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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第三章『冒険者試験』編
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第81話『行く末の指標』

十代の女を改めてリオナルドが確認し介抱をしている横で、セリナは他の冒険者たちを見ていた。

十代の女の洗脳魔法は軽度だった。ここに倒れている冒険者たちは受付の女に重ねがけされていたせいで、それよりも深くかかっていると、リオナルドが言っていた。

一人治すだけであれだけの力が必要。今は治せない……


「幸いここは『北側』側だ。軍に言ってしばらく隔離してもらうさ」

「……軍のかたに影響は出ませんでしょうか?」

「それなんだがな」


エルンストが自分の手を見る。自分の体を確認するかのように。


「俺も……たぶんお前の洗脳魔法にかかっていた」

「え?」


びくっとセリナの体が震える。そんなセリナを見て、エルンストは安心させるかのように笑みを浮かべる。


「だが、今の俺にはかかってねぇ。リオナルドが確認している。これは、俺が氷の魔力を使えるようになったからだけじゃねぇと思っている」


セリナはエルンストの言葉を待った。洞窟の水滴が水たまりに入って小さく音を鳴らす。


「言ってただろ。『氷の精霊』は『北国』を守ると。その加護のおかげなんじゃないか」

「あ……」


確かに『氷の精霊』はそう言っていた。

『氷の精霊』が守られている『北側』なら、リアナの洗脳魔法から守られるということか。

『氷の洞窟』に近ければ加護はもっと強いはず。『東国』ではライラの力が強く『風の精霊』の加護を受けていたように。

この冒険者たちにとっても、他の人間にとっても『北国』は、一番安全な場所になるだろう。

そこまで考えたセリナの前で、エルンストはチラリと受付の女を見る。


「厄介なのはあの女だが……ああして寝ていれば周りに魔法を撒くことはなさそうだ。なら、治す方法が見つかるまで良い夢を『北国』の牢屋の中でたっぷり見てもらえば良い。そんな魔法の一つや二つあんだろ?」


