第74話『エビフライ』
結果だけ言うと、洗脳魔法は解読ができなかった――
解析は夜まで続き……これ以上はなにも得られないとわかったので襲撃者は、そのまましっかりと町の警備員に引き渡した。罪状は町内での暴力行為だ。
あれだけ頭の中をいじったのだ。これからは品行方正になるか、そのまま廃人になるか。
……まぁ、そんなことはどうでも良いことだ。
「申し訳ありません……」
しょんぼりとしながらセリナはエビフライを一口食べる。
衣が揚げたてなのでザクザクという食感がまた良い。中はプリプリとした弾力があり、磯の香りが残りつつもクセが少なく甘みも感じる。濃いソースが邪魔になっておらず、さらに甘みを引き立てる。
うん。やはり、足の多い生き物は美味しい。
解析に魔力を使っただろうからもう休もうと宿を取り、近くの食堂に足を運んだ。夕食は『北国』名物と『中央国』名物が入り混じったメニューになった。
「セリナでも解析できない魔力とは……相当複雑な魔法なんだな」
リオナルドが塩バターパンを手でちぎり、その欠片を食べてから言った言葉に、セリナは首をかしげる。
「複雑……うーん、そうですね。複雑というよりめちゃくちゃといったほうが正しいような気がします」
「どういうことだ?」
「法則性が全くないんですよ。今までのパターンに当てはまらないので、その分ややこしいというか……」
イメージとしては、たくさんの色の糸が複雑に絡み合ってまるで大きな毛糸玉のようになっていて、それを全て切らずに順番に解かないといけない、といった感じか。
一つの糸を解いていると他の糸が邪魔をしてきて、その糸を解こうとするとさらに他の糸が邪魔をする。
糸自体も繊細なものがあったり、くっついているものがあったり、まるで壮大な結界の繋ぎ目のように絡み合っているものがあったりと、多彩すぎて法則がつかめない。
「それって簡単にできることなのか?」
「そうですね……魔力の使い方をキチンと把握してないからこそ、出来ている芸当のような気もします」
「んだよ。お前が頭でっかちなだけじゃねぇか」
二人の会話を聞いていたエルンストが、ジョッキに入っている酒を煽ったあとに大きなため息をつく。
セリナはそんなエルンストの言葉に、わかりやすいくらいにっこりと微笑む。
「筆記試験が赤点スレスレの人には、この気持ちはわからないでしょうね」
「ぐっ……!」
「まぁまぁ」
余談だが、ランク上げの試験で行った筆記試験。返ってきた成績を確認したところ、セリナは満点でエルンストは四十三点だった。
リオナルドによると、三十点以上で合格となり、受験者の平均点は八十点を越えるとか。
セリナの予想通り、よほど知識を持っていない者でない限りここで落ちることはないらしい。
それを聞いたときセリナはにこりと笑い、エルンストは『馬鹿な……!』とショックで震えていた。
「ケッ。使えればなんでもいいじゃねぇかよっ」
エルンストにこの煽りは相当効いたのか、そっぽを向いて骨付き肉をかじりだした。そんなエルンストを見ながらのエビフライはまた格別だ。
しかし……
「エルンスト様の言っていることも、あながち間違いではないんですけどね……」
セリナはフォークを置いて、自分の手のひらを見つめる。わかっていたことだ、と笑ってみせるも信じたくない気持ちもまだ残っているせいか、気持ちがモヤモヤとする。
「解析したくない……洗脳を解きたくない……そんな気持ちが出てくるんですよ」
セリナの言葉に、リオナルドとエルンストの手が止まる。
セリナが洗脳されているのはわかっている。だが、リアナがそんなことをするはずがない。この二つの思いがグルグルと回っている。洗脳魔法というものが存在していることは理解しているのに。わかっているのに。
色々考えすぎる頭のせいで、解析が進まない……
小さくため息をつくセリナを見て、リオナルドはにこりと優しく微笑んで見せた。
「セリナが信じたくない真実だ。受け入れるのに時間がかかるのは仕方ないさ」
「でも……それでは解析が……」
「焦る必要はないさ。やることはたくさんある」
やること……
『セリナがやることは、元気になることだよ!』
机に座りサラダを食べていたライラが、野菜を刺したままのフォークを持つ手を、ブンッと上げる。
それを聞いたリオナルドとエルンストは同時に笑う。そして、エルンストはライラの頭をグリグリと撫でた。
「はははっ。間違いねぇや。さすがライラだっ」
『ふふんっ。ボクはアイボーだからね!一番セリナのことわかってるんだ』
本当にこの人たちは、張りつめている気持ちを溶かすのが上手い。
