第72話『実技試験』
「三の紙をお持ちのかた、どうぞ」
セリナが呼ばれ、待機場所から受付の男が指す部屋の前に行く。
扉をノックしようとして、やめた。かわりに大きく深呼吸をする。
ドアを少し乱暴に開けると、そこには三人の男女が座っていた。その前には長い机と一つのイス。そこに座れということだろう。
机の上には大量の紙。おそらく受験者のアレコレが書かれているようだ。
そして男女の後ろにはとても広い、なにもない白い壁と床の部屋。前にある部屋はなんの変哲もない普通の部屋なのに、ガラス張りのドアと壁の向こうが別の空間になっている。
そして……三人ともセリナの顔を見て固まっていた。
大丈夫……
セリナは大きくため息をつく。そして首を左右にかしげ、ポキポキ鳴らしながらイスに座った。
足は多少広げ、背もたれに体を預け、軽くこぶしをつくって足の上に置く。
「それで?面接ってなにやればいいんだ?」
男女のうち、唯一の男がセリナを指さす。
「に、に……『偽物の聖女』――」
「あーあー、そういうのもういいから。そいつは死んでるんだろ?あたしは別人だって―の」
手をブンブン振って、言われすぎてうんざりしているという演技をすると、三人の表情が少し緩和する。
「でも……声もそっくり……」
「知らねぇよんなもん。じゃああたしは『聖女』様の生まれ変わりってか?ハッ、光栄だね」
戸惑いを見せる三人。ひそひそと三人で話し始め、それをセリナは少しの間黙って聞くことにした。
試験官が納得しないと試験に合格できそうにないからだ。腕を組んで待つ。
「そ、そうなのかな……うぅん、でも『偽物の聖女』は『偽物』だったとはいえ、もっとまともだった気も……」
「だがあいつならなにをしてもおかしくないぞ?リアナ様を蔑むようなやつだ」
「じゃ、じゃあ本当に生き返ってきた?まさかまたリアナ様を傷つける気か?」
その瞬間――
ダンッ!と大きな音を立てて、セリナは足を机の上に置いた。机の上にあった紙が四方へと飛び散る。
「ひっ!」
「あたしは『中央国』出身。そのあたしがリアナ様になにをするつもりだって?冗談でも言っていいことと悪いことがあんじゃねーの?」
不機嫌な態度に魔力を込め、本当にキレているように見せる。実際に怒っている。
かつて『自由』になりたいという目的があって噂やイタズラをすることはあった。だが、なんの理由もなくリアナになにかをするなんて出来るわけないじゃないか。
セリナのそれを見た三人は懐疑的な目からだんだん変わっていく。共感と、信頼の目に。
やがて男はごほん、と咳払いをして、セリナに向き合う。
「……それもそうだ。すまなかったな。面接を始めよう。足を降ろしてくれないか」
「ちっ。最初からそうしとけっての」
セリナは足を降ろして再び足を開いて座る。不機嫌そのもの、という態度はなくさないままで。
一人の女――眼鏡をかけて三つ編みをした女が改めて、持っている紙を見ながらセリナに質問を投げかける。
「出身は……」
「さっき言った。『中央国』だよ」
「冒険者を目指した理由は?」
「推薦。あと面白そうだったのと便利そうだったから」
「推薦、というと……推薦者の欄に名前がある、Aランクの冒険者のことですか?ご関係は?」
「冒険者の先輩。色々アドバイスくれる」
「星の上げかたが早いですね」
「先輩についていったらそうなっただけ」
「なるほど……」
眼鏡の女が紙とセリナから目を離し、もう一人の女に目配せをする。
するともう一人の女――長い髪をポニーテールにして、仰々しい鎧を着た女は立ち上がり、奥にある広い空間に向う。
「こちらに来て、なにか実力を見せてほしい」
「そこは?」
セリナが立ち上がりそこに向かいながら言うと、鎧の女はふっ、と笑う。
「Bランクに見合う実力があるかどうかのテストをする場所だ。なにをしても床や壁に傷がつくことはない。安心して実力を発揮してほしい」
部屋に入り、ガラスのドアを閉めて見るとなるほど、なにかの魔法がかかっていることがわかる。攻撃を吸収する魔法と言ったところか。
そうして、試験官はこの鎧の女以外はガラス越しに実力を見ている。
だが、これくらいの魔法であればセリナの実力を発揮するとすぐ壊れる。受験者が初心者のCランクだとタカをくくっているように見える。
……さて、どうすべきか。
少し考え……セリナは深呼吸をすると、左手の人差し指から魔力の糸を出した。
そしてそれを少しずつ伸ばし、自身の右腕に巻きつける。
ゆっくりと……まずは一巻き……それから……うーん、どうしようかな、二巻き……までいこうか、その手前でやめようか……悩むな……いや、でも、それくらいは大丈夫か?
