第68話『エルンスト』
『北国』王城にある城下町から南下すること一週間。『中央国』に向かって歩みを進める中、エルンストは街によると必ずギルドに行き、自分がこなせそう、かつ、道中の足を止めなさそうな依頼を受けていた。
今回の依頼は近くにある洞窟から出てくる魔物を倒すというものだった。
依頼書を見た限り大した魔物ではないこと、手間の割に恩恵がデカそうということ。なにより街を困らせる魔物は退治しておきたいということ。そんな理由で依頼を受け、洞窟へと向かった。
城下町で生まれ育ったエルンストにとって、他の街や国はあまり馴染みがない。そのせいか心が躍っている。
まだ星がたまっていないというリオナルドもエルンストを手伝うことで、洞窟退治がサクサクと進んだ。
そして今、洞窟の最深部でボスであろう魔物を倒したところだった。
「これで依頼は完了だな」
「そうですね。お疲れ様です」
エルンストはリオナルドとお互いの出した腕同士を合わせる。そして、ふーっと息を吐きながら辺りを一応見回し……なにやら難しい目でボスを見つめるセリナを発見した。
『星上げを手伝わない』と言った通り、セリナはまったく手伝わず、今回もしぶしぶ浄化の粉を後ろから撒いていた。ちなみに浄化の粉の代金は、今回の依頼を受けたエルンストが出した。高すぎて店主にキレそうになった。
しかしそのおかげで、洞窟内の空気が澄んでいる。『北国』の澄んだ風が洞窟の最奥でも感じられるのは不思議な感覚だが、とても心地良い。
「どうした?なんかあるのかその魔物」
エルンストが声をかけるとセリナは一瞬エルンストを見て、すぐにまた魔物をじっくりと見始める。口に手を当てるのはセリナのクセだとエルンストは思った。
「いえ……あの……」
「なんだ、気になることは言え」
セリナの横を飛ぶライラが心配そうにしている。セリナが大好きで、裏表がないライラをエルンストは気に入っている。慕われているセリナが羨ましいほどだ。
そして……セリナは神妙なまま口を開く。
「今まで私、口に入ればなんでも良かったんです。でも料理スキルの必要性を感じてしまって……」
「……いや、セリナ。その魔物は食べられないから」
「ええっ!?」
呆れているリオナルドの言葉に、セリナが驚きの顔を隠さずそのまま固まった。
……あぁ、そう言えば『東国』で足の多い生き物を食べて気に入ったんだっけか?と、ボスだった巨大ムカデのような魔物をエルンストは見て納得する。
女なら、いや、男でもこんなん食べようと思わねぇよ。と、心の中で笑ってしまった。
どうもそこのところ、ウチの元『聖女』様は変わっているらしい。でもまぁ、なんとなく聞いた生い立ちを考えれば当然か。
エルンストは頭をポリポリと掻きながら、出口のほうを向き歩き出す。
「終わったんだし帰るぞ。街に戻れば美味い食べ物いくらでもあるだろうし、それでいいじゃねぇか。食い意地はってんな、元『聖女』様はよ」
「セリナです。私は食の可能性について説いてるだけですっ。エルンスト様のようなバカ舌の持ち主にはわからないでしょうけど」
「まぁまぁ」
エルンストに全員が続く。
こういったやりとりも、もう慣れたものだ。
つつけば返ってくるセリナとのやりとりは存外悪くない。なにより、セリナのいつも笑顔を貼りつけたような顔が歪むのが面白い。
最初は気に入らなかったのだ。
その貼りつけた顔も、なにもかも諦めているような態度も、人の命を脅しに取るような考えも、全てが。
だが、今はだいぶ軟化しているのがわかる。特にこのメンバーだけの時、セリナの表情は割とコロコロ変わるようになった。
エルンストはそうなってしまったセリナの過去を正確には把握していない。だがわかる。壮絶な過去を背負ってきたのを。
そんなセリナを親友のことで恨みもした。逆恨みだ。だが、今はそんなものもない。
純粋に、この旅を楽しんでいる。
「そういえば『中央国』で美味いもの食べたことねぇな。あんのか?」
「……さぁ、あるのでしょうか?」
セリナは本当に知らないと言った風に首をかしげる。本当、どんな食生活してきたんだこいつは。
『じゃあ、美味しいもの探せるね!楽しみだね!』
ライラがくるりと宙を回り、セリナがくすりと笑う。本当にライラは良い。その純粋さは壊れそうなセリナの良い緩衝材となっている。
リオナルドもそうだ。影でセリナのサポートに回っているせいで目立たないが、ちゃんと精神面で支えられている。そして少しずつだが、新たな気持ちが芽生えているようにも見える……いや、そう考えるのは野暮だな。その気持ちは本人が気がつかないと意味がない。
各々がセリナを支えようとしている。じゃあ、エルンストはどうやってセリナを守ればいい?
簡単だ。ライラにもリオナルドにもできないやりかた、エルンストなりに守ればいい。深く考える必要はない。
「じゃあその前に、この依頼でエルンスト様に報酬金が入ることですし、美味しいものおごってもらいましょうか」
「なんでだよ。この中で一番の金持ちはリオナルドだろ。なぁ、Aランク冒険者様よぉ」
「そうでした。先輩におごっていただきましょう」
『ボク、なんか違う食べ物食べたい!おいしいやつよこせっ!』
「えぇー……」
『中央国』につけばこんな安心できるやりとりが出来るかわからない。
ならば、エルンストの星上げと称してでもなんでもいいから、少しの間だけこうしてのんびりしてもいいじゃないか。
そう思いながら洞窟を出たエルンストの目に陽の光が入った。
「良い天気だ」
その日は雪がまったく降らない、とても陽気な日だった――




