第62話『願いと祈り』
リオナルドはセリナを起こさないように両手で抱きかかえる。か弱いお姫様を支えるように、そっと。
そして部屋を出ようとドアのほうへ向かい……開くのを待った。外で待機している人が開けてくれる、そう思ったからだ。
リオナルドが思った通りドアが開き、エルンストが顔を見せる。そしてセリナの様子を一度確かめる。
なにも言わなくても察したのだろう。ライラをそっとセリナの胸元に置く。
するとライラはふわりと少しだけ浮き、まるで木漏れ日のような優しく淡い光が灯る。セリナの近くで寝るライラはいつもこうだ。こうしてセリナの危機を察知しようとしているらしい。
これはライラというよりも、エンシェントスケールキャットの習性だとのちに知った。眠っている間も子を守るための行動だとか。
事実、セリナは最近悪夢を見なくなったと言っていた。そこまで守っているのだろう。
「おい。今日使っていた客間を使う。すぐに準備しろ。それと医療士を呼んで来い。すぐにだ」
「はっ!」
近くにいた部下がエルンストの言葉にすぐに走り出す。そこに運べという意味か、と納得したリオナルドは二人を起こさないようにゆっくりと歩き出す。
「ちっ。馬鹿が」
エルンストが小さく優しい悪態をついたのを、リオナルドは聞き逃さなかった。思わず笑みを浮かべてしまう。
リオナルドが初めて話した時からエルンストはこうだった。
その時ふと、リオナルドの脳裏にある記憶が蘇る。
今から十五年前のことだ――
リオナルドが当時十二歳で、騎士になったばかりころに行った『北国』との演習の時だ。
遠くに立つ当時中佐だったエルンストを見た。今よりも厳しそうで……なにより、思いつめた表情をしていたのが忘れられずにいた。
それから『北国』との演習の時にはリオナルドの『目』はエルンストを見ていた。
『北国』にふさわしい圧倒的実力。圧倒的な体躯。だが、その強さはどこか破滅的にも見える。
それがなくなったのは七年前。リオナルドが副団長になって、初めて話した時だった。
今まで遠くから見るだけだった人物が間近にいる、と緊張するリオナルドに気さくに話しかけてくれた、大佐に昇進していたエルンスト。
ニカッと笑い筋肉の話をされ、知識が増えたなとぼーっと聞いているうちに、やけに気に入られた。筋肉だけでいえば、同じ副団長の中ではヴィクトルのほうがあったにも関わらず、だ。
『人には多かれ少なかれなにかしら『過去』がある。それを見透かしてくるお前の『目』を嫌う奴は多そうだな』
とある日の演習、剣術の指導で手合わせした時のこと。地面に倒れるリオナルドの横に、エルンストがドガッ!と座るとそう言った。
いつもなら『まだ立て!筋肉は死んじゃいねぇ!』と言って無理やりにでも続けるのに、その時は違った。
『些細な動き、話しかたから人物像を『見る』能力か……それがありゃあ俺ももう少しうまく言えたかもしれねぇな……』
エルンストはかつて戦場で親友を失い、その恋人だった女性に……正確にはその女性の家に引き取られた親友に、毎年命日には花を贈っていたという。
その女性は数年後他の男性と結婚をし、それでも毎年花を贈ってくることを迷惑に思った女性は、花と遺骨をエルンストに押しつけられるように渡したらしい。
それでようやくスッキリした、彼女には感謝しているとエルンストはリオナルドに話した。
『あいつは英霊たちのところで眠ってる。神官の祈りで天国に行ったよ。俺があのままずっと引きずっていたらと思うと……悪霊になっちまうかもしれなかったな』
はははっ、と力なく笑うエルンストは寂しげで……だが、文字通り憑き物が落ちたような顔をしていた。
『その時、お前は俺の様子に気づいて、なにも聞かず酒をおごってくれたよな。他の国の人間、しかも年下に奢られるなんて……でも、なんつーか……ありがたかった』
エルンストは立ち上がり、まだ倒れているリオナルドを見る。ニカッといつもの笑みを浮かべて。
『お前の『目』を誇れ、リオナルド。間違っちゃいない。だから俺はお前を信頼できる』
そうリオナルドに言ってくれたエルンスト。そんなまっすぐな貴方だから私も信頼できるんですよ、とは当時少し恥ずかしくて言えなかった。
