第78話『洗脳魔法』
魔族とは――瘴気を糧にした種族。
瘴気に狂わされた種族のことを『魔物』と呼ぶのに対して、魔族はそこらにいる他の種族となんら変わらない。
ただし、ほとんどの種族が魔力を糧にしていて、その天敵が瘴気だということ。かつて世界を狂わせた『魔王』側に魔族がついていたということもあって、なにかと他の種族に嫌われている。
歴史の中にはたびたびどこかの種族と魔族の戦争があったりもするくらいだ。
圧倒的に数が少なく、世の中は魔力であふれる世界。多勢に無勢故に、普段魔力を持つ者が魔族にあまり出会うことはないだろう。
なのに魔族は絶滅しない。それは何故か。
一体一体の強さが、他の種族を凌駕しているからである。
例えば一番数が多いとされる人間。それが何百人集まろうと魔族一体に敵わないと言われているくらい、魔族の力は圧倒的なのだ。
魔族に会えば死んだと思え――とは『中央国』でよく言われていた言葉の一つだ。
そんな魔族が目の前にいる。その圧と瘴気は、セリナの目では黒いモヤに覆われて魔族の全体像が見えないくらいだ。
『それで?どの人族がセリナってやつ?』
「そこの……女……です」
蜘蛛魔族がセリナたちの後ろにいる受付の女に聞き、受付の女はセリナを指さし……まただらんと手を下げる。
よく見ると、受付の女は糸でつながれていた。そう。操り人形のように。蜘蛛魔族が操っているのか?となるとそれは魔力の糸、いや、瘴気の糸というところか。
今の状況は、蜘蛛魔族と受付の女に挟まれている状態。魔族の後ろには先ほど倒したアラネアフォビア。エルンストは蜘蛛魔族、リオナルドは受付の女から目を離さず戦闘態勢を取っている。
『初めましてセリナ。私は蜘蛛型魔族のヨーコ。よろしくね』
「よろしくお願いします……と言いたいところですが、魔族と仲良くしたことがないのでどのように接して良いのかわからず……不作法があれば申し訳ありません」
魔族は他の種族と変わらない。それ故に対話も和解も敵対も可能だ。
セリナが生きてきて、今まで魔族と仲良くしている者を見たことはないが。
蜘蛛型魔族――ヨーコは人間の両手に当たる部分を顔の横まで上げて、手のひらをひらひらとさせる。
『やぁだ。そんなに固くならないでよ。私は別に貴女に用があったわけじゃないのよ。ねぇ』
「そうですね」
受付の女がゆっくりと自分の足で立ち……そして後ろを向いて歩いていく。
そして、姿が見えなくなったかと思うとすぐに顔を出す。なにやら引きずりながら。
それは……見覚えのあるものだった。
「んー!」
「んぐーっ!」
先ほど会った、少量の毒で大騒ぎしていた四人。それと、忠告していた男と抱きかかえられていた女。
全員が、蜘蛛の糸でグルグルに巻きつけられた獲物のように拘束されていて、もがいている。
「……なにをするつもりですか?」
『なにもしないわよ。私はね』
ヨーコがクスクスと笑っている。実に楽しそうに。
セリナが詳しく聞こうとした時、受付の女が拘束されている者たちに向けて魔力を放つ。
黒い煙のような魔力――魔法か魔道具か。その黒い煙は全員を覆い……やがてくぐもった叫び声が小さくなっていく。
やがて、黒い煙がなくなると全員の拘束が外れた。
「あ……れ?」
「なんともないぞ?どういうことだ?」
全員が起き上がり不思議そうな顔をしている。セリナたちから見てもなにかが変わっているようには見えない。
てっきり、瘴気を吸わせて魔物に変えるかと思ったのに。そしたらその瞬間に浄化の粉を撒いて、魔族の瘴気ごとここら一帯を瘴気のない場所へ変えるつもりだった。
「まさか……?」
リオナルドがなにかを思いつき、懐に手を入れる。それと同時に受付の女がセリナを指さした。
「見てください。あそこにいるのは『偽物の聖女』ですよ」
全員がセリナを見るのと同時に、リオナルドが眼鏡をかけて先ほど拘束されていた者たちを見た。
「セリナ!洗脳魔法だ!」
リオナルドが叫ぶ。それをきっかけに、拘束されていた全員がセリナに向かって地を蹴った。
「セリナぁああああああ!」
「偽物は殺す!」
十代の戦士と剣士が素早くやってきて――エルンストがまとめて氷の盾を器用に振り回して二人の剣を弾き飛ばす。
「リアナ様のためにいいいいっ!」
忠告してきた男がその間にセリナに迫ってきて、セリナへ斧を振る。セリナはそれを飛んで避ける。
着地した先、そこに向かって十代の武闘家が蹴りを放つ。が、ライラが太くした三本のしっぽで武闘家を掴み、遠くへ飛ばした。
「せん、のう……っ!?」
セリナがリオナルドのほうを向くと、眼鏡をかけたリオナルドがこくんとうなずいた。
馬鹿な!?リアナにしか使えない、リアナの魔法ではなかったのか!?
