第67話『食べ放題』
『そっちより『東国』のほうがいいです!』
「いいや!圧倒的に『北国』だろう!」
「……どちらにいたしますか?」
「どちらでもいいです」
くだらない争いが続いている中、セリナがにこりと微笑んだままきっぱりと言うと、争っていた者たちはがっかりした表情になった。
だが、このくだらない争いは終わらないようだ。右から左へ流しているのでセリナの頭の中には入ってこないが、論争の議題は『セリナの故郷を『東国』と『北国』のどちらにするか』である。
論争の参加者は『東国』騎士団副団長カスパルと、『北国軍』参謀長フェンネルが主だ。
残りの者たちは参加したりしなかったり……
ちなみに、論争開催場所は『北国』王城内の会議室。
ここには『北国軍』の軍最高司令官ヴォルス、参謀長フェンネル、大佐エルンストがいる。
対する『東国』は騎士団団長アレクシス、副団長カスパル、リオナルドだ。
そしてセリナとライラだ。
ライラは最初こそ机の上にある果物が入ったカゴに夢中だったのだが、論争があまりにも長すぎるせいか、ぐでんっ、と両耳を押さえながらだらしなく寝転んでいる。
セリナはそんなどうでも良いことよりも、『東国』の魔道具である、現在の状況を転移させ姿や声を、まるでここにいるかのように映し出す水晶が気になっている。
眼鏡といい水晶といい、『東国』の魔道具の技術は突き抜けている。一体誰が作ったのか……一度話をしてみたいものだ。
「いったん落ち着きましょうか、まとめます」
『北国軍』軍最高司令官ヴォルスが、眼鏡を上げながら全員の争いを止める。
「他の国に行く前に、身分証明書となる冒険者のランク上げをセリナ嬢は行うことにした。そのためには出身地の設定が必要。だが、真面目に『中央国』と名乗るのはいかがなものか、となってからの話でしたね」
おー。この三十分以上も起こっている争いを簡単にまとめてくれた。
ここまで争うのなら、どちらでもいいから戸籍を作ってくれたらそれが身分証明書になるのでは?と思ったが、危険地帯にも行ける冒険者という職業は、旅をする上で思った以上に恩恵があるらしく、ランクを上げることに越したことはない、という結論に至った。
「そして、セリナ嬢はどちらでもいい、と」
「はい」
ここに来てからずっと姿勢を正したまま、微笑みを忘れずに言うセリナだったが、内心はこの論争にうんざりしていた。
もう勝手に決めてくれ。旅立ちは今日だぞ。もうお昼になるぞ。
ちょっと旅立ちの挨拶を、と思ったのにどうしてこうなった……
もういいと席を立とうとしたセリナだったが、そこで論争の言葉が耳に入ってしまった。
『それならなおさら『東国』にしましょう。そうしたら『東国』特権でナマモノ食べ放題ですよ』
カスパルの言葉にセリナは勢いよくリオナルドを見る。だが、リオナルドは首を大きく横に振っている。
「そんなこというなら『北国』はモツ鍋食べ放題!さらに果物食べ放題もつけましょう!」
フェンネルの言葉にセリナとライラが勢いよくエルンストを見る。だが、エルンストは小さく首を振る。
『しょせん『北国』はその程度ですよね。増やすことしか能がない。いや、全て筋肉に吸収されているんですっけ?』
「物で最初釣ろうとした『東国』の人に言われたかないなぁ!筋肉すら持てない輩の考えることなど、たいしたことない証拠だ」
『いいでしょう!決着つけますか!』
「いつでもやってやる!」
カスパルが手のひらに魔力をため、フェンネルが服を脱ぐ。
そして――カスパルはアレクシスに体を叩かれ、フェンネルは脱いだ服をヴォルスに投げつけられていた。
………………
「私、やはり『中央国』にします。実際に生まれたところのほうが質問されても答えやすいですし、ボロも出にくいかと思います」
『うん、それがいいね』
セリナの言葉にアレクシスがうなずく。ヴォルスも納得したような顔で眼鏡を上げ、カスパルとフェンネルは心底ガッカリした顔をしていた。
……なぜこの二人の仲が悪いか、聞きたいが長くなりそうだしいいや。
まぁ察するに……組織の頭脳担当である二人が両国でたまに行われるという演習などで、競い合った故にこうなっているんじゃないかという雰囲気を察したので、もうそれで良いとセリナは心の中で結論づけた。
『我が『東国』はセリナちゃんの味方をするよ。なにかあったら言ってね』
「我が国もです。王の命令のままに、我々『北国』はセリナ嬢の援護を致します」
「ありがとうございます。心強いです」
