第80話『Bランク試験』
ざぁ……と砂のように浄化されて消えていく魔族とその眷属である蜘蛛たち。
そこに残されたのはセリナたちと、倒れた人間のみだ。
ヨーコを簡単に倒せたように見えるだろう。だが、四人の実力、『氷の精霊』の力、連携、冷静な判断、どれか一つでも欠けていたら負けていただろう。
「セリナ、大丈夫か?」
「大丈夫です!だから来ないで!」
リオナルドがセリナにいつものように駆け寄ろうとすると、セリナはそれを両手で制した。
手が震える。だが、ちゃんと伝えなければ。
セリナはなんとか笑顔を作る。いつもの笑顔を。
「私に近づくと……洗脳されます……」
その言葉にリオナルドが唾を飲んだ。
セリナは洗脳魔法にかかっている。それも受付の女並の重度の症状で、他人にまき散らすレベルだろう。根拠となる過去がいくつもある。
例えば、リアナの練習で『聖女』の魔法をかけられた。
例えば、リアナのそばにずっといた。
例えば、リアナが気まぐれに魔法を使おうとして、暴走したそれを止めた。
リアナが無自覚に洗脳魔法を使っていたとなると、癒しの魔法のみならず他の魔法の失敗でも同じ効果をもたらしている可能性がある。
あくまで可能性だ。でも、セリナの中でありえないことが起こってしまっているのだ。常識は捨てたほうがいい。
「そういえば……私は、団長に洗脳魔法らしきものを解いてもらったことがあります」
「え……?」
リオナルドがセリナの考えの後押しをした。団長、アレクシスに会っていた時ということは『東国』に居た時の出来事か。ならばそのあともまた、無自覚にセリナは周りの人間を洗脳していた?
『北国』の人間はセリナによって、リアナの洗脳魔法にかかった可能性がある?
「そんな……」
セリナが自由を求めることによって、リアナの洗脳魔法を世界中に広げている。
受付の女の、ヨーコの思惑通りじゃないか。
やっぱり……私はリアナから離れるべきではなかった……?
「ちょっと待て。俺はなんともないぞ?」
セリナが両膝を地面に崩れ落ちそうになった瞬間、エルンストが自分の体を確認しながら言う。それに気づいてリオナルドは眼鏡を取り出しかける。
「確かに……エルンストから、黒いオーラは見えません」
え……?
混乱するセリナはリオナルドを見るが、リオナルドが嘘を言っているようには到底見えない。
リオナルドはさらに辺りを見回し……
「ライラもだ。黒いオーラを感じない」
『ボク?』
あ、そうか。リアナの洗脳魔法は魔力だ。セリナがライラの体内にあった瘴気を浄化できたように、リアナの洗脳魔法は人間以外の魔力を糧とするもの全てにかかる。
もっと言えば、瘴気を糧とする魔族にかかってもおかしくない。常識は疑え、だ。
だが……エルンストもライラもかかっていない?特にライラはセリナと一日中一緒にいる。なんらかの作用があってもおかしくはない。
「セリナからは……間違いなく黒いオーラが出ている」
「どういうことだ?」
エルンストの質問に答えを返せる者はこの中にはいない。
セリナはその場で頭を抱えて考える。他の二人はなにやら話しているようだが、セリナの耳には入ってこない。ライラが近くに来て心配するが、それに応える余裕もない。
セリナやリオナルド、そこに倒れている人間と、エルンストやライラの違いはなんだ?アレクシスはどうやってリオナルドを治した?アレクシスがなにか特別な力を持っているのか?
考えろ……考えろ……あらゆる過去、現在の出来事を思い出せ。そして糸口を見つけろ。
自分にはそれしかできないんだから。それすらできなかったら、本当にここにいてはいけない。じゃないと本当に、ただ洗脳魔法をまき散らすだけの存在だ。
「やべーな。洗脳されたやつがいるだけで他のやつも洗脳できる魔法か。ネズミ算式だな。あっという間に『聖女』様の信者だらけになるぞ」
そうだ。悠長なことを言っている場合じゃない。
探すのはすぐに治せる方法だ。
手っ取り早いのは単純にリアナの洗脳魔法よりも多い魔力で打ち消すことだ。だが、リアナの魔力はセリナよりも多くて強い。自分より強い魔力を打ち消すのは困難だ。
それに前に解読した通り、複雑な構造で出来ている魔法だ。それが力技で解けるなら今こんなに悩んでいない。
どうしたら……どうしたら……!
