第56話『筋肉とは尊く、そして美しいものである。なぜなら筋肉を作るには多大な時間と労力が必要だからである。しかし、それだけでは美しい完璧な筋肉は作れない。しっかりと計画した上で筋ト『もういいですか』』
「魔力が溢れていく……この力は一体……?」
「私のことを『氷の精霊』が認めてくれた、ということだと思います。たぶん」
「たぶんて……」
立ち上がりながらセリナは言う。『氷の精霊』に直接聞くまではわからない。もう一度『氷の洞窟』へ行く必要があるだろう。
だが……
「今は、まだやることがあります」
セリナはいまだ魔物に襲撃されている王城を見上げ……エルンストが力強くうなずき、氷の斧と盾をしまう。やりかたを知っているというように斧に盾をくっつけて、それを腰にたずさえる。
セリナとエルンストは同時に駆け出した……だが、エルンストの足が先程よりも早く、逆にセリナの足が遅い。
「くっ……!」
セリナは走りながらも冷静に自分の魔力を確認する。
どうやらエルンストの氷の武具は、セリナの魔力によって形成されているもののようだ。そのせいでセリナの身体能力が落ちている。逆にエルンストはセリナの魔力のおかげで能力が上がっているようだ。
どんどんエルンストとの距離が開いていく。それを見たエルンストは足を止めてセリナを待ち……
「……へっ?」
追いついたセリナを小脇に抱え再び走り出した。
特になにも言うこともなく進んでいくエルンスト。なにこれ?と思いながら運ばれるセリナ。
「……あの、運んでくださるのは嬉しいのですが、もう少し優しく持てませんか?」
「おーおーっ、言うことがか弱いお嬢様みたいだなぁっ。お姫様抱っこでもいたしましょうか? 元『聖女』様」
「セリナです……なるほど。女性の扱いの悪さのせいで独身なのがよくわかりましたわ」
「女が俺の魅力をわからねぇだけだっ!」
城をぐるりと囲み守る城壁が見えた。目をしっかり凝らすと、そこにガーゴイルがいるのが見える。氷に覆われた壁に守られて城内に入ることはできていないようだ。
ならばとガーゴイルは、口を開けた城門の前に集まっていき、そして少しずつ減ってきているのがわかった。
なるほど。あえて城門を開けることでそこに誘導して、集中攻撃をしているのか。
そこまで推測して……開けられた城門のすぐ横にある壁。そこに大きな二つの穴のようなものと、開けられた城門の上で飛んでいる二人の人間を発見する。
「エルンスト様! 待ってください!」
それを確認しようとセリナがエルンストを制したその時、大きな声がセリナたちの耳に届いた。
「エルンスト! 遅かったな!」
二人のうちの一人が長髪のオレンジの髪をバサッと搔き上げたあと、腰に手を当てる。三十代くらいだろうか? 中性的な見た目をしていて、軍人の証である軍服を着ている。
「サラ中将! ご無事でしたか!」
エルンストが嬉しそうに大きな声を張り上げる。
長髪の軍人、サラと呼ばれた者はセリナたちに手を向け、二人を浮遊させる。そして自分の横へと引き寄せた。
浮遊魔法――その名の通り飛ぶ魔法。制御が難しくて使える人間は少ない。セリナも使えるが、ここまで複数の人間を宙に浮かせたことはない。相当の魔力量があり、それを操作できる実力者のようだ。
右からエルンスト、セリナ、サラ、もう一人の人間と横並びに城門の上に浮かんだ。その下では軍人がガーゴイルと、上でも魔物と交戦しているのが良く見える。
「ガラン中将も! 来てくださったのですね!」
「王の指示だ。いやそうでなくとも、王の危機に来ない軍人などおるまい」
サラの横にいる軍人、ガランと呼ばれた者はサラと違い筋骨隆々な体をしている。それは今にも服が破りそうな勢いだ。こちらは五十代くらいだろうか?毛の一本も生えていないスキンヘッドに黒い口ひげをたくわえ、腕を組みながら鋭い目をセリナとエルンストに向けている。
この二人、セリナは見覚えがあった。王との対談時、王の近くで立っていた二人だ。
中将ということは、大佐のエルンストよりも地位が高い。それに見合う実力者なのだろう。二人からビリビリとした圧を感じる。
「お前たちのおかげで残りのガーゴイルはここだけだ。礼を言う。セリナ嬢」
「いいえ。お役に立てたのならなによりです」
こぶしを胸に当てセリナに礼をするサラ。サラリとオレンジの髪が流れ、その容姿も相まってとても美しい佇まいとなっていた。
それに対してにこりと笑って返事をするセリナ。疲れからかいつものような『聖女』の微笑みはできないが、それでも姿勢はちゃんと正す。
