第79話『魔族』
「おい……つまりどういうことだ?」
エルンストがセリナに聞く。だが、セリナどうしても信じられずそれを言葉にできない。
そんなのは『聖女』ではない。それが『聖女』であってはならない。
この言葉がずっとグルグルとセリナの頭の中で回っている。
「現『聖女』のリアナが『癒しの魔法』を使い失敗した結果、相手を洗脳させてしまった……ということらしいです……」
「な……っ!」
リオナルドの説明で理解できたのか、エルンストが驚きの声をあげる。
「何度か『中央国』で見たことがあるぞ。あの『聖女』が国民に『癒しの魔法』を披露する姿を……その時にやったってーのか、そいつは!」
「違うっ!」
エルンストの言葉に反論したのはセリナだ。
確かにリアナは気まぐれに『癒しの魔法』を使ったことがあった。練習と称してセリナも何度も使われた。だが、それ以外はセリナが裏で代理としてやっていた。『聖女』の祈りの時のように。
「リアナがそんなことするわけ……でも、したとしても、それはちょっと間違えただけであって、リアナは悪くないじゃないですか。リアナはその時頑張ったんですよ」
「無自覚で悪意がないほうがタチわりぃだろっ!」
エルンストが怒鳴るとセリナの体がビクッ!と震える。
それでもセリナは反論しようとして――魔力を感じてその場から離れる。
そして、そこには冒険者の中の一人、十代の武闘家がこぶしを繰り出していた。
ふらふらと揺れて視界が定まっていない。だが、それでも明らかにセリナを狙っている。
「そうですよ。リアナ様はなんにも悪くない。悪いのは……」
受付の女が後ろからゆっくりと歩いてきて、その歩みを止めるとまっすぐに腕を動かしセリナを指さす。
「貴女ですよ。セリナ・ハイロンド」
それを合図に――
冒険者たちが一斉にセリナに襲い掛かってくる。武闘家のこぶしを腰を落として左に避け、魔力の糸で強めに拘束する。そのまま武闘家の後ろに回ったセリナは、武闘家の背中を蹴って遠くに飛ばし……目の前に来た剣士がセリナに剣を振り下ろす。それをリオナルドが受け止め、その隙にセリナは魔力の糸で剣士を拘束する。
そして、武闘家がいるところに蹴りを入れて飛ばした。
『やぁだ、なにそれ?さっきまでこぶしで戦ってたじゃない』
「こぶしのほうが筋肉の成長を感じて好きなんだけどよぉっ。こっちで我慢してくれや」
『ふん。野蛮』
少し離れたところでエルンストは、氷の鎧、斧、盾を顕現させていた。エルンストが走りだそうとした瞬間、ヨーコの後ろから出てきた小さな蜘蛛が襲い掛かる。が、それをライラがウロコで封殺していく。だが、数が多くてウロコでは間に合わない蜘蛛が二人に襲い掛かってくる。
『もう!邪魔だなぁっ!』
ライラが怒って太く硬くなった三本のしっぽで一掃したとき、エルンストがそれを合図に走り出し、ヨーコに向かって氷の斧をふるう。それをジャンプして避けたヨーコが鋭い爪がついた腕の何本かをエルンストに向かって突き刺す。
……が、それはエルンストの氷の鎧によって阻まれ、一本だけ爪が欠けていた。
『いったいわね……!なによその力っ』
自分の爪の様子を見たヨーコが初めて笑うのをやめる。かけた爪の先がどんどん凍り付いていき、それは腕まで浸食していく。
『ちっ!』
ヨーコが他の腕でその腕を切り落とし……切り落とされた場所から先ほどのものとはいかないまでも、鋭い爪を持った腕が生えた。
エルンストの氷の鎧に紫色の液体がついているが、構わずエルンストは斧を構える。やがて氷の鎧は何事もなかったかのようにその輝きを取り戻す。
「良い力だろ?魔力でも瘴気でも敵わない無敵の力だ」
『チートって言うんじゃないの?そういうことすると嫌われるわよ』
その声がセリナに届いた瞬間、剣がとっさに避けたセリナの顔の横を貫く。
その剣の持ち主、受付の女は執拗にセリナに剣をふるう。その姿はまるで操り人形だ。
「死んでください、死んでください、リアナ様のために死んでくださいセリナ・ハイロンドっ!」
「リアナはっ!そんなこと望んでなさそうに思いますがね!?」
剣を避けながら魔力の糸で拘束しようとして……瘴気の糸が邪魔で巻きつけることができない。ならば、瘴気の糸を切ればいい。
「そんなことありません!私リアナ様のそばにいたんですよ!なんでもしたんです!なんでもできたんです!でも貴女のせいで解雇されたんです!」
「私のせい……っ?」
受付の女から黒い煙……洗脳魔法が出ている。リオナルドを近づけるわけにはいかない。それを察したのか、リオナルドは残りの四十代の冒険者と眼鏡の女の相手をしている。
「そうですよ!貴女を連れてこいって命令してもらって、貴女のことを探したのに貴女は戦場にいたっ。だからリアナ様が怒っちゃったんですよ!どうしてすぐそばにいないんですか!どうしてリアナ様の命令を聞けないんですかっ!」
手に魔力を込めて、瘴気の糸を浄化にかかる。だが受付の女、いや、人間では出来ない……してはいけない動きをしているせいで、剣の軌道が読めない。避けることにも集中しなくてはならないせいでなかなか糸だけを狙えない。
このままでは……受付の女は体が壊れて死ぬ。
「貴女を殺せばきっとリアナ様は喜んでくれる!リアナ様に褒めてもらえる!リアナ様待っててください!すぐに殺しますからっ!私リアナ様のためならなんでもできます!」
「………………っ!」
セリナの視界がぐらりと揺れる。
受付の女の言う通りだ。リアナのためならなんでもできる。なんでもしたい。
――だけど!
