第09話『冒険者ギルド』
「お名前は……セリナ様、ですね。手続きに時間がかかりますがよろしいでしょうか?」
「はい。お願いいたします」
「わかりました。では少しの間お待ちください」
受付嬢と名乗った女がいなくなるのと同時に、目立たぬように辺りを見渡す私。ここはギルドという冒険者のたまり場らしい。
それはそれとして――外で、リオナルドがにこにこと微笑んでいるだろうというのがわかるから、よけいに腹が立つ。だが、顔には出さない。
――リオナルドが用意したのは花とリボンがついた服。似たような系統のフードもついている。
それに連なった淡い青色のスカートは、スチームパンクコルセットスカートというらしい。締めつけがないコルセット風のデザインに、青いバラのような花とリボンがついている。裾にはフリルがあり、スカートカバーというものもついた膝丈のスカート。ドレスのようなのに不思議と軽いし動きやすい。
それから小さな宝石がついたネックレス。これには宝石にあらかじめ魔力を込めておけて、戦闘中魔力が枯渇した時に回復用として使えるらしい。
あとは小さなイヤリングと腕輪。これには魔力強化の効果がついている。
そして腰にはベルト。かばんがついていて魔法瓶を入れておける。これは私がどうしてもと頼んだ唯一のものだ。
あとは白の靴。足の疲労軽減の効果がついているらしい。靴の正面には服と同じような花とリボンがついている。
『まるで天使か妖精が舞い降りたようだ』とリオナルドは絶賛していたが、どう考えても私が持ってきた服のほうが強い。だが、おごりだったのでなにも言えなかったのと、たまたま近くを通りかかった店員にも絶賛され、こういうものなのかと納得をせざるを得なかったのだ。
実際見回していると、確かに似たような格好をした女が目に入る。リオナルドと似たような服装の者もちらほら見る。
リオナルドのは裏地が黒の長い輝くような白に近い銀色のマントを身に着け、白のサーコートに黒のベルトがついていて、そこに剣を収めている。肩と関節と上半身は鎧で守られており、それに似た防御力の高そうな靴。白の手袋が紳士的な雰囲気を醸し出していた。
色違いや細かい違いはあれど、その服を着ているあの男もリオナルドも剣士だろうか?
剣士なのか、騎士なのか、よくわからない男だ。
……まぁ、騎士だと勝手に推察したのは私なのだけれども。
他にも黒の魔法使いのローブを着た女、なぜか上半身裸で下半身も野性的と言わざるを得ない服を着た男、全身鎧に包まれていて顔すら見えない者、大きな杖を持つ子供くらいの身長の男や女など、この服を買った店で見たような服を着たものが、ガヤガヤとギルドを賑わせていた。
それにしても……こうやって服でなにを得意とするのかわかるようにするなんて……とは思うが、それ以上に服の強化の恩恵が大きいということも実感している。さっきよりも体が軽い。魔力の操作もしやすい。
――正直。まぁもっと正直に言えば……どうにも着なれない。もっとドレスのような重いものか薄着一枚のほうが慣れているので、そっちのほうが良かったのだが……いや、よそう。もう過ぎたことだ。
不満を押し殺し目を閉じた時。そのちょうどのタイミングで受付嬢が戻ってきた。
「お待たせました。それではこちらの書類に名前をお書きください。職業はこの水晶で調べさせてもらい、それを登録します。といっても、職業はいつでも変えられるのでいつでも気軽にお越しください」
「はい。わかりました」
これで職業『聖女』と出たらシャレにならないけれど、私は元『聖女』で抹消された存在だ。そんなことにはならない、と思いたい。いや、そもそも『聖女』って職業か?
内心少し緊張しながらも、変わらず笑顔のままでそっと水晶に触れようとして――
……あぁ……なるほど。そういうことか。
一人心の中で納得して、水晶にそっと触れる。
「セリナ様の職業はご希望通り『魔法使い』で良さそうですね。そのように登録いたします」
「はい。ありがとうございます」
「それでは冒険者の登録がされるまでの間、冒険者としての心得についてご説明させていただきます」
「よろしくお願いします」
受付嬢はにこりと笑うと、慣れた手つきでたくさんの書類の中から一枚一枚選び、該当する文章を私に見せて説明を始めた。
「まず、冒険者とは全ての国にあるギルドで依頼書をこなして対価をもらったり、困っている村や人を助けるために依頼を受けてその対価をもらったりする者のことです。依頼の受けかたは、先ほども言いましたがそこに貼ってある依頼書を受付に持ってきていただくか、これから発行する冒険者カードに依頼を登録していただくか、です」
なるほど。そのカードで読み取った情報をギルドに転送できるわけか。
ちらりと依頼書が貼られているボードを見ると、そこには貼られた紙を見比べている者が何人かいた。
……と思ったら、そのうちの一人が紙を剥がし、私のいるところとは違う受付に向かった。
ふむ、そういうやりかたなのか。
顔を受付嬢に戻すとどうやら依頼書のほうを見ている私を待っていたようで、にこり、と笑い話を続けた。
「冒険者カードですが、譲渡禁止です。失くすと再発行はできますが再発行されるまで死亡扱いになります。というのも、冒険者の情報は定期的に更新され、持ち主が変わると無効になる仕様となっております。なのでご注意を」
定期的、ね。それがいつ行われるかわからないから肌身離さず持っておけよ。ってところか。
「冒険者カードはセリナ様の冒険者としての価値を示すものでもあるので、決して失くさないようにしてください。カードの色によって冒険者のランクが決まっています。金はSSランクの冒険者。伝説と言われていてお目にかかれることはまずないと思われます。赤はSランクの冒険者。世界でも数えるくらいしかおりません。黄色はAランクの冒険者。とても危険な依頼をこなせる実力者の人たちです。緑はBランク。ここからは行ける場所、依頼に制限がかかります。危ないですからね。最後に青のCランク。冒険者になりたての初心者さんがここになります。さらに依頼や場所に制限がかかります」
