第71話『筆記試験』
再びやってきた国境にある街。
正確にいえばここはまだ『北国』だということ、つらくなったら一つ前の町に戻れば落ち着くことができるということ。その町は歩いて1時間程度の場所にあり、すぐに行けるということ。
なにより、動けなくなってもなにとかしてくれる者がいるということが、セリナの心をなんとか落ち着かせてくれていた。
街は相変わらずどんよりした空気をしており、青空が良く見える天気なのに灰色の景色に見える。この街にいて平気に暮らせているのが不思議なくらいだ。
瘴気に似ているがそれなら視覚的に見えにくくなるし、セリナの防御魔法が弾いてくれる。だがこれは全くの別物だ。
悪意?敵意?いや、どれも違う。わからない。この独特の力はなんと言ったら良いのだろう……
「行くぞ」
セリナがその言葉にうなずくと、エルンストが小さく『よし』と言って歩き出した。
フードはかぶったまま。一応の対策だ。
もし『偽物の聖女』とバレたなら、リアナの洗脳魔法にかかっている住民に追い出されるか捕まってしまうだろう。そうなると試験どころではない。
なんとか騙すつもりではいるが、それでもダメなら、最終手段で顔を変えられる魔道具『仮相のヴェール』をリオナルドからもらえることになっている。
だが……できれば素顔のままでいきたい。
セリナはセリナなのだから。
そうして辿りついたのは大きい建物――ギルドだ。
中に入ると……どうやら酒場も経営しているようで、中には客がそこそこ入っている。
その他のギルドとの違いと言えば……
これまでも街ごとに違いはあったが、ここには特に依頼書が多く貼られており、冒険者たちが掲示板の前にたむろしている。
星のポイントを稼ぐにはもってこいの場所だし、そんな冒険者を狙って依頼を出す連中も多いのだろう。お互いにメリットがある場所ということだ。
そこまで確認したあと、セリナたちはさっそく受付に行き……そこにいる男に話しかける。
「ここで冒険者ランク上げの試験やってるって聞いたけど……」
「あー、はいはいやってますよ。冒険者カードを……って、お前……!ま、まさか、に、『偽物の聖女』……?」
セリナは大きく息を吸う。そして吐くと同時に足を広げ、腰に手をやる。
そしてちらりとエルンストを見てから、受付の男をジト目で見た。
「あぁ?まぁーたそれかよっ。そいつもう死んでるんだろ?こっちは幽霊じゃねーっての。間違われるといい迷惑なんだよ」
「え?ち、違うのか?そ、そうか確かに、もう死んでるのか……」
「そんなことより、早く試験のやり方教えてくれよ。こっちは星のポイントが上限までいくとたまらないって依頼受けたあとに気づいて、すげーイライラしてんだよ」
「あ、あぁ。えぇと、受けるのはお前、いや、君だけでいいんだね」
「俺もだ」
エルンストがここで初めて声を出すと、受付の男はその声に驚く。それだけセリナに集中していた証拠だ。
「えーと、じゃ、じゃあ。二人はこの紙に名前を書いて水晶に冒険者カードを。ランクと星を確認したらすぐに面接と試験を始める」
「あ?日にちとか決まってねぇのかよ」
「君みたいにせっかちな冒険者が多いんだ。だから試験は年中受付になっている」
「ふーん」
話をしながら名前を書き、冒険者カードを水晶に添える。すると冒険者カードは淡く光り、そして消えた。
「えーと……魔法使いの、セリナ……と、戦士のエルンストでいいのかな?」
「疑うのはやめろっつーの。名前までその死んだ『聖女』と一緒ってんで、いろんなヤツから言われてもううんざりしてんだからよぉ」
「そ、そうか……いやでもあの『偽物』にAランクの冒険者が、推薦者として名前を書くわけないし……人違いか……」
「あ?」
「い、いや。じゃあ、そこの酒場で座って待っていてくれよ」
受付の男が奥に引っ込んでいき、セリナたちは言われた通り酒場の空いている席に三人で座る。
リオナルドはこらえきれなくなったようでははっ、と小さく笑い、エルンストが眉にしわをずっと寄せて嫌そうな顔をしていた。
「お前……俺の真似だろそれ」
「バレたか。似てるだろ?」
「似てねぇよ」
『そっくりだよ?』
ライラに言われ、エルンストは『ぐっ……!』と口をつぐむ。
普段のセリナの正反対の人物といえば……と、とっさに思いついたのがエルンストだった。それだけだったのだが、真似がしやすくて助かるなと思いながら大きく息を吐く。
「これで少し待てば筆記試験と面接、実技試験があるはずだ。全て簡単なものだから安心していい」
「リオナルドは……もちろん満点だったんだよな?」
リオナルドがセリナの口調にこらえ切れずに吹き出す。
「ぷっ。そ、そうだな。ふふっ、初めての試験だったし、緊張してたから満点とはいかなかったが、一発合格できたよ」
「……今からでも変えられねぇのか、その真似」
いつの間にかリオナルドが注文を取っていた飲み物が届き、それを全員で警戒しながらも飲む。普通の紅茶だ。特別美味しいわけでもない。しいて言うなら……いつだったかのお茶会で無理やり飲まされた時に舌を火傷して、そこにいる者たちに笑われた記憶のある味だ。
