第73話『奇襲』
エルンストが無事にBランクになって一つ前の町に戻ってきたあと、セリナの体調を考えて今日はこの町で一晩泊まり、また明日調査しに行こうという話になった。
セリナは大丈夫だと言ったが、男二人だけじゃなくライラにまで否定されてはさすがになすすべもなく、しぶしぶ従うことにした。
『セリナ!あれなに?水が地面から出てる!』
「噴水ですね。今まで見てきたものとは違いますが」
『へーっ!冷たいのかな!行ってみようよ』
「風邪引いたら困るのでダメです」
『ちぇっ』
ライラが口を尖らせて宙をくるりと回る。それを見て、セリナはくすりと笑った。
そして……大きく深呼吸をする。
上を見上げると青空がそこにあった。雲がゆったりと流れる良い天気だ。少し冷たい風も気持ちが良い。
あの国境の街とそこまで離れていないのに……こんなに違うものか。
心が穏やかになっていくのがわかる。だが、まだフードはかぶったままで取れない。
『偽物の聖女』を知るものがいてもおかしくないと思うと、怖くて取れないのだ。考えるだけで体がぶるっと震える。
こんなに……私は弱かったのだろうか……?
『北国』から、自分のことがよくわからない。自問自答が毎日のように続く。
それでいいのか?本当に?……こんな言葉の繰り返し。
自分でも飽き飽きしているのに、答えが出ないせいで何度も何度も問いかける。
泣きそうになる……
「あったあった。宿だ。あそこに泊まろうぜ」
エルンストが目で示すほうを見ると、この町にしては大きめの宿があった。今回はそこまで人が多くはなかったが、国境の街に泊まれなかった冒険者が利用するのだろうか?
その時だった――
「――!?――」
セリナがジャンプしてその場から離れると、なにかが着弾し大きな音を立てる。跡を見るからに炎系の魔法が放たれたか。
地面に降り立ち、魔法を使ったであろう者がいる方向を見る……と、そいつはもうエルンストによって倒されていた。
そういえば……避けるよりも攻撃するスタイルがエルンストだった、と思い出す。
「なんだぁこいつは?」
セリナはエルンストが捕まえている男を魔力の糸で縛り上げる。襲撃者はこの男一人のようだ。
なにかをしゃべろうとしているが、エルンストに口をがっちりつかまれてくぐもった声しか出せていない。
見た目を確認して――
……そうか、この男は……
「……服装が、『中央国』城下町に住む人間のものです」
「ほーお?」
少し顔をそむけ苦々しくセリナが言うと、エルンストがにやりと笑い、その怖い笑顔を襲撃者に向けた。
ライラが『なにその顔?』と、若干引いている。
「ちょーっとお話聞かせてもらいましょうか?『中央国』の刺客さんよぉ」
そうしてエルンストはそのままズカズカと町の外――街道を外れた森の奥へと向かって歩いていき、セリナとライラはそれに続いた。今のやり取りに怯えている人間たちの尻ぬぐいをしているリオナルドを置いて……
「お前『偽物の聖女』だろ!そうに決まっている!リアナ様のためにお前を殺してやるんだ!」
ここは、つい数時間前にエルンストが『氷の鎧』の実験をしていた、『北国』側の街道を外れた森の中。そこでエルンストが襲撃者を地面に落とした直後のこと。
襲撃者の開口一番の言葉がこれだ。まぁ、予想はついたが。
セリナにとってこれくらいのことは日常だった。
『中央国』の人間は、リアナにイタズラをするセリナの噂を聞き、それに尾びれがついて『リアナを殺そうとしている』と勘違いして、セリナのことを殺そうとするのだ。そしてそれを返り討ちにする。それの繰り返しだ。
今まではそこに特に後ろ盾もなにもなかった。だが、今は少し事情が違う。
「うん、間違いないな。同じ洗脳魔法だ」
リオナルドが男を眼鏡越しに見て言う。それをリオナルドの後ろで聞いて、セリナは思わず息を大きく吐いてしまった。
これで確定だ。『中央国』の人間はみんな洗脳魔法にかかっている。
そして、それはリアナの魔法だということも。
「あの子は私を殺したいのかそばに置いておきたいのか、よくわかりませんね」
「気分で変わるんじゃないか?」
リオナルドの言葉に納得してしまった。確かにリアナは気分屋なところがある。
……別に、リアナがそれを望むのならそうなっても良いのだけど……
そう思いながら返り討ちにしていたことを思い出した。戦闘に慣れた体が勝手に反応してしまっていたのだ。
いっそ、自分より強い者が殺してくれたら……
ちらりとリオナルドとエルンストを見る。そして今の考えを取り払うように、セリナは頭を横に大きく振った。
そして、心の中で『よし!』と気合を入れて、襲撃者にズイッと近づく。
「あたしをよく見ろよ、おっさん。そんなに似てねぇよ」
「あっ!?そっくりじゃねぇか!俺はリアナ様のそばに数日間仕えたことがあるからわかる!お前は『偽物の聖女』だ!」
なるほど。こいつは元護衛か騎士かそこあたりか。魔法を使ってきたということは、護衛のほうか?
