第77話『アラネアフォビア』
「次はどっちだ?」
「……左ですが、右からも強い瘴気を感じます」
「なら右だな」
セリナの返答に迷わず右を選択するエルンスト。
浄化の粉を撒いておけばそのうちいなくなると思うが、倒しておかないと気が済まないのだろう。その性格に慣れたセリナたちは、なにも言わずエルンストについていく。
この洞窟、複雑な構造のせいで迷いやすい。瘴気があればそもそも入らないだろう動物の骨が、脇道にチラホラと見える。ここに迷い込んで死んだということだ。
セリナとリオナルドが道を完璧に覚えているので問題はないが、他の冒険者たちはどう進んでいるのやら、と思いながら進んでいると、目の前に二メートルくらいの巨大蜘蛛が現れ……そして一瞬でリオナルドによって倒された。
うーん、楽なパーティだぁ。
セリナはその先が行き止まり、かつ、魔物がいないことを確認すると、浄化の粉をぺっぺっと撒き、踵を返す。
この一週間この調子だったので、もしかしてセリナだけ冒険者の星上げが出来ていないんじゃないかと思ったが、どうやら依頼中の活躍度は関係なく、依頼を受けてこなしたという事実があれば良いらしい。
ならばと、安心して二人に任せることにしたのだ。
そうして一つだけあった冒険者カードをエルンストが懐にしまい、これ以上なにもないのをしっかりと確認したあと、来た道を戻り本来の道へと進んでいく……と、見覚えのある顔がこちらへ向かってきていた。
「お前らか……」
それは、この依頼を受けた時にいた四十代の男と十代の女のパーティ。女は男に抱きかかえられ震えている。
男はこちらを確認すると、ふっと笑った。
「忠告してやる。これ以上行くな。これはBランクが解決できるシロモノじゃねぇ」
そう言ってそのまま出口へと戻っていく。それをセリナたちは思わず少しの間見守ってしまった。
「……まぁ、逃げるのだって間違いではないからね」
「もったいねぇな。あいつ、なかなかの筋肉だったのに」
リオナルドとエルンストがそれぞれ呟く。
自分や相手の力量を見極め、逃走するのも実力のうち。自身の力を驕れば待っているのは死だ。
『ボクたちはどうするの?』
首を可愛くかしげながら聞くライラに、セリナはにこりと微笑み返した。
「進みます。私たちにはAランクの冒険者様がいらっしゃいますから、大丈夫ですよ」
「頼りになるなぁ、Aランクはよぉ」
「えぇー……」
そんなことを言いつつ、一番先を歩くのはBランクのエルンストだという事実は置いておいて。
セリナたちは再び歩き出す。その道中で蜘蛛たちをけちらしつつ。
そして、本命の瘴気に近くなったところで……セリナは、人知れず全員の防御魔法を強化した。
かけるのは一人ずつしかできないが、一度発動させたものなら全員一気に強化が可能だ。
……今まで強化魔法をかけるのはセリナ本人だけだったので不必要だと思っていたが、魔法をかけるときも一気にできるようになるべきか、そんなことを考えながら歩き……そして足を止める。
『グギュルウウウ……』
紫の毒の唾液を垂らし、セリナたちを獲物と見定めこちらを見る、十メートルはあるであろう巨大蜘蛛――アラネアフォビアだ。
周りには大小さまざまな蜘蛛に、種族の違うものの骨。その中には人間のものも見える。あれが行方不明の冒険者の末路か。
「リオナルド様」
「どうした?」
セリナはアラネアフォビアを見ながらリオナルドに言う。
「私が間違っていました。美味しそうじゃありません」
「……わかってもらえて嬉しいよ」
そう言ってリオナルドが剣を構え、エルンストがこぶしに魔力を込める。ライラは嫌そうに自身の紫の毛の一部をウロコに変えた。
次の瞬間――
全員が地を蹴る。アラネアフォビアが一番に狙ったのは一番先に駆け出したエルンスト。口から毒を大量に吐き出す。だが――
「来い!フロスト!」
エルンストが出した氷の盾が毒を全て防いだ。そのスキを狙って、セリナが魔力の糸をアラネアフォビアに巻きつけ拘束する。毒を持った足でセリナを狙うがそれを飛んで避け、さらに魔力の糸を巻きつけ……横にいた蜘蛛に攻撃されそうなセリナをリオナルドが守るように攻撃。蜘蛛は粉々に斬られた。
さらに蜘蛛がアラネアフォビアを守ろうと攻撃してくるが、ライラのウロコが大量に刺さり地面に縫いつけられて、やがて血を出し動かなくなる。
「行けます!」
「よっしゃあああっ!」
拘束が終わったセリナの一言にエルンストが飛び、アラネアフォビアの真横から強烈なこぶしを叩きつけるようにお見舞いする。
『グギャガアアアアアッ!』
アラネアフォビアが無差別に毒をまき散らすが、先ほどのエルンストのように一点集中して狙ったものならともかく、四散した毒程度ならセリナがかけた防御魔法がはじいて通さない。
『グ、グググ、グガガ……ッ!』
エルンストの攻撃を食らっても生きているアラネアフォビア。それに気づいたリオナルドが剣で追撃する。前足が一本派手に飛び、そこから紫の血が飛び散った。
……お?あの足一本なら、焼けば食べられるかな?カニに似てないかな?似てるよね?
