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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第二章『北国(きたこく)』編
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第65話『『聖女』の祈り』

祭りの夜。街の中心となる広間にある、夕方までは『筋肉選手権』が開催されていたステージ。その前には大きなかがり火があり、その周りを神官たちが囲んでいた。

太陽がなくなり寒くなったが、それでも多くの人間がその場所に集まってその様子を見ていた。


やがて……ステージに三人の人間が現れる。


神官二人を従えて、神官長マルタがゆっくりと歩いてきたのだ。二人の神官は一定の間隔で手に持つ鈴のついた杖を振り、音を鳴らす。

炎のパチパチという音と鈴の音が、夜の銀世界を神聖なものへと変えていた。


「では……これより英霊たちへの祈りを開始します」


マルタが、その老体が出したとは思えない遠くまで届きそうな澄んだ声で言う。

その声を聞いてステージ裏にいるセリナは目を閉じ、かつて『東国』で『風の精霊』が言っていたことを思い出していた。


『北へ行き『氷の精霊』の名前を呼んでみろ』。そう言っていた。

精霊にとって名前を呼ぶことが特別な意味を持つのなら、それが精霊の力に借りることになるのでは?

『氷の精霊』はなにも教えてはくれなかった。自身を呼び出すのも試練のうちの一つ。そう言いたいのだろう。


名前を呼ぶこと。それが正解かはわからない。だが……セリナは不思議と確信していた。

それが正解ではなくても、きっと『氷の精霊』はセリナに力を貸すだろう、と……


「フロスト。力を貸して」


その言葉に呼応するかのように、セリナの身体が氷の粒に包まれる。

それはセリナの体に合わせて形作っていき……セリナが目を開けたときは『氷の洞窟』で身に着けた氷の鎧とは、全く違う衣装が身を包んでいた。


氷で出来た小さな王冠に、薄い氷で出来たスリットの入ったドレス。月明かりでキラキラと輝く氷の粒。


……どうやら、本当に力を貸してくれるようになったようだ。


おそらくだが、前回の氷の鎧はかつて『勇者』が着ていたものなのだろう。だが、今回のこれは正真正銘セリナの『氷の聖衣』。そう言いたいのだと察した。

『氷の精霊』はこれで本当にセリナの力になったのだ、と。


……精霊って本当に意地が悪いな。


くすりと笑い、セリナはステージに上がり歩みを進める。その先には優しく笑う神官長マルタがいた。

セリナが止まると神官二人がセリナの左右でひざまずく。マルタもセリナの前でゆっくりとひざまずき、それを確認するとセリナは大きく深呼吸した。

そして、腕を大きく動かし……魔法陣を天に描き出す。


昔はリアナの影として、リアナの周囲の空間と連動した四角い箱の魔道具に、リアナの動きと合わせながら指で魔法陣を描いていた。こうしてセリナ自身が全身を使って描くのは七歳の時以来だ。


でも……大丈夫。


『氷の聖衣』を通して、自然の氷が、雪が、『北国』そのものがセリナに力を貸しているのを感じていた。そしてそれを支えるように『氷の精霊』が力を優しく包み込んでくれている。

