを刺したまま体格の良い女を横にずらす。喉からヒールが取れると同時に、そのまま床に倒れる体格の良い女。

 その時、ようやくもう一人の女は事態に気づいたようだった。


「お静かに」


 一瞬のスキをついて、セリナは指から出した魔力の糸を硬化しながらその女に向け……


「………………っ!?」


 女は同じく喉元を刺され、声も出ないまま血を吐き……やがてその場に倒れた。


「……なにかあると思って連れられてきてみたけど……予想的中か」


 ため息をつきながらセリナはベッドから起き上がり、粗末な縄を魔力の糸で切る。


『西国』のリスクを考えた時に、対立の激化や性的欲求の不満があると考えた。

 そこであえて言わなかったことがある。理由は、それが的中してほしくなかったからだ。


 それは……人身売買。奴隷制度だ。


 異性がいないことで起こるデメリット、それを解消する方法はこれが一番簡単。こき使える人間を交換したらいい。

 先ほどの牢屋の中には男も混ざっていたようだが……買うのは男だけではないということだろう。


 一人は生かしておいて話を聞こうと思ったが、不愉快すぎて勢いで殺してしまった。まぁいい。まだ話を聞けそうな人間はいる。


 セリナは目を閉じて気配を探る。そう、途中でいなくなった『風の精霊』の気配を。

 どうやら、このプレハブ小屋の上で言葉通り高みの見物をしているようだ。団子と抹茶に仕掛けられた毒も、セリナが『風の精霊』をこづいた時に治しているので、ピンピンしている。

 あの味からして、毒の正体は睡眠薬としびれ薬といったところか。目が覚めてもしばらくは動けないような調合になっていた。


 ……まぁ、そもそも精霊に人間の毒が効くのかは知らない。だが体はライラのものだ。あんな毒に侵させはしない。


 それにしても……毒に気づいているはずなのに、気にせず団子を食べていた『風の精霊』。

 なにを考えているのかは知らないが……それでも、セリナが制御できる範囲にいるのなら問題ない。


 ちなみにセリナに毒は効かない。昔さんざん『教育』されたのだ。あの程度なら一瞬で分解できる。


 ……あぁ、せっかく美味しかったのにもったいない。


「さて。調べさせてもらいましょうか」


 そう呟きベッドから降り、足を地面につけたその時だった――


「そう簡単にはさせない」


 ドアが開き、先ほど聞こえてきていた声の持ち主。

 指示していた女が剣をセリナに向けているのを見て、セリナはにこりといつもの笑みを浮かべた。

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