つまり、冒険者の強さを知りたかったらカードの色を見ろ、と。
「ランクの上げかたですがポイント制となっておりまして、ギルドが定めたポイントをためると上がることができますが、その前に本当に上げてよいのか図るため、ギルドでの面接と実技試験があります。危険な思想を持っている、過去に犯罪を犯しているなどの行為があればポイントがたまっていても上がることができません。そこで落ちてしまった場合、ポイントはリセットされてまたイチからためていただきます。そしてまた最初からためたあとはもちろん面接と実技試験があり、それで合格したらランクが上がります」
冒険者になる時に素性を聞かれるかと思ったけど、聞かない理由はここか。
「それから、ポイントや試験などそういうことに関係なくなにか問題を起こした場合、冒険者カードを没収します。場合によっては永久除名扱いになり、そのあとはギルドには一切関わることができません。ギルドは一切の責任を負いません。全ては自己責任です。これは冒険者さんが依頼の最中に死亡しても同じです」
死んでも代わりはいくらでもいるし、荒くれ者を冒険者として登録して管理できれば治安が守られる。
荒くれ者から実力者の原石を見つけて保有するもよし。
お金がない荒くれ者になった冒険者を、野ざらしになっている荒くれ者とぶつけて両方死んでも問題なし。
そしてギルドにとって使えない冒険者は、称号を剥奪された時には依頼と称して冒険者に消させてもよし。秘密裏に処分してもよし、か。
「以上が冒険者の基本的なルールとなっております。他のギルドや国へ行く場合、また細かなルールがありますので、新しい依頼を受ける際はギルドに必ず立ち寄ることをおススメします」
文化や情勢が違う国や街でルールが違うのも当然か、と納得する。
まだ滞在時間が少ないのに『中央国』と『東国』は全く違う国だと、こんなにも見せつけられているのだから。
「長い説明でしたが、大丈夫ですか?一応こちらの書類にもっと詳しいことと説明していないことも書いておりますので、目を通してください」
「わかりました。大丈夫です」
「……では!こちらがセリナ様の冒険者カードになります。冒険者デビューおめでとうございます!」
「ありがとうございます」
受付嬢からさっきの説明に使われた書類をまとめたものと、小さな青いカードを受け取る。私の名前と『魔法使い』という職業だということ、そして『C』と書かれたカードだ。
私は丁寧に受付嬢に礼をしてバレないようにふぅ、とため息を小さくつく。そしてギルドをゆっくり歩きながら周りを見た。
カードをひもで結んで首からかけている者が多い。手首に巻き付けている者もいるが、無くさない自信の表れだろうか?どこにしまっているかわからないものもいるが、こんなもの簡単に見せびらかすものではない。それが正解だろう。
さて。私は自分の荷物と同じところに置いておこうか。
時空の倉をあとで使おうと、今はまだ書類が入った紙袋の中に入れる。
そして私はそのままリオナルドがいるギルドの外に出た。
「……無事終わりました」
「そうか。良かったね。これで君も冒険者ってわけだ」
外にいたやけに嬉しそうなリオナルドに報告。にこりと微笑み『ありがとうございます』と礼をする。
――冒険者として縛っておけば、私を監視しやすいって利点があるあなたには嬉しい話よね。
逆に言えば、私も自分の無実を証明できるから良いのだけれど。
「しかし、よく職業で引っかからなかったね。ちょっとヒヤヒヤしていたよ」
そう言っているリオナルドの顔は穏やかな笑みのままだ。その言葉が嘘なのが私でなくてもわかるくらいに。
リオナルドがこう言うということは、先程の職業を決めるあの水晶、やはり魔力量を測定するものなのだろう。それに応じて職業が決められる。あのまま手をかざしていたら魔力量で『聖女』だとバレていた。
だが、私は魔法陣の操作をずっとやってきたのだ。魔力量の操作などお手の物。一般人レベルに合わせるなんて寝ていても出来ることだ。
それに、自分の魔力の操作は『聖女』時代からずっとやっている。魔力量でバレるとすぐに石や罵声が飛んできていた。
……それでもリオナルドにはバレてしまったが、そもそもバレた理由が魔力量ではなさそうだし、自称だがリオナルドが規格外らしいので仕方ないと割り切ろう。
「それで、これから私はなにをしたら良いのでしょうか?」
「おや?私が決めてもいいのかい?自由になにかやりたいのかと思ったけど」
嘘つき。目的があるのはわかっている。監視だけではない、別のなにか。
でないと冒険者になれなどと、このリオナルドが言うわけがない。
「私は初心者ですから……先輩にご指導いただきたく思います」
「助かるよ。実は一つやっかいなことが起こっていてね。協力してくれるかい?」
にこ、と微笑みながら見せる首のひもについた黄色の冒険者カード。Aランクの依頼を私に手伝え、ということか。
「私は危険の場所に入れないないのでは?」
「ランクが上の冒険者と組めば入っても問題はない。そうやって実力者にくっついてランクを上げる冒険者はたくさんいるよ」
なるほど。手柄が私のものにもなるのなら、手っ取り早くランクを上げられて行ける場所の制限がなくなる。自由を得られると。面接はあるから簡単にはいかないだろうけど、ポイントがすぐためられるのはありがたい。
……なんだ、ちゃんと私にもメリットはあるのね。
「わかりました。詳しく聞かせてください」
変わらずにっこりと微笑むリオナルドに、私も変わらない笑みを返してそう言ったのだった。