せっかく頼んでもらった紅茶だが……そっと机の上に置いてふぅ、とため息をつきながら周りを見る。
酒場でやけにソワソワしている者がいる。おそらくセリナたちと同じ受験者なのだろう……って……
「くくく、また会ったな……おっと、やめときな。今日の俺はお前らを狙っているわけでも、依頼があってここにいるわけでもねぇ。単純に試験を受けに来たのさ。Bランクになって傭兵業と冒険者を併用しようと思ってな。もしかしてお前らもか?不合格になって泣く姿が楽しみだぜ」
勝手にこっちに向かってペラペラとしゃべって、どこかに去っていく黒いローブの傭兵。
見覚えのある黒ローブだ。
相変わらずズレたことを言い、唐突に現れては消えていくな……というか、どうやって『北国』の牢屋から抜け出したのだろう?いや、いいや。害はなさそうだし放っておこう。
「なんだあれ?知り合いか?」
「いや、全然」
「知りません」
エルンストがわけのわからないといった顔をしながら言った言葉に、セリナとリオナルドは同時ににっこりと笑い、否定の言葉を発していた。
……と、そういえば。
「傭兵と冒険者の違いってなんなんだ?」
セリナの中では、冒険者も傭兵も大差はない。『魔法使い』や『戦士』のような職業のようなものか?くらいの認識でいた。
そんなセリナの質問にリオナルドが答える。
「あまり大きな声では言えないけれど……」
リオナルドが苦笑しながら声を小さくして話しだす。
「冒険者はギルドから依頼されてこなす者たちのことだ。依頼したい者がそこの掲示板に依頼書を貼り、そこから好きな依頼を選んで報酬を得る。やることは、部屋の掃除やら魔物退治やら多彩だ。ギルドからの依頼もある。依頼書を貼らずに直接受ける場合もあるが、それでもギルドは必ず通すことになってるね」
そこはセリナが今まで思っていた認識と相違はなさそうだ。
「傭兵は……ギルドを通さない依頼。まぁ、表向きは冒険者ではこなすのが難しい依頼を、依頼主から直接聞いて受ける。そして報酬を得るわけだ」
……なるほど。リオナルドが言いよどむ理由がわかった。
まず依頼者はロクでもない人間なのだろう。すぐに思いつくのは貴族やら金持ちだ。
そして、依頼もロクでもないもの。ギルドの掲示板には貼れないような……例えば殺人、誘拐、奴隷売買など。
そういったことで依頼を受け報酬得るのが傭兵か。
ギルドも国も、依頼者がなまじ地位を持っているからなにも言えない……そんなところか。
そこまで考えて、あることを思いつく。リオナルドも思ったのか、二人で顔を合わせた。
一応、自称はしていたけれど……
「あの人……本当に傭兵なのか……?」
「さぁ……?」
「冒険者の試験を受ける人、準備ができたのでこちらへどうぞー!」
うん。どうでも良いか。
受付の男の声が聞こえ、セリナとエルンストが立ち上がる。
『頑張ってね!』
「いってらっしゃい」
ライラとリオナルドに送られ……向かった先は……割と広い部屋で、机とイスが個別に並んでいる。
「じゃあどこでもいいので、紙が置いてある場所に座ってください。その紙に書かれている問題を解いたらこちらに渡して、再び酒場でお待ちください。採点が終わり次第面接に入ります」
受付の男が慣れたように言う。
セリナは一番後ろの端に座り、机の上に置いてある紙が裏返しになっていたのでめくり……深呼吸したあと近くに置いてあるペンで止まることなく回答していく。
そしてその紙を受付の男に渡し、すぐに酒場に戻ってきた。
その約十分後。エルンストが戻ってくる。
「魔力のことなんて知らねぇよ。筋肉で魔力の巡りを良くして殴るだけだろーがよ」
頭をポリポリと掻きながらエルンストが言う。セリナにとっては簡単だったが、エルンストには案外難問だったらしい。
「まぁでもあの程度の問題なら、その認識でいれば通ると思うぜ?それくらい簡単で、よほど間違えない限り合格できそうだったからなぁ」
「……本当にやめろよ、その真似」
『すっごい似てるよ。セリナすごいよ』
「おう。ありがとな」
「……ぷっ。ははっ」
「……笑ってんじゃねーよ、リオナルド」
そんな雑談をしていると、また受付の男が顔を出す。
「受験者はこちらへどうぞ―!合格者はここで番号をお渡ししますので、面接会場に向かってくださーい!」
セリナとエルンストは再び立ち上がり、受付の男のところにいく。
セリナは『三』と書かれた番号の紙を、エルンストは『二十七』と書かれた紙をもらい、面接会場に向かった。
……先ほどの筆記試験でも思ったが、エルンストがいるといないとでは全然違う。落ち着けるのだ。
それを見越して冒険者になると言ったのだろうか?というのは考えすぎか?
だが……何度も深呼吸しながら歩き、たまに足取りが重くなるセリナに合わせて一緒に進んでくれるのは本当に心強い。
……真似した状態でお礼言うと嫌がりそうなので、その言葉は後に取っておこう。
そんなことを思いながら面接会場にたどり着く。
セリナの思った通り、あの筆記試験を受けた者たちほとんどがその場で待機していた。
「あん?あの黒ローブいねぇじゃねーか。なんだったんだあいつ?」
「さぁ?」
エルンストの言葉を、セリナはさらりと流すことにした。