そうやってじっくり悩みながら、魔力の糸を腕に巻きつけ二往復させたあたりで……セリナはそれを解除しゼェゼェと息を荒くして見せた。
「ど、どうよ?」
「素晴らしい!」
にやりと笑うセリナに、鎧の女が大きく拍手をする。
「Cランクとは思えないほどの魔力の精度、そして魔力量だ!これだけ魔力の糸を伸ばせるなんてそうそうできない!」
――そう。魔力量をほとんど必要としない上に、なにかと便利だからとセリナがよく使っている魔力の糸。実は基礎中の基礎の魔法ではあるが、長さを維持しつつ操作するのは難しい。
魔力の糸を他人が見ても見えるくらい伸ばせてようやく人並み。操作出来たら実力者。糸が長ければ長いほど、魔力量が多いことを示している。
「うん。合格でいいだろう」
なにもない部屋から出ると、男がうなずきながら笑って言った。女二人の評価の総合判断を男がしているということか?
まぁなんでも良い。これでBランクにいけそうだ。
「あざーっす。それで?これからどうしたらいいの?」
「この紙、を……受付に持っていったらあとはやり方を教えてくれる。合格だ。おめでとう」
「どーも」
男がなにかを書いた紙を受け取り、セリナはそのまま三人を見ることもせずに部屋を出る。
セリナが廊下に出ると同時に、横の部屋から男が出てきた。同じ冒険者で面接をしたのだろう。ガッカリとした顔をしている。
そしてその横の部屋に入っていく女。ノックをして丁寧に中に入っていく。
入る前は気がつかなかった。面接部屋は全部で三部屋あったのか。
「お?どうだったんだ?」
「あたしが落ちるわけねぇだろ」
「……本当にそれ俺か?腹立つな」
エルンストの言葉ににやりと笑いながらセリナが言うと、エルンストが心底嫌そうな顔をする。エルンストはこれからなのだろう。まだ『二十七』と書かれた紙を持っている。
セリナは大きく息を吐く。
「……先行ってろ。ライラに癒してもらえ」
「そうするわ。じゃ、お先に」
エルンストに背中を押されセリナは歩き出す。そのおかげか若干吐き気が収まったような気がした。
あぁ、もう嫌だ。この街にいたくない……
そう思うが、まだやることはある。逃げるわけにはいかない。
何度も迷惑をかけるわけにはいかない。今頑張らないでいつ頑張るというのだ。
セリナは受付まで行く。そこには女がいた。先ほどまでいた男は面接の待機場所にいたので、この女に渡せば問題ないだろう。
そう思い女に無言で紙を渡すと、顔と紙を何度も交互に見られ……
「お、おめでとうございます!では、水晶に冒険者カードをかざしてください」
言われるままに冒険者カードをかざすと、カードは淡く光り……その光が消えた時にはカードの色が緑に変わっていた。Bランクの色だ。そして、星がなくなっていた。また集めろ、ということなのだろう。
「これからも頑張ってくださいね!では、お疲れさまでした!」
冒険者カードをかざしている間に用意されていた、筆記試験の解答用紙をセリナが受け取ると、受付の女が勢いよく頭を下げる。それを横目で見て、セリナはその足ですぐにリオナルドとライラが座っている場所へと向かった。
そして――
「え?」
「さ。いったん街を出ようか」
リオナルドにまたしても抱きかかえられ、街から退散したのだった。




