第66話『ホットミルク』
祭りは一週間は続くらしい。だが、セリナたちの役目は終わった。もうこれ以上『北国』にいる理由がない。
「で?これからどうする気なんだ?」
なぜか相変わらず盛り上がりを見せている『筋肉選手権』が開催されている近くのベンチに座り、ホットミルクを飲んでいるセリナとライラ。
その横で雪像や氷像を、まるで評論家のように見ているリオナルドを見つけ、やってきたエルンストが挨拶もそこそこに聞いてきた。
「そうですね……」
この『北国』に来た理由は『風の精霊』に言われたから。あの時はただの好奇心で動き、ここまで来た。
今は……
「他の国に行きたいなと思っているのですが……どうでしょう?」
ちらりとリオナルドを見ると、セリナの顔をしっかりと見たあと、優しく微笑んでうなずいた。
「いいんじゃないか。自由に国中を見て回るのがセリナの目的だったもんな。それに『風の精霊』は、各国の精霊に会いにいけと言っていたし」
「ふーん。そうかよ。じゃあ、そう報告してくるから待ってろ。出発日はいつだ?」
「え?大佐がついてくるんですか?」
驚きの声をあげたのは、セリナではなくリオナルドだった。
「なに驚いてんだよ。俺は『氷の精霊』の力を使えるんだぞ。ついていくに決まってるだろうが」
「確かに」
「まぁ『東国』は副団長を同行させてるしな。大佐じゃ力不足かもしれんけどな」
「そんなことはないですよ!心強いです、なぁセリナ」
リオナルドが慌てて否定しているのを見て、セリナはエルンストににこりと微笑む。
「そうですね。エルンスト様の筋肉程度でついてこられるかどうかわかりませんが……及第点といったところでしょうか」
「あぁっ!?俺の成長期を見抜けないとは目が曇ってんな、元『聖女』はよぉっ」
「セリナです」
「まぁまぁ」
このやりとりにもう全員が慣れてしまっている。始めはエルンストに敵意を示していたライラなど、今やホットミルクに夢中だ。
「じゃあ、出発は三日後でいいか?それまでに旅の準備しておけよ、じゃあな」
勝手に決めて勝手に帰っていくエルンストの背中を、セリナは見えなくなるまで見つめていた。
そしてホットミルクを一口。少し冷めてしまったが、それでもまだ熱を持っている。それが心地良く喉を通って体を温めてくれる。
寒くも青空がとても綺麗な日だ。
少女が親と一緒に楽しそうに笑っているのがセリナの目に入った。
そして……あることを思い出していた。
「……リオナルド様」
「ん?」
「信じてもらえないかもしれませんが、私……『あの子』に会ったんです」
「………………そうか」
ポツリと話し始めるセリナの言葉にリオナルドは耳を傾ける。
セリナは両手で持つ紙コップを見ながら、それを少しだけゆっくりと左右に傾ける。
「あの子、まだボロボロの黒い服を着ていたんです。もう『自由』だと言っていたのに。『自由』になったらリオナルド様が買ってくれた服を着るんだ、って言っていたのに」
リオナルドはなにも話さない。セリナの話を黙って聞いている。
「……わかっているんです。私が無理やり連れてきた幻影だって。だからあの子はまだ『自由』じゃない。おかしいですね。私はそんな魂を安らぎの地へ導く存在なのに」
セリナは思わずくすりと笑う。それは自嘲なのか自分でもわからなかった。
「だからこうなったからには、世界中を連れまわしてこんなことがあるんだよって、あの子にも見てもらうんです。そしていつか『東国』に帰って……思い出話を二人でしようと思うんです」
セリナはリオナルドを見た。リオナルドは微笑んでいた。怒るでも、驚くでもなく、嬉しそうにセリナの話を聞いていた。
「私は『聖女』失格ですね。でも私は『偽物』だから。あの子のこと離してやらないんです……ふふ、なに言ってるんでしょうね、私」
「……その思い出話に、私も参加させてほしいな」
「え?」
リオナルドは驚くセリナを見て意外だ、といった表情をした。
「私だって話がしたいさ。三人で話すのもいいだろう?」
拗ねた風な言い方をするリオナルドに、セリナはくすっと笑ってしまった。
「女だけの空間に入ってくる殿方は無粋ですよ」
「ひどいな。それじゃあ仲間外れみたいで寂しいじゃないか」
そう言って二人で笑いあうと、ライラがセリナのすそを引っ張った。
『ねぇねぇなんの話?ボクも混ざっていいの?』
「もちろん。たくさんの思い出を作りましょう」
セリナの言葉に不安そうだったライラの顔がパアッと明るくなり、しっぽをブンブンと振る。それを見てセリナはまた笑った。
「それで……次はどこに行くんだ?」
「そうですね……」
口に手を当ててセリナは考える。地図的に近いのは『西国』だ。ここからだと『南国』は『中央国』を経由しなければならない。それはさすがにマズイので『西国』へでも行こうか。そう思っていると、リオナルドが先に声を発した。
「そうだ。国境の問題があるな。『北国』へは我が王が助けてくれたが、他の国は難しいかもしれない……」
「あ……」
忘れていたが、今セリナは死んでいることになっている。
身分証明書がないと国境を越えられない。
「一番手っ取り早いのは、冒険者のランクを上げることだな。Bランクに上がれば、ギルドから実力と素性を認められたということになって、冒険者カードが身分証明書の代わりになるん……だが……」
「そうなんですか?それならばさっそく行きましょう。どこで上げられるんですか?」
「『中央国』だ……」
「あー……」
リオナルドが途中から言いよどんだ意味がそこでセリナにも伝わった。
今『中央国』に行くのは捕まえてくれ、と言っていると同じことだ。
「別に王城がある場所じゃなくていいんだ。『中央国』に入る前、国境近くのそれなりに大きい街のギルドなら受けつけている。だが……それでもリスクがありすぎる……」
うーんと考え込むリオナルドの横で、同じくセリナも考える。
『中央国』に入る必要がないのは良い。だが、それでも近づくのは……って待てよ。むしろ今がチャンスかもしれない……?
一つのことを思いつき、それが考えれば考えるほど、点と点が線になるように一つの答えに繋がっていく。
そしてセリナはたどりついた答えを……言葉にしてみる。
「あの、ギルドの試験というのは何日かかるんですか?」
「早ければ数時間で終わる……って、セリナ?」
「行きましょう。『中央国』へ」
「なっ……!」
セリナのその言葉になにかを言いかけて……リオナルドは少し黙ったあと言う。
「考えがあるんだな」
「見たいんです。本当に『中央国』全てにリアナの洗脳魔法がかかっているか。もし違うなら……私も含め、洗脳魔法を解く方法があるのかもしれません」
洗脳魔法を解く方法があるのならば知りたいし、それを使うことができれば『中央国』の戦力を削ぐことができる。
まだまだ知らないことがたくさんだ。全てを知るにはきっと『中央国』の王城に行くことは避けられない。
ならば、少しでも有利になるようにことを進める準備はしておきたいところだ。
それに、派手に動いたことで『中央国』にはセリナの場所は筒抜けだろう。そして誰もが考えるだろう。
『東国』、『北国』ときたなら、次に向かう場所はきっと『西国』だ――と。
それを逆手にとる。リスクは大きいが、やるメリットがある。
真剣な瞳で見つめるセリナに、リオナルドはしばらくの間見つめ続け……
やがて、大きなため息をついた。
「行こうか。『中央国』へ」
「頼りにしています、リオナルド様」
もう一度ため息をつくリオナルドに、セリナはにっこりと笑いかけたのだった。