浄化の粉を応用した眠らせる魔導具ならある。かつて『北国』で買い物をした時に、それがあるのをセリナは確認していた。

それを思い出し、セリナはエルンストの言葉にうなずいた。


「じゃあ、とりあえずここはそれで解決だ」

「……わかりました。エルンスト様に全てお任せします」


とりあえず……か。確かにそうだ。解決はしていない。

精霊の力はリアナの洗脳魔法に打ち勝てる。だが、今のセリナの力では全てを消すことができない。

それに、これからリアナの洗脳魔法は世界に蔓延するだろう。それを一人一人セリナが打ち消していくのは不可能だ。

ならばどうするべきか……


「……今考えてもきっと良い考えは出ないよ。帰ろう。疲れているだろう。それに、一つ考えがあるんだ」


リオナルドがいつの間にかセリナの近くに寄ってきていて、頭をポンと叩く。

とっさにリオナルドからセリナは離れようとして――

自身が身に着けている『氷の聖衣』が目に入り……はぁ、とため息をついた。


「……わかりました、リオナルド様」


セリナは『氷の聖衣』を解くことなく、リオナルドににこりと微笑みかけた。

そうして、セリナたちは洞窟を出る。

セリナたちを照らす暖かい太陽が真上を通り越している。どうやら昼過ぎのようだ。


さっそく国境の街にあるギルドに行き、洗脳魔法のくだりはぼかして報告すると、確認も含めて数日待てとの話になった。

またか、と思いつつも顔には出さず『わかりました』とセリナは返事をする。


その間にエルンストが軍に報告をしており、様子が気になったのでもう一度山のふもとに行くと、黒い軍服を着た筋肉集団が冒険者たちを運んでいる姿を見てしまった。

見に来なくて良かった……


うむ。とうなずくエルンストの横で、セリナは後悔しながら一つ前の町にある宿屋に戻り、そのままリオナルドとエルンストが泊まっている部屋に全員で行った。


「なにか飲むか?」

「いいえ、お気づかいなく」


セリナはそう言ってリオナルドが座るのを待つ。

そうして、セリナの隣にはライラ、机を挟んでリオナルドとエルンストが座っている状態になる。

リオナルドは、自身が持っていた水晶を机の上に置いて……なにやら呪文のようなものを小さく唱える。

すると、水晶が一人の人間を空中に映しだした。

そこには年齢不詳の低身長で長い白髪を持つ女がいた。セリナの知っている顔で、リオナルドが言っていた『考え』の答えを持つ者だろう。


「やぁやぁ、久しぶりだね。元気そうでなによりだよ」

「お久しぶりです、アレクシス様」

「アレクだよ」


セリナが挨拶したのは『東国』騎士団団長、アレクシス。

リオナルドの上司で、かつてリオナルドにかかっていた洗脳魔法を治したという人物だ。

リオナルドは、アレクシスに話を聞くために事前に話を通していたのだろう。相変わらずいつやったのかわからないが、話がスムーズなほうがありがたい。


「単刀直入に聞きます。団長は私にかかっていた洗脳魔法をどうやって治したのですか?」

「ん-?単純に浄化魔法を使っただけだよ。誰でも使えるやつだよ」


アレクシスは首をかしげる。質問の意図をイマイチ理解できていないといった顔だ。

それもそうだ。これから説明するのだから。


「リアナの洗脳魔法にかかっている者を私も治しました。精霊の力を使ってやっとです。それをアレクシス様は一般魔法レベルの浄化魔法で治したということですか?」


セリナが姿勢を正し微笑みを忘れないながらも、強めの口調で聞く。

アレクシスはそれを聞いてもよくわかっていないようだ。


「そうだよ?リオにかかっていた洗脳魔法はたいしたものじゃなかったからね」

「たいしたものじゃない?」


セリナが山の洞窟で治したのもたいしてかかっていない者だ。それでもあれほど苦労したのだ。

そんなわけがない。アレクシスはなにかを隠しているのか?


「でもそっか。あの洗脳魔法はセリナちゃんのものじゃなかったんだね。疑ってごめんね。でも『聖女』の力っぽかったからさ。となると……あの魔法は『聖女』リアナ様のものかな?」

「……はい。どうやら、洗脳魔法を受けた者がそれをさらに他者に与えてしまうもののようです」

「ありゃあ。それは大変だね」


リオナルドの説明に、どう聞いても大変そうじゃない、脱力した声でアレクシスは答える。

そして、ふむ、となにかを考え出す。


「要するに、セリナちゃんがリオに洗脳魔法をかけたのは間違いないんだね?」

「……はい」


セリナが小さく同意する。申し訳なさがセリナの心の中を占める。


「でもそれは私で治せるレベルだった。つまり、セリナちゃんは自分の魔力で抑えているんだね。洗脳魔法を」

「え?」

「セリナちゃんから出る洗脳魔法なら、リオだけじゃなく今まで出会った者たち全員がかかってもおかしくない。でもかかっていたのはリオだけ。それだけセリナちゃんががんばってるってことだね。えらいね」


にこりと笑うアレクシスに、セリナはなんと返していいのかわからない。

そんなセリナに、アレクシスはさらに話を続ける。


「精霊様の力を使って治したって言ってたよね。だからその格好のままなんだろうけど、たぶんもうセリナちゃんから洗脳魔法が漏れることはないんじゃないかな。だから、もう安心していいよ」


そう言われて……

セリナはリオナルドのほうを見ると、リオナルドは力強くうなずいた。エルンストは何事もないかのように首を回してコキコキと鳴らしている。ライラは良く分かっていないようだ。


……信じても……いいのかな……


セリナはずっとつけていた『氷の聖衣』を解いた。普段の姿になり、いつもの調子に戻った体にホッとした。氷の魔力を使うとどうしても緊張してしまう。それも全員にバレていたのだろうか……


「セリナちゃんはともかく、他の洗脳魔法にかかった者たちがバラまいてしまうのは問題だね。かといって、一人ずつ治すのは時間もかかるしきっと間に合わない……となると、やることは一つだね」

「……というと?」


聞き返すリオナルドにアレクシスはビシッ!と人差し指を立てる。


「各国の精霊の力を復活させて、魔法陣で洗脳魔法を解く。これだね。」


にこやかに言うアレクシスに、そこにいる全員が固まる。

簡単に言うけども……確かにそれが一番良い方法かもしれないけど……それを実行するとするならばよ。

これからやることは、残りの『西国』『南国』『東国』の精霊に認めてもらって、『中央国』に向かい魔法陣を起動して、魔法陣を通して世界中に浄化魔法を使い、かかったものたちの解除をする。