山に来た時から今までずっとセリナは顔を丸出しにしていた。ここまで好戦的なら最初から狙ってくるはず。それに、浄化の粉を撒いて助けた四人組はセリナを知らなそうだったのは確認済みだ。
となると、受付の女がやった先ほどの行為が原因だろう。
「そこの人、ちょーっと話聞かせてもらおうかぁっ!?」
同じことを思ったのだろう。エルンストが受付の女に近づき、こぶしに魔力を込める。
そして受付の女が一瞬で空中へと飛び、エルンストのこぶしは空振りした。
上を見ると、受付の女は相変わらずだらんとしている。
どうやらヨーコの瘴気の糸によって操られているだけで、自分で避けたわけではなさそうだ。
『だめよぉ。その子は貴重なんだからぁ』
「貴重?」
リオナルドが当て身をして戦士、剣士を気絶させたところで、ヨーコが意味深な言葉を言うので、セリナが思わずオウム返しをした。
その時――
「な、な、なんっ、だよ、これ……っ!」
遠くで腰を抜かしている二十代の背の低い男。その横で背の高い女が状況を理解できずに驚いている。
そして……背の高い女はきびすを返してその場から逃げ出した。
「ちょっ!待てよ!置いていくなよ!」
「冗談じゃないわ!こんなところだなんて聞いてない!」
背の高い女はなりふり構わず逃げ出し、背の低い男はそのまま腰を抜かしたまま残される。
『だめよぉ。逃げちゃ』
ねっとりとしたとしたヨーコの声がセリナに届く。
その次の瞬間――
「あがっ……!」
背の高い女は、一瞬で追いついたヨーコの鋭い爪に腹を貫かれていた。
『あ、しまった。まぁいいか、一人くらい』
明るい声で言うヨーコは一本の腕を振る。するとその腕の爪に刺さっていた背の高い女が、宙に飛ばされるとその勢いのまま地面に叩きつけられ……動かなくなった。
……おそらく即死だ。さすがのセリナでも助けられない。そう思ったすぐ後、眼鏡の女の肩に乗っていた鳥がセリナめがけてくちばしを刺しに来る。それをエルンストが氷の盾で守り、その瞬間を狙ってセリナが魔力の糸で拘束する。その直後、眼鏡の女がリオナルドによって気絶させられていた。
残るは、男に抱きかかえられていた十代前半の女一人だが……なぜかその場から動かない。ただ泣きながらガタガタと震えている。
「に、にせも、せい、じょ……!し、死んじゃえっ!」
かと思ったら、近くにあった石を投げてセリナを罵倒してくる。どうやらそれが精いっぱいのようだ。
ふぅ、と息を吐いてセリナはヨーコのほうを見る。
「これはどういうことですか?」
『だから言ってるじゃない。私はなにもしていないって』
ニヤニヤと笑うヨーコを尻目に、今度は受付の女のほうを見る。
受付の女は天井からぶら下げられるように浮かんだまま、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「セリナ……セリナ……『偽物の聖女』……リアナ様のために……うふふふふ」
受付の女から黒いオーラがあふれ出る。セリナが感じたことのある魔力……リアナの洗脳魔法だ。
『便利よねぇ、それ。洗脳魔法、だったっけ?』
ヨーコが腕の一本を動かすと、受付の女が地に降りる。そして、受付の女はまた先ほどと同じように黒いオーラの魔力を周りの人間にあてて……
「……おかしい」
「あ?なにがだ?」
セリナのつぶやきにエルンストが反応する。
セリナには理解できないことが今起こっている。だからうまく説明できない。
『信じられないわよねぇ?わからないわよねぇ?そうよねぇ。じゃあ、私が代わりに教えてあげる』