アレクシスとヴォルスにセリナは丁寧に頭を下げる。二つの国が後ろ盾になってくれるのは本当にありがたい。
それが聞けて……良かった。
「それでは、そろそろ旅立ちたいと思います。みなさま、本当にありがとうございます」
セリナは立ち上がって改めて頭を下げる。これ以上ここにいたら新たな論争が巻き起こりそうで、いつまで経っても旅立てない。
『うん。気をつけてね。リオ、セリナちゃんをよろしくね』
「わかりました、団長」
「エルンスト。任せましたよ」
「はっ!」
――こうして。セリナたちは王城を後にし『中央国』へと足を進めたのだった……
「よし、俺も冒険者になるか」
「え?エルンスト様が?」
エルンストが城下町に来たとたん、ポツリと言う。
「軍の人間だってバレるわけにはいかねぇからな。それなら冒険者になっとくのがいいだろ」
「確かに……大佐の実力ならすぐにランクも上げられそうですし、いいと思います」
そう言うリオナルドにエルンストは指をさす。
「エルンストな」
「……ははっ、わかりました。エルンスト」
確かに『大佐』レベルのものが国外をウロウロしているだなんてバレると、最悪外交問題になりかねない。もしバレそうになっても冒険者カードを見せて他人の空似だと言えばごまかせそうだ。
思ったよりも使い勝手がいいな、冒険者カード。リオナルドが持っているのにも納得だ。
そうして全員の意見が一致し、城下町にあるギルドにてエルンストが登録をしに行くことになった。
その間、セリナとリオナルド、ライラは外で待つことにした。
『ねぇねぇボクは?ぼうけんしゃしなくていいの?』
「ライラは私の相棒だからいいんですよ」
『アイボー!そうだよ!ボク、セリナのアイボー!』
ライラのことは、魔法使いのセリナが魔力で出した、エンシェントスケールキャットを模した使い魔という設定で今まで通してきたし、それ以上踏み込ませたことはない。
ライラはセリナの相棒。これでいいのだ。
「エルンスト様の職業はなにになるのでしょうか?水晶で確認するんですよね?」
「そうだな。あの水晶は魔力量と魔力の使いかたを判断できるらしいから……普段こぶしで戦うエルンスト……は、たぶん『武闘家』になるんじゃないかな」
あの水晶……魔力量を調べるだけじゃなく、魔力を水晶に使うことで、体内の魔力の流れを観察し、普段どのように魔力を使っているかの判断もできる、ということか。
「でもあれはあくまで診断でおススメを紹介されるだけだから、なりたい職業になることも可能なんだよ」
「へぇ。それは素敵ですね」
あくまで本人の意思に任せるのか。まぁ、冒険者の登録時はみんな初心者だし、指標は必要ってところか。
……と、そういえば気になっていることがあったんだった。
「リオナルド様。私たちこれまでちょくちょく依頼をこなしてきましたよね?上限を超えても星はたまっているのですか?」
セリナは改めて時空の倉から取り出した、自分の冒険者カードを見る。
『東国』のライラの件で星を五つもらったきり増えていない。カードに書かれていないだけで、功績はたまっていて、次のランク解放時に一気に蓄積されたものが星になるのだろうか?
「あぁ、それはたまっていないね。星が五つたまったらそれ以上は増えないし、功績もたまらないよ。次のランクになったらまたイチからだ。まぁ、またためればいいわけだし問題ないさ」
いやありますよ。今までの分無駄になってるじゃないですか。もったいな……
というか、笑ってないでたまった時点で教えてくださいよ。そうしたらすぐにランクを上げに……いけないか。場所は『中央国』だし、なにより今まで全く興味がなかったし……
「お。エルンストが戻ってきた」
ぶつぶつと口に手を当てながらつぶやくセリナとは対照的に、エルンストが楽しそうに帰ってくる。その手には青の冒険者カード。セリナと同じ初期登録のCランクカードだ。
「待たせたなっ。俺は『戦士』になってきたぞ。しかしなかなか面白かったな。ガキたちの将来の夢が、軍人か冒険者って書かれる理由もよくわかる。俺は軍人だったけどなっ」
『北国』の人間たくましすぎないか?って今更か……
そう思いながらもショックが大きすぎるせいで、姿勢はちゃんと正しながらもセリナにしては珍しく、わかりやすいほど頭を下げ、どんよりとした雰囲気をまとわせたまま地面を見つめ続ける。
そして、さらに楽しそうになにかを言おうとしていたエルンストにポツリと呟いた。
「エルンスト様……ご自身の星上げはお一人でどうぞ」
「あぁ!?」