「リアナのことは私が一番良く知っているのよっ!」
手のひらに増大な魔力を込め、受付の女の全身が入るくらいの魔力の玉のようなものを作り出す。そしてそれを正面から叩きつけるようにぶつけ――
「がっ……!」
勢いのまま受付の女の頭を掴み、そのまま地面に叩きつける。
その瞬間、全身を包み込んだセリナの魔力が、受付の女についていた瘴気の糸がブチブチとちぎる。そして大の字で倒れたままの受付の女は、そのまま動きを停止した。
やがて関節や口から血が流れだしてきたが、すぐに浄化の粉を受付の女の体に撒いた。
受付の女だろうが、リアナだろうが、体内に入っているのは魔力だ。浄化の粉は魔力に働きかけ、肉体の異常に作用し治す。今はこれでじゅうぶんだろう。
むしろ、完全に治してまた向かって来られても困る。
ふぅとため息をついてリオナルドのほうを見ると、ちょうど眼鏡の女を昏倒させているところだった。
四十代の男は地面に倒れ、十代の戦士は洗脳魔法の『失敗』によってこと切れていて、十代前半の女は遠くで震えていることしかできていない。
それを確認するとセリナはちらりと受付の女を見た。
感じている憤り。それはリアナについてだ。今でもリアナをかばいたい、言うことを聞きたいと思う自分に嫌悪するが、ぬぐい切れない感情がそこには確かにある。
「リアナは今、私を連れてこいって言っているんですよ?なら貴女は、私を殺すべきではありませんね」
動かない受付の女にそうつぶやいた後、セリナはエルンストとヨーコのほうを見た。
ヨーコはエルンストと対峙しながらもくすくすと笑っている。
『いいわぁ。いいわねぇ。もっと、もっとやって頂戴』
リオナルドがヨーコに剣を向け、セリナがリオナルドが倒した冒険者たちを魔力の糸で縛り上げ、一つの場所へまとめ、ケッとエルンストがヨーコに向けて笑う。
「そんなに俺たちが面白いか?」
『面白いわよぉ。だってそうでしょう?同じ種族で争っちゃってさ。人族って本当に愚か』
ヨーコの瘴気が膨れ上がる。それを見た瞬間、セリナは全員の防御魔法をさらに強化した。
そして――一斉に大量の蜘蛛が左右上下から襲い掛かってくる。
次の瞬間――
『ウオオオオオオオオオオオオッ!』
ライラの巨大な咆哮。それによって全ての蜘蛛が四散した。
パラパラと蜘蛛の欠片が落ちる中、セリナはヨーコを睨みつける。
「それが、リアナに手を貸している理由ですか?」
『言ったでしょ、なにもしていないって。私はここにアラネアを置いただけ。あとはその女が勝手に冒険者を呼んで洗脳していた。それだけ』
ヨーコが全ての腕を巨大化していく。そして八本の腕についた鋭く毒がついた爪を、セリナたちに向かって素早く刺してきた。
『私は面白そうだからその女をもっと効率良く動かしてあげただけよ!だって、洗脳された人族が増えれば勝手に争いが起きるでしょう!?それを見たかったのよ!』
冒険者を狙った理由。それは冒険者が世界中を旅するからか。
今は『中央国』でしか蔓延していない洗脳魔法。それを冒険者が勝手に他の国に行くことで侵食させ、やがて世界はリアナのものになる。だが、各国はそれを許さないだろう。
そこから起こるのは……『中央国』と他の国による戦争。
『貴女が来なければもっと出来たのよ!なのに私の可愛い蜘蛛も、アラネアちゃんも殺してくれちゃって!許さない!』
再び現れる蜘蛛の大群。これは……ヨーコが自身の瘴気で作った蜘蛛か!
そこまで分析して、エルンストが氷の盾で守ってくれているその後ろで浄化の粉を撒く。
『やめなさいよその粉!』
ヨーコの腕がセリナを狙うが、エルンストとリオナルドによって阻まれる。ならばと蜘蛛が襲いかかるが、ライラの咆哮と浄化の粉によって四散する。
セリナは天井に魔力の糸を繋げその場から離れる。そして、粉を撒き続けながらヨーコの後ろに回る。
『セリナアアアアアアアッ!』
腕をセリナに向かって伸ばし……その腕が半分なくなり、その先が凍り始めていることにヨーコはようやく気づき、痛みで足をよろめかせる。
その間にもセリナはまた天井に飛び、今度はヨーコの横に回る。そしてまた天井に逃げ、さらに撒き続け……
『死ね!魔族を迫害する人族はみんな死ね!勝手に争って勝手に死ねっ!』
叫びながら攻撃してくるヨーコだったが、誰にも当たることはなく……そして次の瞬間、セリナの浄化の粉による円――即席で描いた魔法陣が完成した。
『ギャアアアアアアアアアアアッ!』
ザァッ!と浄化の粉が舞い上がり、魔力が溢れる。そして魔力が毒になる魔族であるヨーコが苦悶の表情を浮かべ苦しみの声をあげた。
そうして動けなくなったヨーコに、エルンストとリオナルドが連携して斧と剣を同時に振るう。
『アアアアアアアッ!憎い憎い憎い憎いっ!『勇者』も『聖女』もなにもかも!お前らのせいで『魔王』様だって――』
え……?
『魔王』とは、かつて『勇者』と戦った『魔王』のことか?
元人間で魔物になってしまった『魔王』について、人間嫌いのヨーコがなにを言いたい?
セリナに一つの疑問を抱かせたその言葉が――
蜘蛛型魔族、ヨーコの最期の言葉となったのだった。