……と、途方もない……


全員の顔がげんなりしているのを見ると、アレクシスは頬をポリポリかいて、うーん、と唸る。


「それが嫌なら、残った方法は『聖女』リアナ様を殺すことだね」

「なっ……!」


セリナが音を立てて立ち上がる。アレクシスはそんなセリナをまっすぐ見つめてくる。いつもの脱力した様子ではあるが、鋭い瞳で。


「元凶を叩き潰せばその魔力はなくなるよね。それは人間も他の種族も……精霊だって同じだよね。ならば、洗脳魔法の元を断てば良いよね」

「そんなこと……させません……!」

「それはセリナちゃんの気持ち?洗脳魔法がかかっている状態の気持ち?」

「………………っ」


その問いにすぐに答えられなかった。セリナはぎゅっ、と手を力強く握る。

アレクシスの茶色の瞳から目をそらせない。そらしたら負けのような気がした。


リアナへの気持ちは『本物』か『偽物』か。


「私は……っ!」

「落ちつけセリナ。団長も煽らないでください」

「そうだね。ごめんね、セリナちゃん」


リオナルドの言葉に、アレクシスが脱力してふにゃりと笑う。それを見てセリナの力が抜けた。抜けてしまった。

そこでずっと黙って聞いていたエルンストが、腕を組んで眉の間にしわを作りながら言葉を発した。


「今『中央国』にいる『聖女』様を狙うのは得策じゃねぇな。質も量も向こうが上。すぐに全滅だ。となると、めんどくせぇが精霊を起こすほうが現実的か」

「そうだよ。さすがエルくんだ」

「……その呼びかたやめてくださいって言ってるでしょう。アレクシス団長様」

「アレクだよ」


セリナは音を立てないようにイスに座り深呼吸をする。

国境でおかしくなったのだ。この状態で『中央国』に行く、もっといえばリアナに会うなど出来るわけがない。セリナは間違いなく戦力外どころかお荷物だ。


「魔法陣を操作できるのはセリナちゃんだけだから、今セリナちゃんを失うわけにはいかないんだよ。そのために、精霊に会って力をつけてもらいたいって気持ちもあるよ。どうかな?」


最初の目的は『自由』だった。そのために『東国』に向かった。

次の目的は『精霊に会うこと』だった。だから『北国』に向かった。

そして今の目的は『他の精霊に会って、力を借りて、リアナの洗脳魔法を解く』になった。


本当にそれで、セリナは『自由』になれるのだろうか?

世界を回るのはセリナの目標でもあった。だからそれは良い。

でも……誰かの手に踊らされているような気がしないでもない。それが気に入らない。


セリナは口に手を当て考えながらアレクシスを見る。脱力したような様子でにこりとセリナに笑いかける。

なにかを企んでいる……?そのために利用しようとしている……?

そう思っても、それを言語化する証拠がなにもない。ならば、踊らされるしかない。

悔しいが、今は……言う通りにするしかない。


「……わかりました。やってみます」

「ありがとうセリナちゃんっ。じゃあさっそく次の国に向かってね!あ、冒険者ランクはあがった?」

「はい」

「そっか。ちょっと待っててね」


アレクシスが遠くに行く。そして、なにやらその身長くらいの大きさの三角状のものを持ってきた。

そして……


「おめでとーっ!」

「うおっ!」


大きな破裂音とともに紙吹雪が舞う。それを受けているのはアレクシスだけだが、とにかく水晶が映し出す映像がとても豪華になった。


「……っ!そんな大きなクラッカー、いつの間に作ったんですかっ!?」

「絶対に合格するってわかってたからね。『北国』で通信が終わった後からせっせと作ってたよ」

「仕事してくださいっ!」


セリナとライラ、エルンストがあまりの音に耳をふさいでいる間、リオナルドはアレクシスに怒っている。

うるさかったし、紙吹雪だらけでアレクシスの顔が見えなくなっているし、びっくりもした。

だが……


おめでとう、か……


なにをこなすにも、なにを覚えるにも、なにをしても、そんな言葉をもらったことはなかったな……

そう思うと、思わず笑えてきてしまった。

アレクシスはこういうところがズルいと思ってしまう。


「ありがとうございます、アレクシス様」

「アレクだよ。良い笑顔になったね、セリナちゃん」


アレクシスにそう言われ、セリナは思わず自分の頬を両手で触ってしまった。






「団長。通信は終わったんですか?」

「おやおや、珍しいね。キミがここにいるなんて」

「その水晶を作ったのは俺ですからね。ちゃんと機能してるか気になっただけですよ」

「そういうことにしておくよ……それで?」

「洗脳魔法ですか?厄介なので聞いてきました」

「またかい?キミはどうしてそんな危ないことをするの。ちゃんと敬意をはらったかい?」

「あのジジィにはらうものなんてないですよ。精霊だからってえらっそうに……」

「まったく。いつまでも子供だなぁ」

「それで洗脳魔法ですが、やはり精霊の力と魔法陣でなんとかなりそうです」

「そっか」

「それと例の話なんですけど、今のところうまくいってます」

「そ。じゃあそのままでよろしくね」

「いや、それ以上は俺の仕事じゃないんで。あとは知らないっす」

「……もうっ。わかったよ、私から言っておくよ」

「団長のほうがいいですからね。こんな国家転覆するようなことを話すなんて」

「たいそうな言いかたをしないでほしいな。ちょっと汚い膿を出そうとしているだけだよ」

「そういうことにしておきます。では」


会話が終わりバタン、と扉が閉まると、部屋の中にはアレクシスだけになった。

静まり返った部屋で、アレクシスは無表情で先ほどまでセリナたちと通信していた水晶を見ていた。

そしてしばらくの沈黙のあと……ニヤリと笑った――

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