「しかし魔族か……まさかこんな形で関わってくるとはな。『氷の精霊』と契約してなかったら危なかったぞ」
「本当ですね。びっくりしました」
エルンストはふーっとため息をついて氷の斧を消す。残った氷の欠片が、洞窟の中でキラキラと光って消えていった。
あ……
セリナは思い出した。
先ほどのことだ。魔族を相手にしていたエルンストの言葉を……
「精霊の力は……魔力よりも瘴気よりも強い……」
ぽつりとひとりごとのようにその言葉をこぼす。
もしも……精霊の力を使って洗脳魔法が解けるのならば……
「リオナルド様。もう一度私を見て下さい」
「あ、あぁ」
セリナに言われて、リオナルドは眼鏡をかけてセリナをしっかりと見る。
「前に……『東国』で見た時と比べてみてください。黒いオーラは減っていますか?」
「……あ。確かに」
リオナルドがセリナの言葉に同意する。
エルンスト、ライラ、そしてセリナ。このメンバーに共通することは一つだ。
「精霊が……洗脳魔法を打ち消している……?」
「あ?精霊ってそんなことが出来んのか?」
「エルンスト様は『氷の精霊』、ライラは『風の精霊』に守られています。そして私も『氷の精霊』の力で、もしかしたら洗脳魔法の力が減っているのかもしれません」
「じゃあ……!」
リオナルドの顔が明るくなる。だが、これはあくまで可能性だ。
『氷の精霊』の力を借りてもセリナの洗脳魔法は解けていない。つまり、今の『氷の精霊』の力だけでは完全に打ち消すことができないということだ。
だが、軽度なら今のままでも解除は可能か……?
「あくまで仮説です。試してみないとわかりません」
「じゃあ試せよ」
エルンストが顔を横に向ける。全員がそちらを向くと……そこには倒れている洗脳されている人間たち。
「いくらでもいるじゃねぇかよ、実験体がよ」
言い方に問題はあるが、要するに試してみて治せ。そうエルンストは言いたいのだろう。
まだ生きている。まだ洗脳に完全にかかっていない冒険者たちなら……
だが、もしこの仮説が間違っていたらまた迷宮入りだ。それに、もし合っていたとしてもセリナの実力がそこまでいっていなければ無駄になる。
「でも……」
「あぁ?それくらいちゃっちゃとできんのかねぇ?元『聖女』様はよ」
――いらっ。
セリナは腰のカバンから魔法瓶を取り出し、中身を飲んで魔力を回復させる。
そしてその瓶を、苛立ちのままに勢い良く地面に投げ捨てた。
「覚えてください!セリナです!」
「おーおー、その意気だ」
「まぁまぁ」
エルンストの言葉に腹立ったが、いつもの日常のやりとりをしたことで不思議とセリナの心は少し落ち着いた。腹立つけど。
そしてセリナは倒れている冒険者たちのほうへ行く。
受付の女とこと切れている戦士は多分無理だろう。ならば、一番洗脳魔法にかかってなさそうな人間が良い。と、なると……
「ひっ。ひぃっ!来ないでっ!」
腰が抜けている十代前半の女の元へ行き、その場に座る。すると、セリナの足の上にライラがちょこんと座った。
『ボクの力も使って。お手伝いするよ』
「ありがとうございます、ライラ」
……といっても、ライラから『風の精霊』の力だけを借りることはたぶん出来ないだろう。
なぜなら、セリナはこれから『氷の精霊』の力だけに全力を注ぐことになるだろうから。
「なにするつもりなのよっ!来ないでよ!死んじゃえ『偽物の聖女』!」
一瞬眉をひそめることになったが、十代の女はセリナが近づいてきた恐怖によって、先ほどまでのようにセリナに向かって石を投げることはできないようだ。
ならばと構わずセリナは目を閉じる。そして意識を集中させる。
「力を貸して。フロスト」
セリナの周りに氷の粒が突然現れ……そしてそれは『氷の聖衣』となる。
大丈夫だ。力の流れがわかる。氷の力が使える。
「……にしても、ずいぶんと厄介な試験だな。『氷の精霊』の試験なのか、冒険者の試験なのか知らんけどよ」
「これが『氷の試験』なら精霊の意地が悪過ぎますし、Bランク試験だとしたら難しすぎますよ」
後ろでエルンストとリオナルドが軽い会話で和ませてくれる。ひざには優しい温もり。
集中しているのに……思わずセリナはくすりと笑ってしまった。
「いきます」
目を開けて両腕を十代の女に向ける。
女の頭の横に手のひらを向け、頭から全身に向けて氷の力を解き放った。
「やっ!」
