第69話『カイゼル』
カイゼルは忙しい毎日を送っていた。
自身の上司であるリオナルドが任務で『東国』からいなくなり、その代理をすることになったからである。
リオナルドという男は、二十七という若さにして『東国』騎士団副団長を任命され、さらに第一騎士団の団長をも務める天才という言葉が似合う青年だ。カイゼルはその第一騎士団の副団長をやっていたことと、リオナルド本人の推薦により代理を務めている。
今は団長室で書類整理の時間だ。
「カイゼル様、こちらの書類に目を通していただけませんか?」
「カイゼル様、このお話についてなのですが」
「カイゼル様、聞いてくださいよ……!同期のあいつのことなんですけど……!」
第一騎士団の主な任務は治安維持と情報収集だ。そのために潜入捜査などの危険な任務をこなすことも多い。
リオナルドはその美貌を使い、ワザと街中を歩き注目を集めることで犯罪の抑止力となっていた。騎士団がうろつくところで犯罪を犯せる者はそういない。
そしてその顔の広さを逆手に取り、変装することで潜入任務もこなす。実にうまいやりかただと思った。
しかし、カイゼルは思っていった。
――あいつはいつ休んでいるのだろう?と。
毎日訓練をし、街の警備をし、潜入任務をこなし、必要書類を片付ける。
さらに部下の愚痴も聞き、会議にも出て……
こうしてリオナルドの代理をやるだけで、どれだけ凄いのかよくわかる。
「……本当に……すごいよな、あいつは……」
カイゼルがポツリとひとりごとをこぼす。
リオナルドが十二歳で騎士団に入団した頃、カイゼルはすでに入団五年目の二十一歳だった。
当時は先輩としてカイゼルはリオナルドに接していた。しかし思ったのだ。あんな軟弱者はすぐに辞めるだろう、と。
見目が麗しく礼儀も正しい少年。だが、なにを考えているかわからない上に、人の心を見透かしてくる。
どうせただの憧れで入団したのだろう。だが、そんな軽い気持ちでやっていけるほど騎士団は甘くない。
そう思っていたのだが……リオナルドはみるみるうちに出世し、いつの間にかカイゼルを追い越していた。
その時は憎らしくも思った。嫉妬だ。
そう思っていたヤツはカイゼルだけじゃなかった。コネだろう、その見た目で誘惑したのだろう、そんな噂が飛び交った。だが、リオナルドは実力で黙らせた。
すると、どんどんリオナルドの周りに人が増えていった。今やリオナルドを妬む者がいるのかどうか。
カイゼルもその内の一人だ。
リオナルドの凄さは、副団長として一番近くで見てきた自分が一番わかっている。今はそれくらいの気持ちだ。
そんなリオナルドの、そして『東国』の役に立てるのなら、これくらいの仕事量なんでもない。大丈夫だ。
そう思い、気がつけば止めてしまっていた手を動かし始める。
その時――
連絡用の水晶が光った。
「リオナルド。どうした?」
『カイゼル、そっちの様子はどうだ?順調か?』
いつもの心配性が出てきていたのかと、ふははっ、と笑い声をあげる。
「大丈夫さ。お前に出来る仕事だぞ?俺にも出来るさ」
『……目の下のクマを綺麗にしてから、そういうことは言ってくれ。けど、まぁ、軽口が叩けるなら大丈夫そうだな』
「心配してるのか安心してるのかどっちだ」
『どっちもだよ。私はカイゼルを信じているからな』
本当にそうならばこんな連絡などしてこない。だが、それがリオナルドの性分だ。
まぁいいさ、いくらでも心配してくれ。そのたびに大丈夫だと言うから。
カイゼルは座ったままだが胸に手のひらを当てて、リオナルドに騎士の礼をして見せた。
「こっちは特になにもなく、平和そのものであります団長殿。天気も良くて風が気持ち良いです。以上」
『ははっ、それは良かった。これから街の偵察の時間だからな。きっと気持ち良い散歩になるだろうさ』
「……もうそんな時間か。じゃあ今日も団長殿がいなくなって寂しがるレディたちの相手をしてくるか」
『ほどほどに頼むよ。それじゃあ』
水晶の光が消える。
なんだ。なにかあるのかと思ったのに……本当に、ただ心配して連絡してきただけなのか。
「……ったく」
こぼれた笑みを隠さないまま、カイゼルはイスから立ち上がり大きく背伸びをした。
無精ひげはいつものことだが、もう少し整えておいたほうが心配性の気を楽にさせてやれそうだな。
そんなことを思いながらカイゼルは歩き出す。
部屋のドアを開けて更衣室に向かい、騎士団の服から偵察用の服に着替え、外出の許可を取る。
「……本当に良い天気だ」
外に出ると、さわやかな風がカイゼルの頬を撫でた。木々がゆったりと揺れ、雲が流れる。
「副団長、偵察ですか?自分も行きますっ」
部下の一人が声をかけてくる。いつもは一人で行くが……たまにはこういうのもいいだろう。
「よし。行くぞ」
「はいっ!」
部下が嬉しそうについてくる。そんな姿と昔のリオナルドを重ねてしまった。昔のことを思い出してしまったからか?と一人、心の中で笑う。
城下町に向かい、いつもの騒がしい街並みに目を向けながら歩く。
カイゼルは店主たちの声かけが好きだった。パワフルで、粋で、とても気持ちの良い買い物をさせてくれる。そんな店主も買い物客も、住民も観光客だってみんな笑顔だ。
そんな『東国』がカイゼルは好きなのだ。だから守ろう。そう思っている。
あいつが帰ってくるまで。いや、帰ってきてからもずっと――
「うわぁ……見てください。すごい綺麗な人がいますよ、副団長」
部下がそう言ったので諫めようとして、カイゼルもそちらを見て……固まった。
そこには――確かに美しい女性がいた。数人の女性を引き連れているようで、そう考えるとどこかの令嬢だろうか?
白のワンピースと帽子が良く似合う、グラデーションがかかったベビーピンクの長い髪の女性……
そしてその容姿はまるで……天使かなにかのような……
人間とは思えない美しさと愛らしさを持った女性が、場違いにもそこに立って、いや、降臨してるようだった。
「えへへっ。また来ちゃった。東の国っ」