ヨーコが口を歪ませる。にたぁと笑い瘴気が漂う姿はまさに魔族だ。
『生き物にはキャパシティっていうものがあるのよ。それを超えると大抵は死ぬわ』
かつて『東国』で、ライラが自身の魔力を瘴気に変換された上、瘴気を無理やり体内に詰め込まれて大人のような姿になっていた。
あれはエンシェントスケールキャットだからああなったのであり、人間ならば大きくなることもなく四散する。
『でも、キャパシティを超えずに力を変える方法があるのよ。あれみたいにね』
ヨーコが指を指す方向を見ると、受付の女が再び黒い煙のようなもので倒れている人間たちを覆い始めていた。
『他者の体内に自身の力を残し続ける。それが溢れるほどたまると、他の者に伝染していく。それが洗脳魔法。便利よねぇ。勝手に洗脳されていく者が増えるのだから』
「そんなこと出来るわけ……っ!」
セリナは思わず否定する。だが、今目の前で起こっている事実が否定を許さない。
他者の体内に力を残す?あり得ない。
例えば輸血した他者の血がやがて本人に馴染むように、魔力もその体内に合ったものへと変化していくのが普通だ。それが残り続け、増殖し、他人に分け与える?そんなこと出来るはずがないのだ。
「……浄化の粉みたいにか?」
戦闘態勢のままのリオナルドがポツリとこぼす。するとヨーコは嬉しそうに手を叩いた。
『そう!それかもしれないわね!』
浄化の粉は、かけられた者の体内に残る瘴気や毒など、さまざまな体内の異変に作用して正常な魔力へと変換するもの。だから全然違う。そうじゃない。
『ん-、でもわかりにくいかなぁ?わかりにくよねぇ。もっとわかりやすくするわね』
にたりと笑う口の歪みのいびつさとは裏腹に無邪気にそう言ったヨーコは、先ほど自身が飛ばした背の高い女を糸で引き寄せる。
ぶらりと宙に浮かぶ背の高い女は、明らかにこと切れている。
だが、それを気にすることなく……ヨーコは自身の腕の一本に生えている長く鋭い爪を頭に刺した。
『こんな感じでね。他の魔力が入るとするでしょ?』
背の高い女の体に、なにかが注入されているとわかったのはその言葉から。そしてそれが毒だとわかったのは、背の高い女の口から紫の液体が漏れ出て、地面に落ちたその液体がジュッという音を立てたから。
『本来ならこうして、混じり合わないものは外に出ちゃうの。これは失敗』
ヨーコの糸が、背の高い女の髪を引っ張って顔を無理やりこちらへ向ける。
口だけではない。その恐怖に歪んだ瞳や鼻からも紫の液体があふれ出ており、それによって女の顔が毒に侵されて紫色に変色していく。
『だけどたまにあるらしいの。他の魔力に負けちゃってその子の魔力がなくなっちゃうことが。でも魔力は残っているから死なない。それが成功。それが洗脳魔法』
ヨーコがニヤニヤと笑い続ける。セリナたちの反応が楽しいと、嬉しいといったように。
『洗脳魔法にかかってしまった子はどうなると思う?不思議なことに、なにもなかったかのように普通に生活し始めるのよ。でもね……』
ヨーコがこちらへ背の高い女を投げる。とっさに全員がその死体から離れた。
そして……予想通り、背の高い女からは毒が煙となって漏れ始める。吸えばこちらも毒に侵されるだろう。
『そうやって、その子から漏れ出た魔力が他者を侵食するようになる。まるで、他者に分け与えるようにね。それが、洗脳魔法の全て。そしてあの子が今やっていることね』
ヨーコがちらりと見た先では、受付の女が倒れた冒険者たちを黒い煙に包んでいた。
あの黒い煙が洗脳魔法の正体?魔導具も魔法も使わず、ただ自身から出た魔力で侵しているだけ?