――そして、今。
回想から現実に戻ったリオナルドはエルンストを見る。
その目は今セリナに向いている。だから安心して二人のやり取りを見ていられたのだ。
「もう少し優しい言葉をかけてあげてください」
歩きながらリオナルドが笑いながら言うと、すぐ横で歩くエルンストはケッ、とそっぽを向く。
「ガラじゃねぇんだよ。それにそれはお前の役目だろ」
その言葉にまたリオナルドは笑う。
そして……部屋の前に着くとエルンストが見張りに目で合図をし、部屋のドアを開けさせる。
部屋の中には老齢の女性――セリナを診た医療士と、侍女が数名いた。
リオナルドは綺麗になっているベッドにセリナをそっと寝かせ、頭の横にライラを寝かせた。
「あとは……よろしくお願いします」
「わかりました」
医療士に少しだけ頭を下げ、リオナルドは部屋から出る。そして、ふーっと大きな息を吐いて眼鏡を外した。
この眼鏡を何回かかけてわかったこと。それは、どうやら眼鏡をかけた者の魔力を動力にして機能しているようだということだ。もっと魔力量を上げる訓練をしなければいけないな、と心の中で呟く。
そして、ドアの横で腕を組み待機しているエルンストのほうを向いた。
「お前も休め」
「いえ。ここにいます」
「……だろうと思ったよ」
はぁ、とため息をつくエルンストにリオナルドは笑みを向けた。
そして、エルンストの横に並び、後頭部を壁につける。
魔力が枯渇した人は、目が覚めるまでに最低でも一週間、長くても一か月はかかる。
だが、通常の人より魔力量が多いにもかかわらず三日で目覚めたセリナ。医療士が言うのは、自然の魔力を自身に取り込む技術を扱えるらしく、それで自身の回復量をあげているのだとか。
そんなことが可能なのか?と聞くと、普通の人には無理だが『聖女』には可能なのだろうという返事が返ってきた。
そうして起きたセリナはすぐに会議に参加し、そのあと『氷の洞窟』へ向かい……こうしてまた倒れた。
……やはりもっと止めるべきだった。リオナルドは後悔する。
本人が大丈夫だろうと言っても、周りが『聖女』の力を持っているから大丈夫だと言っても、数値の上で正常だとしても。
違う、違うんだ。
セリナは……
セリナは食に対しての好奇心が強い。甘さが控えめなものが好きで、足の長い生き物は全て食べられると本気で思っている節がある。食べられないものはなさそうだ。
それからファッションセンスがおかしい。いや、正確に言うなら美的センスはあるのだろう。だが、機能性と値段を重視するあまり、とんでもないものを選びがちで倹約家だ。
売っていた浄化の粉の値段に目玉が飛び出そうなくらい驚き、安い宝石を買っては暇がある時に浄化の粉を自作していた。ついでにと他の魔道具も。努力家でもあるのだ。
あとはけっこう皮肉屋だ。口も思ったより悪く、顔に出さないようにしているがわかる時もある。そんなセリナもライラには優しい目で見るときが多い。一緒に歌い、一緒に食べ、一緒に寝る姿はまるで少女のように無邪気だ。
たくさんあるんだ。セリナを形作るものが。
だからセリナは『人形』なんかでも『偽物』なんかでもない。
セリナは、セリナだ……
リオナルドは窓の外を見た。あれだけ雪が降り続いていたのに止んでいる。十数年ぶりのことらしく喜んでいる民衆を見かけた。
おそらく『氷の精霊』が『北国』を守ると宣言していたことと関係あるのだろうと思った。
なぁセリナ……
今、城下町ではそれを祝う祭りを開く話なんかも出ているらしいぞ。きっと、セリナが気にいる食べ物もあるだろう。
起きたら一緒に行こう。ライラと、エルンスト大佐……は、来てくれないかもな。
なにも考えず、ただ美味しいものを食べて、綺麗なものを見て、セリナの思うままに……自由に遊ぼう。
セリナが知らないことがきっとそこにあるはずだ。
だから今は……ゆっくり休んでくれ。
なにも考えず、幸せな夢を見てくれ――
リオナルドは目を閉じ祈った。神官がやる『祈り』のやりかたはわからない。だから、リオナルドなりの祈りかたで、気持ちを……思いを乗せて。
ただの一人の女性であるセリナに向け、胸に手を当て、伝えたい言葉を心の中で呟いた……