今までもただの国民だと、石を投げたり罵倒をする程度で終わっていた。殺しに来る襲撃者は、腕に自信のある人間ばかりだった。
セリナは腰に手をやり顔を近づけ、男に見えるように大きくため息をついた。
「アホか。なら死んだって話はなんなんだよ。リアナ様がいる王家が間違ったこと言うわけねぇだろ」
「それは……確かに……」
襲撃者はようやくセリナをじっと見つめる。
少しは軟化したのかもしれないと、セリナは魔力の糸を解除する。
それを見て警戒心を上げるリオナルドとエルンストだったが、セリナは気にせず襲撃者を前かがみの状態で見つめる。
襲撃者も拘束が解けたからか、あぐらをかきながらわりと冷静な表情で『ふむ』と言いながらセリナを、かつての『セリナ・ハイロンド』と見比べる。
「確かに……もっと『偽物』のほうがブサイクだったような……それに……あいつのほうが乳も小せぇ」
襲撃者がセリナの胸をギュッ!と力強く揉み、リオナルドが後ろでぴくっと反応する。
――あぁ、そういえば王城ではこれくらいのこと当たり前だったな、と懐かしい気持ちになる。
廊下に立っている時、すれ違いざま、戦場に赴いている時など、そんなに良いモノか?と思えるくらい触られた。
『体と顔はだけいいしな』とまるで常套句のように毎回違う男に言われ、無理やり部屋や森の奥などに連れ込まれた時はさすがに逃げたが、胸を揉まれるくらいなんてことはない。
まぁ、さすがに八つ当たりのように力任せに揉まれて痕ができた時は、少し嫌な思いをした。だがすぐ治るしなと思ったのも事実。
しかし……胸が大きくなったのは、あの時よりも良い物を食べているからだろうか?
旅に出る前は『聖女』としてのスタイルを保たなければと『教育』されていたが……最近、自分の体形など気にしたことなかったな。
――などと思った時には、リオナルドによってセリナは襲撃者から強制的に距離を離されていた。
……あれ、いつの間に?
「ちゃんと怒らないとダメだろ?」
にこりと笑うリオナルドが怒っているのがわかった。
ものすごーく怒っていて……あの……怖いです。
エルンストとライラが遠くで『こわぁ……』と呟きながら身を寄せ合って引いているレベルだ。
いや、でも、別に減るものじゃないし良いのでは……
そうセリナは思うのだが、それを口にしたら最後、襲撃者はリオナルドに殺される。リオナルドに『殺す』などという言葉は似合わない。だが、その表現以外思いつかないくらい怒ってる。
それは色々な意味で困る。ならば……
「女を襲撃して胸まで揉んだんだ。ちょっとくらいなにかされても文句はねぇよな?」
セリナはその言葉と同時に、再び魔力の糸で襲撃者を捕まえる。
「え?ひ、人違いってわかったんだし、見逃してくれよ」
話をすれば、こうして態度が柔らかくなるくらいには洗脳されていないらしいこの男。
だが、一時でもリアナのそばにいたとなると、洗脳魔法の解析のし甲斐があるというもの。
セリナはリオナルドから離れるとにっこり笑い、両手をワキワキと動かしながら襲撃者のほうへ近づく。
「大丈夫。ちょっと頭の中を調べるだけだから」
「ひっ……!いや、ちょ!や、やめろおおおおおおおおおおおお!」
襲撃者の絶叫が森の中に響く。
いやいや。本当に絶叫するのはこれからだから。そう思いながらセリナは襲撃者の頭に向かって魔力を込めた手をかざした。