「リオナルド様!その足だけならいけますよね!?」
「全部無理!」
「うめぇもんなら店で食えっ!」
そんなやりとりをしつつも、リオナルドがもう一本の前足を斬る。その間にもセリナは魔力の糸を駆使ながら浄化の粉を円状に撒き……そして、エルンストがまた真横から追撃した。
『グオオオオオオオオオッ!』
ひときわ大きいアラネアフォビアの叫び声があたりに響き、ひときわ暴れていた残りの足がだんだん活動をやめ……
アラネアフォビアは完全に動きを停止した。
「やったか?」
エルンストの言葉に、誰も……エルンスト本人ですら警戒を解かない。
おかしいのだ。アラネアフォビアの大きさが。
この洞窟の大きさは約十メートルほど。対してアラネアフォビアは十メートルくらい。
動きにくいだろう。
実際、戦っている最中も体を反転することができず、目の前にいる者にしか攻撃できていなかった。
このアラネアフォビアがただのおバカさんだったのか……?だが、それにしてはそばにある骨の量がやけに多い。
ここに来た冒険者がBランク以下だったから、ただ返り討ちに遭っただけか?
その時だった――
「あらぁ、早すぎませんか?」
声が聞こえた方向に全員が向く。するとそこには……受付の女がいた。
明るめの黄緑の肩まである髪に大きな茶色の瞳。着ている青のオーバーオールの服は、色は違えどギルドの受付が必ず着ていた服となんら変わらない。
そう。普通に歩き、普通に話す異様な女。そこまでの魔力を持っているわけでも、ましてや瘴気を持っているわけでもない。
警戒をしたまま、セリナはその女に問いかける。
「……何者ですか?」
「貴女と同じですよ。セリナ・ハイロンドさん」
ピクリ、とエルンストが反応した。そしてニヤリと笑う。
「これは……当たりかもしれんな」
受付の女がにこりと笑う。
次の瞬間――だらりと手足を下げ顔もうつむく。体全てに力が入っていないようだ。だが、立っている。
『これってこういうことでしょう?操り人形さん』
「――!?――」
リオナルドが聞こえた声のほうに向かって走り、なにもいない空間に剣をふるう。が、手ごたえがない。
その一瞬に感じた瘴気を追って、セリナは魔力の糸を解き放つ。巻きついた感触を感じ、『それ』を引っ張る。
すると……なにもない空間からズルズルと『それ』は出てきた。
『痛いじゃないの』
魔力の糸が巻きつけられた場所、腕の一本が火傷のように灼けている。それを嫌がり違う腕の、指に生えた鋭い爪を使って魔力の糸を切った。
『それ』は、人間の形をしていた。
女のような見た目で瞳の部分は全て黒く、黒い髪の毛のような体毛が風に揺れている。そして、上半身に四本、下半身に四本生えた足のうち、上半身の二本をまるで腕を組むようにして見せた。
セリナは、一度深呼吸をしてから問いかける。
「魔族に知り合いはいないのですが、一体どちら様ですか?」
その言葉に女――蜘蛛のような魔族はニヤリと口を歪ませた。