その力を借りて、セリナは思いを込めて魔法陣を描けばいい。ただ、それだけだ。


なにも知らない者にはセリナが舞を踊っているようにしか見えないだろう。そんな動きをゆっくりと、丁寧に行う。


やがて……天には大きな魔法陣が出来上がった。

セリナは魔法陣の中心であるその場にひざを落とし、腕を組んで目を閉じる。


「全てのさまよえる魂よ安らかに……安寧の地へ導かれんことを……」


セリナが言葉を紡ぐと、光の粒がセリナの周りの地面から現れ、魔法陣を通してどこかへと飛んでいく。


『祈りの力は雪のように優しく大地に落ち、さまよえる魂とともに炎が空へ舞い上げ、やがて風がふさわしい場所へと導くだろう――』


『聖女』の祈りの儀式とともに伝わる言葉だ。今なら言葉の真の意味が分かる気がする。

精霊の力を借りている今なら……


大丈夫。私が精霊とともに導くから。

だから……なにもかも忘れてゆっくり休んで……


光の粒――セリナの魔力の玉はこの地で迷える魂を見つけ、安らぎの場所へと誘う手伝いをする。


そう、これが正式な『聖女』の祈り。数えきれない魂を魔力によって導くという、膨大な魔力を持つ『聖女』にしかできない儀式だ。


本来はマルタが『北国』の祈りの儀式をするというところを、セリナが『聖女』の祈りをやると申し出た。

こんなことをしたら『中央国』に居場所を教えるも同然だというのに。

だが、マルタとかつて約束したというのもあったし、なにより祈りたかったのだ。


この地で出来ることをしたかった……


それが『聖女』の仕事というのは皮肉なのか、『自由』ではない証拠なのか。それは今のセリナにはわからない。


だが……

今はそれでもいい。それでいいんだ。


これからも傷つきながら、倒れながら、それでもゆっくりと立ち上がって見つけていけばいいのだ。

それが今のセリナには出来る。一人では無理でも、立ち上がれる力をセリナは与えてくれる者たちがいる。

それに気づかせてくれたこの地への感謝と最大限の礼を――


やがて……

セリナの周りから光の粒がなくなり、魔法陣も消える。


ふーっと大きく息を吐いてセリナは立ち上がり、かがり火とマルタに『聖女』の礼をしてきびすを返す。そしてゆっくりと歩いてステージ裏へと戻った。


「これで英霊の魂はあるべき地へと導かれるでしょう。英霊たちに感謝と安らかなひと時を」


マルタの澄んだ声が届くと同時に、もう役目を終えたと言わんばかりにセリナの『氷の聖衣』が解け、氷の粒が空中に舞って消えていく。

そして、ふらりと足がもつれ倒れかけると……待機していたリオナルドがセリナの体を支えた。


「お疲れさま。見事だったよ」

「……ありがとうございます」


ねぎらうリオナルドに、にこりとセリナは笑った。そしてライラが急いで両手に抱えて魔法瓶を持ってくる。


『セリナ!飲んで!大丈夫!?』

「ありがとうございます。大丈夫ですよ」


ライラから受け取った一つの魔法瓶の中身を飲み干し、リオナルドから離れしっかりと立つ。

ふと辺りを見回すと、そこには軍最高司令官のヴォルス、中将のサラとガラン、そして大佐のエルンストが立っていた。セリナと目が合うと全員が足を揃えてこぶしを胸に当てる。

それを見て、セリナはにこりと笑い『聖女』の礼をした。


そうして、儀式は見事に成功したのだった――


そのあと、セリナたちは食堂に入っていた。いつもならもう閉店の時間だが賑わいを見せていて、今日は閉める予定はないらしい。

朝、屋台で食べた串セットが美味しかったので、それがあるこの食堂で改めて頼んだ。カニ味噌と野菜の炒め物や酒と一緒に。

セリナが食べたのは砂肝の串。食べ応えがあるのに思ったよりも食べやすく、レバ串よりも味はあっさりしている。そして酒によく合う。


「改めてお疲れさま。綺麗だったよ」

「ありがとうございます。リオナルド様」


酒で乾杯をして美味しいものに舌鼓を打つ。内臓最高と思いながら横を見ると、ライラが睡魔に負けて机の上で寝ていた。

セリナはくすりと笑ってライラを自身の膝にのせる。ライラは全く起きる様子もなく、くるまってすやすやと寝息を立てている。


その時、ひときわ大きい男の声がセリナの耳に届いた。


「……あぁーっ!最高!この一杯のために生きてるぜっ!」


セリナとリオナルドは、同時にジョッキを持って美味しそうに酒を飲む男を見て、そのあと顔を合わせて笑いあう。

そして、セリナも小さい器を持って酒を一口。


「あーっ……このために頑張りましたっ」


それを見て、リオナルドは珍しく大きい声をあげて笑った。

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