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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第一章『東国(ひがしこく)』編
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第07話『監視』

リオナルドに私はにこり、と笑顔を向けた。するとリオナルドの表情がわずかにピクリ、と反応する。

気づかれないようにしているつもりだろうが、リオナルドの緊張感はじゅうぶんに伝わってきた。


「今の私はただの『セリナ』です。国や家もなにもない。追放された身ですから」

「なるほど」

「しかし、さすがのご慧眼ですわね。この『東国』の騎士のみなさまは人を見る目に長けているのかしら?」

「安心していい。ここまでわかるのは私だけだ。それほどまでにセリナは完璧すぎる。その『すぎる』に違和感を持てるやつなど、この世に何人いるかわからない」


――そう。それは僥倖(ぎょうこう)


まずリオナルドが『騎士』という言葉に反論しなかったこと。リオナルドは騎士だと頭の中にインプットする。

それと……

こんな。こんなにもよ。人の過去を言い当てるようなヤツがこの国にたくさんいるのなら、『東国』を今すぐにでも滅ぼしてもいいとさえ思ってしまったわ。

そんなことを考えると、今度はリオナルドの指先がピクリ、と反応する。リオナルドの観察眼の鋭さに驚きながら、自分の未熟さを再認識。

落ち着いて、冷静に冷静に。


普段のお茶会や社交界などのパーティにほとんど『聖女』として出席したことがなく、出席したとしても『聖女』リアナの侍女のような立ち位置にいたから、こういう化かしあいは慣れてない。みんな、私にはなにをしても問題ないと思って罵詈雑言叩きつけてくるだけだから、それを微笑んでただ聞き流していればよかったからね。

まぁ、さすがに私に危害を加えてきそうなものは避けたけど。おかげでますますみんなのお口が過ぎていったっけ。それも聞き流していた。かわすことはできても化かすことはできないみたいだ。

……しかし、この二十五年間そうやってやり過ごしてきてみんな騙されていたから、実は私ってなんでもできるのでは?なんて完全に慢心していたわ。謙虚に謙虚に、と。


一度気持ちを落ちつかせるために紅茶を一口。もうリオナルドには自分のことを隠す必要などないだろう。素の自分で接しよう。これも初めてのことかもしれない。普段の自分で行動ができるのはとても楽だ。


「安心してくださいリオナルド様。私はなにもいたしません。ここにいる『セリナ』はただ自由に生きてみたいと思っただけのちっぽけな女です」

「……自分の評価は知っているだろう?」

「はい」

「……よく『セリナ』と名乗ったね。偽名だったら私ももう少し考えたかもしれないのに」


セリナという名前は珍しいものではない。他の『偽物の聖女』の特徴である長い髪は切った。紫の髪色などどこでも見るし、青の瞳の色もよくあるものだ。だから別に良いと思った。

それに今まで偽名を使ったことがない。

馴染みのない別名を使うことになると、どうしても不自然さがでてしまう。それで正体がバレたくなかったというのもある。


「私はただの『セリナ』です。ありのままの自分で、ありのままの世界を自由に楽しみたい。そこに偽名など不要です」

「……もう一度聞こうか。なにをしにこの国へ来た?」

「自由を求めて。その第一歩としてこの国を選びました」

「それは光栄だね。しかし、信じられるとでも?」

「簡単に信じてもらおうとは思っておりません。ですが私は本当のことしか話していません」


しばしの沈黙。お互いに目をそらさない。リオナルドはじっと私を見つめる。表情こそは穏やかに笑っていても瞳は真剣だ。


ややあって――

沈黙を破ったのはリオナルドの小さなため息だった。


「……私個人としては信じたい。自分の見る目を信じているんだ。だが、君が本当に『偽物の聖女』ならばこのまま見逃すわけにはいかない」

「それはとても残念です」


見逃してくれないのならリオナルドをどうにかして丸め込むか、それとも逃亡するか……?

だがリオナルドは手ごわい。簡単に丸め込めるとは思えないし、かといって、せっかくの自由が逃亡生活なんて台無しなことになりたくない。

それならばまたなにか偽装でもしようか?そう思っているとリオナルドが口を開いた。


「しばらく監視させてもらい、それで判断しようと思う。なので君にしばらく同行させてもらう。いいかな、セリナ?」


私が『偽物』と呼ばれていても、その称号はなくなったと言っても。自分より地位の高い『聖女』だとわかって一応確認を取るのね。

でも私に選択肢なんてないでしょう?というか、私はもう元『聖女』なのだからそういうことはやめてほしいとさえ思う。

でも今は好都合。リオナルドのような周りに人望がありそうで、なおかつ『偽物の聖女』に同行できる実力、地位を持っている者がそばにいれば、自然と私の潔白が証明されるわけだ。

私はパァ、と笑顔を輝かせ手を胸の前で合わせる。


「もちろんです。右も左もわからない身ですので、リオナルド様が一緒ならこんなに心強いことはありませんわ」

「決まりだね。じゃあさっそくだけどこれからどうしようか?どこに行くつもりだったんだい?」

「なにも考えておりませんでした。この街に着いたばかりなので、とりあえず観光してそのあとは……そうですね、小銭を稼ぎながら国中を観光しようかと」

「ふむ。それならば冒険者になるといい……私の見立てでは相当な魔法使いになれると見た。君ならやっていけるだろう」

「ふふ、ありがとうございます」

「それに、冒険者としてのランクが上がればいけない場所にも行けるようになる。世界中を自由に見て回れるだろうさ」

「まぁ、それは素敵ですわね。ではさっそく登録しにいきます」

「……うーん……」

「……?どうなされました?」

「……君は……本当に魔物が怖くないんだな。いや、その、自分で言っておいてなんだが、セリナは『聖女』のイメージとはずいぶんと程遠い……」


全く動じない私にとまどうリオナルドを見て、私は目を丸くしたあとくすくすと笑ってしまった。


「だって私は『偽物の聖女』ですもの」

「………………」


珍しく穏やかな笑みから困惑した表情を浮かべるリオナルド。蔑称だとわかっているからだ。自分を卑下しているように見えるだろうか?でもこれは本心だから仕方ない。


――この男のような、人の中身を見てくるような者に下手に小芝居を打っても無駄だ。私が未熟なのもある。だからといって全てを明かす必要もない。そうやって接していけばいずれ信用を得られるだろう。

実際に、私の人となりが気になって仕方がないでしょう?とまどい、驚き、安心し、スキをみせてくれたらつけこむから、その時に私を解放してくれたらいいわ。


「それに、今の私にはリオナルド様がいらっしゃいますもの。心配はいりませんわ」


――あぁ、リオナルド、あなたに会えて本当に良かった。

おかげでこの世界で自由を得られるのかもしれないと思うと、この出会いには感謝しかないわ。


「……そう、だな……よし、わかった。それじゃあ行こうか」

「どこにですか?」

「冒険者ギルドへ……と言いたいところだけど、まずは戦いやすい服に着替えないとだね。この街には良いものがたくさんあるから、好きなものを選ぶといい」


そう言って紅茶を飲み干すリオナルドのを見たあと、私も席を立ったのだった。

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