倒れた冒険者たちのうち、戦士は黒い煙を口からモヤモヤと吐き出したまま倒れていた。
あれがヨーコの言う『失敗』なのだろう。
『あぁっ、なんて悲劇なのかしらっ。悲劇よね?悲しいわよね?だって……』
突然、まるで演劇のようにくるくるとその場を舞ったヨーコはセリナを見る。そして両手を胸の前で組み、にたぁ、と口を今までで一番歪ませる。
その姿は。その手の組み方はまさか……!
『聖女』の祈りの姿!?
『この仕組み、貴女ならよく知っているはずだものね?』
「………………っ!」
セリナの目が見開く。
「おい。どういうことだ?おいっ」
エルンストの言葉に答えられない。セリナの中でまだうまく咀嚼できていない。否定したくなる。
だが、ヨーコの説明がそれを許さない。
セリナは必死に頭の中で整理しながら、言葉を口にする。
「世の中には……他者に自分の魔力を与えて体内の瘴気を浄化し、足りなくなった魔力を変換し治す魔法があります……」
「なにを言っているんだセリナ、その魔法は……っ!」
リオナルドは今のセリナの言葉で気づいたようで、顔を青くする。
そう。セリナはその魔法をリオナルドに見せたことがあるのだ。かつてライラを助けた時に。
それが出来るのは、分け与えられるほど膨大な魔力を持つ『聖女』のみ……!
「そんなまさか……っ!」
『びっくりした?ねぇびっくりしたでしょ!私も初めて聞いた時はびっくりしたもの!』
あはははっ!と大声を上げて笑いながら手を広げ、ヨーコが瘴気を辺りにまき散らす。
リオナルドがとっさにライラを抱きしめ守り、エルンストがセリナを氷の鎧で守る。それ以上にセリナがかけていた防御魔法が作用して、誰も瘴気に侵されることはなかった。
だが、セリナの足はよろめいた。くらりと視界も揺れる。
……セリナの中にあった常識が覆る――
「洗脳魔法は……『聖女』にしか使えない浄化魔法を失敗させてしまったもの……?」
理屈で言えばできる。自身の魔力を相手の体内に入れる。その魔力を変換をしなければ、他者の体内に自身の魔力を残せる。そして、その魔力で他者の魔力をなくしてしまえばいい。
そして魔力を与える性質だけが残ったその魔力は、そばにいるだけで魔力を、洗脳魔法を分け与える……まるで漏れ出た毒のように。
だが!そんなのはありえない!
『聖女』が一番最初に覚えさせられる魔法だ。それが使えるから『聖女』と呼ばれているのだ。今までそんな『聖女』がいたなんて話は一度も聞いたことがない!
本来その魔法は誰もが『聖女』に求める、『聖女』たるゆえんの魔法だ。
苦しみから解放されたいがために『聖女』にすがった者が、自身の魔力、すなわち命を作り変えられ『操り人形』されてしまっただなんて。
そんなこと……決してあってはならない……っ!
『ねぇ。なんだっけ?それ。なんて言うんだっけ?』
ヨーコが瘴気を抑えセリナに聞く。
口のあたりに人差し指に相当する指を当てて、頭をわざとらしく左右に揺らす。
そしていまだに信じたくないといった表情を隠せないセリナに、とどめを刺すように言った。
『『癒しの魔法』って言うんだっけ?ねぇ。『偽物の聖女』さん』