十代の女が叫び声をあげると同時に、氷の粒による竜巻が起こりセリナたちを包む。
周りに寝ていた冒険者たちは……不思議なことにその風に飛ばされることがない。むしろ、氷に守られているように淡く青い光に包まれた。
やり方は浄化魔法と同じ。ただし、込めるのは魔力ではなく精霊の力。
精霊の力を他者に送り込み浄化していく。そしてその力を魔力に変換し、足りなくなった体内の魔力を補う。
精霊の力を通して見た洗脳魔法は、やはり複雑に絡み合った大きな毛糸のようだった。
細い糸、太い糸、絡まっている糸、それらを全て丁寧に解くように解除していくしかない。セリナの魔力ではそれができなかったが……精霊の力なら出来る。
そうと分かればと、セリナは慎重に精霊の力を操作して――
「うっ……!」
セリナに激しい頭痛が襲う。体も筋肉痛のように痛み、思わず腕を引っ込めたくなる。
『お姉様やめて。私のことそんなに嫌いなの?』
声が、幻聴が聞こえる。
『私はお姉様が大好きなのに。ひどい。どうしていつもいじわるするの?』
片目を思わず閉じる。両目を閉じることはできない。力の操作が不安定になる。
『やめてやめて。お願いお願いっ!』
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
リアナに逆らってごめんなさい。私はリアナが大好きです。だから、逆らったりしてごめんなさい。
今すぐこんなことはやめ――
「おらよっ。俺の力も使えっ。やり方は知らねーがなっ」
「はははっ。それいいですねっ。さらにこうして私達が繋げば……円になって魔法陣代わりになりそうです」
「……こいつは、あんまり気分良くねーな」
『じゃあボクふたりの間に行く!』
その声が……セリナの耳に届いた――
痛みは続く。頭痛がひどい。体中が痛い。吐きそうだ。息をするのが難しい。苦しい。つらい。
だが……それから守ってくれようとしてくれる力がそこにある。
セリナの手が……しっかりと握られる。
手を握ると嬉しくなる――
かつてセリナの『友達』が言っていた言葉を思い出し、少しだけ笑う。
……本当だね。
「力を借りますっ!」
「おうっ!」
「セリナならできるっ!」
『頑張れーっ!』
リオナルドと繋げた手を、エルンストと繋げた手を、リオナルドとエルンストを繋げているライラを、セリナはしっかり確認して力をさらに込めた。
「――見つけたっ!」
複雑に絡み合う洗脳魔法、その中に核のようなものが隠されていた。大きな毛糸のような魔力の中に包まれている、小さな玉のような核が。
セリナの魔力では見えなかったものだ。これがある限り、根を張る草のようにずっと体内に残り続けるだろう。
それはまるで、かつてライラに侵食していた瘴気の種のように。
絡み合う毛糸のような魔法を、一本一本丁寧に解除していき……やがて全ての糸を解き終え、丸裸になった小さな核を壊そうとする――が、なかなか壊れない。
「……ぐっ……!」
歯を食いしばって力を込める。手にも力が入る。だが、その手を握り返してくれる力が温かい。
壊れろ、壊れろ!お願い壊れてっ!
そして――
「いやあああああっ!リアナ様ああああっ!」
女がひときわ叫んで後ろに倒れる。後ろ側にいたライラが二人の手を離して、巻き込まれないように避けた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
「セリナ!大丈夫か!」
「それより確認だ!洗脳魔法はどうなっているっ!?」
頭をうなだれさせ呼吸が荒いセリナの手を握ったままのエルンストがリオナルドに言うと、リオナルドは十代の女を眼鏡でしっかりと見る。
すみずみまで確認しているからか、リオナルドはなかなか答えを口にしない。
その間にエルンストが、セリナのカバンから魔法瓶を取り出してセリナの体を起こす。そして、セリナの意識を確認した後、ゆっくりと魔法瓶をセリナの口に近づけ、飲ませた。
「……消えてます。完全に。洗脳魔法が……なくなってる!」
『セリナ、うまくできたのっ!?』
ライラが嬉しそうに飛び回り、リオナルドが嬉しそうにセリナのほうを見る。
セリナは、荒い息のままゆっくりと目を開けて……
「これでっ、私もっ……Bランクっ、冒険者ですかね……っ?」
汗も拭うことすらできないセリナの放った一言は、リオナルドとエルンストを笑わせた。




