第82話『出汁野菜VSからい料理』
「んで?次に行くのはどっちだ?西か南か」
「そうですね……」
アレクシスとの水晶の通信が終わり。
エルンストが、イスにもたれ掛かりながらそうセリナに聞いてきたので、セリナは口に手を当てて考える。
するとそれを見たリオナルドが、横からくすりと笑いながら言ってきた。
「確か『西国』はその土地でしか作れないものが多くて、農作物が発展しているから野菜が美味しい。名物はそこからとれる出汁だな。味があっさりしていて素材の味を感じられる。『北国』は味が濃い目だったから、それと真逆と思えるものが食べられると思うよ」
――ほう?
考えたそぶりは崩さないまま、セリナの耳はリオナルドに集中する。
「それで『南国』は暑い国だけど、交易が盛んでね。そこで手に入らないものはないと言われているくらいだ。からい料理が名物かな。小さいタコを辛い調味料で炒めたものは絶品だと聞いたことがある」
「あー、それか。確かに美味かったなぁ。それに酒が美味い。メシも酒もからいがあとを引かないものが多い。その分キツいから、俺ら軍人でもすぐにぶっ倒れるヤツだらけだったな」
エルンストの言葉にもセリナの耳は集中する。
『北国』の酒はとても美味しかった。それに慣れているエルンストが美味しいという酒が『南国』に存在するだと……!?
『ボクは『西国』に行きたいなぁ。あついのもからいのもヤダァ』
「ははっ。大丈夫だよライラ。からくないものもたくさんあるから」
「まぁ、俺も『西国』だな。暑いのはなぁ……筋肉をいつもより意識して維持しないと、しぼんでしまいそうになる」
暑さで筋肉ってしぼむのか?いや、やめよう。考えるだけ無駄だ。
それよりも、ライラとエルンストは『西国』希望か……
「リオナルド様は?」
「どちらでも」
にこりと笑うリオナルドに意見を聞いたあと、セリナはまた考える。
いずれはどちらも行くわけだし、それならば希望が多いほうが良いだろう。
「じゃあ、みなさんの希望に沿って『西国』に行きましょうか」
『やったー!野菜楽しみ!』
「ですね」
ライラが楽しそうに空中を駆け巡っている。それをセリナは笑顔で見ていた。
そしてリオナルドを見て……にこりと笑うその姿に微笑み返した。
きっとリオナルドは覚えていたのだろう。セリナが追放されて初めて向かった先が『東国』であった理由を。
その時も、美味しいものを求めてだった。
そうだ。それが自由の一歩だと思っていた。
だから次の行き先も、きっとそれくらいがちょうど良い。
「じゃ、ギルドから報酬をもらい次第『西国』に行くぞ」
「そうですね」
エルンストが話をまとめたところで、話し合いは解散となった。
そして、良い時間になったということでその足で食堂へ向かい、夜ご飯を食べる。
朝、山に向かったのにもう夜だったとは……
セリナはもちろん、リオナルドもエルンストも一食抜くくらいは慣れているのだろう。誰も空腹を訴えることはなかった。
ただライラが、いつも以上にたくさん食べていて、それがなんだか面白くてセリナは笑ってしまい、ライラは首をかしげていた。
そうして夕食も終わり、各々が部屋に戻って寝る準備をする。
セリナはいつも通りライラが掛けてくれた布団の中で、横で眠るライラを見ながら今日の出来事を確認する。
起こったこと、これからのこと、それらをまとめることは大事だし、やるなら一人で行うのが良い。それがセリナが戦場で学んだことだ。
洗脳魔法は、間違いなくリアナのかけた魔法だということ。
洗脳魔法は、『聖女』の力を使った魔力だということ。
洗脳魔法にかかった重度のものは、他にもその洗脳魔法を使うことができるということ。
重度のものは、魔法をばらまくのがリアナのためになると思っているということ。
セリナを殺すことが、リアナのためになっていると思っているということ。
セリナも重度のものということ。
かつて無意識にばら撒き、それによってリオナルドとエルンストがかかっていたということ。
だが今のセリナは、精霊の力によって無意識にばら撒くのを阻止できているということ。