「二人とも随分疲れているようだ。だが戦況は気になるだろう。だからここで見ているといい。いや、見せてあげよう。我ら『北国軍』の力を、ね」
セリナにパチンとウインクをするサラ。セリナが返事をする前にサラのその横で腕を上にあげ、魔力を膨らませるガラン。
エルンストは『おおっ! 光栄です!』と喜び、セリナはなにが起こるのかわからず静観することにした。
「よし! 魔力が溜まった! 次行くぞ!」
ガランが声を張り上げる。それと同時に先ほど見た、壁に出来た大きな二つの穴が光りだし――
「来いっ! 勇敢なる戦士たちよっ!」
大きな二つの穴――転送魔法の中から軍人たちがどんどん出てくる。
「うおおおおおおっ!」
事態を把握しているようで、剣を構え次々とガーゴイルに向かっていく部隊、一気に城の中へと入っていく部隊、城下町へ一目散に向かう部隊と分かれて進んでいく。
「軍人の誇りを忘れるな! 声を上げろ!」
「いち! にち! いち! ぜん!」
ガランの張り上げた声に軍人たちは叫ぶ。そして倒されていくガーゴイルたち。
「ふはははははっ! いいぞ! もっと押せ! 我らの力を見せつけるのだ!」
「――!?――」
ガランがさらに魔力を放出すると同時に服が裂け、盛り上がった筋肉があらわになる。
それをセリナは思わず真顔で見てしまった。
「負けるな! お前たちは強く美しい! もっと輝けその魂よ!」
サラが部下を鼓舞する。そしてバサッ!と服を脱ぎ、ガランほどとは言わないがたくましい筋肉を披露する。
……あ、男でしたか。
「うおおおおおおおお! いち! にち! いち! ぜん!」
二人の上司の声をしっかり受け止め、服を脱いで上半身裸になり戦う部下たち。
……いや、なぜ脱ぐ……
突っ込みたいが、なぜか全員脱いだほうが魔力が上がっているという事実を目にしてしまったため、言葉にするのをやめた。
……えーと。おそらくだが、筋肉を開放すると同時に魔力を底上げする訓練をしていたのだろう。それを普段は服を着ることで魔力を抑えることに成功し、ここぞという時に脱ぐことでその力を発揮うんぬんかんぬん……いや、もういい。この推測もうしたくない。
あぁ、世界って広いなぁ。そう自分のちっぽけさを痛感する。
魔力を力に変えることは知っていたが、筋肉が魔力を蓄えられるなんて聞いたことがなかった……いや、聞きたくなかったと脳と心が言っている。
「いけぇお前ら! 負けんじゃねぇぞっ!」
「応ッ!」
疲れがたまっているだろうに、周りに決して劣ることなく声を張り上げているエルンストをちらりと見た。一応『まだ』服を着ている……だが脱ぎたそうだ。
……あぁ、そう。貴方もそっちの人間ですか……あ、もしかして氷の武具が邪魔でしょうか?
エルンストが自身の体を見て、氷の加護が解除されたことを確認する。そしてセリナを見て強くうなずく。
いや……うなずかれても、なにを言いたいのかまったくわかりません。
「よし! じゃあ俺も――」
「やめろ。今のお前の筋肉では力不足だ」
「……くっ……わかりました、ガラン中将」
筋肉が力不足ってなんだ?
なんでエルンストはそんなに残念そうなんだ?
「どうだセリナ嬢! 我々の力を見ているか! そう! 魂の輝きを!」
「……えぇ、しっかりと見てしまっています」
キラキラと魔力を光らせて髪をかき上げるサラに答えようとしてにこりと笑うが、うまく笑えているか自信がない。だが、誰もセリナのほうを向いていない。まぁいいかと再び軍人たちに目を向ける。
そのとき、ピンクのモヒカン頭の軍人がセリナに向かって大きく手を振っているのが見えた。そして、腕の筋肉を見せるポーズをビシッ! と決めると、ガーゴイルに向かって突撃していった。
……えーと……そうだ。見覚えがある。
あのモヒカンは確か、この王城がある場所から遠い街にいたはずだ。そんな遠くの人間も転送できる、しかもこんな大人数を。それはセリナでもできるかどうか。
そして空中にいる理由もわかった。
ガランが転送魔法で援軍を呼び、サラが見渡し人員が必要な場所を指示をする。実に良い連携だ。
……などと、敬意を示そうとしたが……横にも下にも、そしていつの間にか王城内でもちらちらと見える上半身裸の軍団を見ると、その気持ちが失せていく。
「うがぁっ!」
「おい! 大丈夫か!」
「大丈夫だ! 服を脱いでいなければ危なかったが!」
「おいお前ら! 俺が背中を守る! 今のうちに回復するんだ!」
「わかった! さぁ飲め! プロテインだ!」
「おおっ! 助かる!」
………………
その筋肉集団を、空中からただただ見守りつづけること数十分――
王城を襲撃していた魔物の気配は、完全になくなったのだった……