ずるいな、そう思いながらセリナも思わず笑ってしまう。
だが……なにもわからなかったでは終わらせたくない。なにか役に立ちたいという気持ちが残る。
セリナに出来ることはこれくらいしかないのだから……
「もう少しだけ調べさせてください。『中央国』は行けそうにありませんが……あの国境の街ならばまだ出来ることはあると思います」
セリナの言葉にリオナルドはなにかを考え始め……そして、思いついた言葉を口にする。
「じゃあ、ギルドでいくつか依頼を受けよう。なにかとっかかりになる依頼があるかもしれない」
「ランクが上がったことだし、受けられる依頼が増えてるもんな。その中なら選び放題なわけだ」
Bランクの冒険者に出来そうな依頼に重要そうなものがあるだろうか?いや、そのようにカモフラージュする可能性があるか。
それにもし高ランクのものが怪しいと思っても、リオナルドがAランクだ。受けられない依頼はほぼない。
解析ができれば早いのだが……
それが思ったより進まない以上、そういった角度から調べてみるのもアリなのか……
「……わかりました。では明日、掲示板を見に行きましょう」
「おう。俺らBランク冒険者デビューだなっ」
エルンストは気合を入れるかのように、新しい骨付き肉を豪快に歯でむしり取った。
『セリナ?どうしたの?』
部屋で寝る準備をしていたライラが、窓の近くで外を見ていたセリナに言う。
寝ると言ったのはセリナなのに寝る様子がないのが不思議だったのだろう。
ちなみに、リオナルドとエルンストは別の二人部屋だ。
セリナとリオナルドが、今まで一緒の部屋で寝ていたと知ったエルンストから雷が落ちた。年頃の男女が同じ部屋などありえない、と。ついでに『元『聖女』様がごり押したんだろう』という言葉も添えて。
……まぁ、その通りなのだが。
なんなら三人部屋でいいと言おうとしたセリナだったが、大きな街じゃない限り三人部屋というのがなかなかない上、リオナルドが実はずっと色々と気を使っていたらしいので、大人しくライラと一人部屋に寝ることになった。
「景色を……ちょっと見たくて」
そう呟くように言ったセリナ。それを聞いたライラがベッドの上からセリナのそばに飛んでくる。そして同じ窓から外を見た。
『人がいるね』
「そうですね……」
街の明かりの中でぽつりぽつりと人間が歩いている。仕事帰りなのだろうか?それとも遊んだ帰りなのだろうか?それとも……
世界は回っている。誰かがなにをしていても、なにもしていなくても。
そんな中、セリナに出来ることを考えて……それができなかった自己嫌悪感がこうして夜になると襲ってくる。
出来ないのは……セリナが『偽物』だからなのか?それとも、セリナの出来ることなどなにもなかったのか?
……あぁ、また同じことの繰り返し。
その時。ライラがなにも言わずセリナに寄り添ってきた。お互いの頬を優しくこする。
『セリナ……ボク、セリナに出会えて良かった』
「……どうしたんですか?急に」
セリナから少しだけ離れたライラが、セリナの顔をじっと見つめる。そして、にっこりと笑った。
『だって、あの歩いている人のところにもしいたら、ここにいるセリナのことを知らないままどこかに行っちゃったってことになるのかなって。だからね、ここにいることができて良かったなって』
へへへ、と照れながらライラがしっぽを振る。
それを見て……セリナはくすりと笑った。
「私も……ライラに出会えて良かったと思っています」
思えばライラと戦闘した時、ライラのことをいっそ殺してしまおうなんて考えたこともあった。そのほうが瘴気にまみれた体から、この世界から解放されて良かったのではないか、と。
そんなことは露知らず、ライラはセリナを慕ってくれる。揺らがない気持ちをまっすぐに伝えてくれる。
……そのたびに、まだ一緒にいたいなと思う。
さっきまであった自己嫌悪感が消えていく。優しい気持ちに満ち溢れていく。
これも何度も繰り返す。だが、この繰り返しは好きだ。ずっとこの時が続けば良いと思う。
「寝ましょうか」
『うんっ!』
セリナがベッドに行くと、ライラが楽しそうにセリナに布団をバサリとかぶせる。細かい埃が多少舞うが、そんなことは気にもならない。
『今日のフトンのかけかたは何点!?』
「満点です。温かいですよ」
『やったー!』
ライラが嬉しそうにくるりと一回転すると、そのままセリナの頭の横に降りてきて丸まりだす。何度か動いて自分の寝やすい格好になると、セリナに微笑んだ。
『おやすみなさい』
「おやすみなさい」
そうして、セリナはライラとともに眠りにつくのだった――