洗脳魔法はリアナの、『聖女』の力を上回る力がないと解けないということ。
精霊の力が有効なこと。
今のセリナでは、精霊の力を借りても軽度の人間しか治せないということ。
その間に増えていく洗脳魔法にかかったものを治すには、精霊と魔法陣の力を使えば良いのではないかということ。
だが、魔法陣は『聖女』と精霊の力で成り立っており、今はほとんど機能していないということ。
なのでセリナと魔法陣の強化のために、各国にいる精霊たちに力を借りに行くということ。
そのために『西国』へ向かうということ。
「……なんだか、おとぎ話に出てくる冒険譚みたい」
ひとりごとを思わず口に出してしまって、くすりとセリナは笑った。
過去に読んだ書物はたくさんある。その中でもおとぎ話は幼少期のセリナの心を躍らせた。
続きが読みたいがために、必死に言語を勉強したくらいだ。それを見た教育係があらゆる言語の本を持ってきたのも、今となっては懐かしい思い出になる。
本当にその頃はたくさん読んだ。
今回のような冒険譚、自叙伝、歴史……そして、恋愛もの。
幼いセリナが特に好んだのは、王子様とお姫様が織りなす恋愛話だ。
セリナも似たような境遇だったからだろうか。しかし好きな話だったが故に、そこにかつての婚約者と自分を重ねることは一度もなかった。
あの男は一度だってセリナをそういう目で見たことがないだろう。それはセリナも同じだ。
だが建前でも婚約者だったし、そしてあの男は腐っても王族だ。それなりの振る舞いはしてほしかったが、リアナに夢中になってしまっては仕方がない。周りもそれが当然だと言わんばかりだった。
しかし……それも洗脳魔法の効果なのだろうか?
そう思うと元婚約者を不憫にも思ったが、すぐにどうでも良くなった。だって、きっとあの男は洗脳魔法がなくともリアナに恋をしたはずだから。なぜかセリナの中でそう確信している。
『お姉様。大好きです』
目を閉じれば現れる、元婚約者が溺愛するセリナの妹。
リアナは何度も何度もセリナに愛を言葉にして伝えてきた。
あの言葉も……嘘だったのだろうか……?
いまだにセリナの気持ちは変わらない。
リアナの奴隷だとしても、リアナになにをされても、リアナに愛されていた。だから一人でも頑張れた。
あの子は……純粋な子だから……
そう、今でも思っている。
「……もうっ、厄介だな。洗脳魔法」
姿勢を変えて枕に顔を埋める。
この洗脳魔法がなかったら『本物』の気持ちがわかるかもしれない。
アレクシスだろうが、誰だろうが、堂々と『本物』の答えを言えるはずだ。
だが……同時に恐怖も感じている。
『本物』がもし、今の自分と違う気持ちだったら……
例えば横に寝ているライラ。
始めはなにも思っていなかったのに、今は隣にいないと落ちつかない。ライラの楽しそうな姿を見たいと思う。
でもそれが『偽物』だとしたら、とても怖い。
エルンストもそうだ。
憎まれ口を叩きあっていても、セリナの背中を叩いてくれるエルンストには感謝している。
だが、それも『偽物』だとしたら……
リオナルドも……
リオナルド……も……?
「………………?」
姿勢を変えて、ライラを起こさないようにゆっくりと起き上がる。大丈夫。寝ているようだ。
そして……セリナは自分の胸に手を当てて考えた。
リオナルドとの出来事を思い出し、それを考えるとなぜか鼓動が早くなる。
ライラもエルンストも、リアナだってこんなことにはならない。
「なに……これ……?」
今まで感じたことがない気持ち。言語化ができない。全身が高揚し、なぜか汗が出てくる。
かつて似たような気持ちになったことがあった。それは『東国』で出会った『友達』に対してだ。
ならば、この気持ちは『友達』への感情。いや違う。セリナの『友達』は一人だけだ。
じゃあ……この気持ちは一体……?
セリナは目を閉じて大きく深呼吸をする。何回も、何回も……
そして心臓が通常の速さに戻った時、目を開けてそのままベッドに体を預けた。
考えても出ない答えなど、今考える必要はない。
そう考え、目を閉じて眠りにつくことにしたのだった。




