第54話『氷の試練07』
エルンストが剣と盾を装備する。それはかつてセリナに向けられた剣だ。
どうやら剣が盾の中に収納できる折りたたみタイプのようだ。それを目の前の巨大ガーゴイルに向けた。
だがエルンストも、そしてセリナもわかっていた。
エルンストの剣の実力はお飾りではない。だが、今まで戦ってきた氷の世界、氷像、ガーゴイル相手にかたくなにこぶしで戦っていた理由。
剣自体が弱すぎる。
人間や他の魔物相手ならまだしも、今回は硬すぎる相手が多すぎる。例えセリナが剣に強化魔法をかけてもすぐに威力が落ちる、それほどの相手だったのだ。
軍から支給されている剣で良いものではあるのだろう。だが相手が悪すぎる。
それでも剣を出すということは、エルンストのこぶしが効かない相手だということ。
それならば……
「あのガーゴイルは私が。エルンスト様は他のガーゴイルをお願いします」
セリナが一歩前に出る。それを真剣な顔でエルンストは見た。
「……策は?」
「あります」
「……よし。なら任せた」
「はい」
魔力の糸で動きを止めて血変を当てることが出来れば終わりだ。血変の威力は絶大で、今までこれを食らって死ななかったものはいない。代わりに魔力が根こそぎなくなるが、まだ魔法瓶は残っている。すぐに回復したらなんとかなるだろう。
「行きます」
「おうっ」
セリナとエルンスト、同時に地を蹴る。
エルンストは剣をしまいつつ、こぶしでガーゴイルを殴り一体仕留める。それと同時にセリナは魔力の糸を巨大ガーゴイルに巻きつけ……
「え……!?」
瘴気とは違う力を持っていることに気づいた。
それは……先程散々味わってきた力。『氷の精霊』の力だ。
この土地の『氷の精霊』の加護を集めて、それを自身の力に変えている。
まさか……こいつだけ氷の試練?
その証拠に、この巨大ガーゴイルから瘴気を感じない。ましてや魔力を感じることもないし、他のガーゴイルのように意思を持っているようにも見えない。
もしかして……この巨大ガーゴイル、始めは他のガーゴイルと同じで襲撃していたが『氷の精霊』に目をつけられ、試練にちょうど良いと氷の試練に利用されたのか?
魔物が入ってきたであろう穴からは瘴気を感じた。あの大きさなら巨大ガーゴイルも侵入できるサイズだ。ということは、その時までは瘴気を持った魔物の巨大ガーゴイルだったのではないだろうか?だから他のガーゴイルがいまだに付き従っている。『氷の精霊』に乗っ取られたと思っていないから。
その証拠に、巨大ガーゴイルについた血が全て返り血のようだった。人間を襲っていないからだろう。あくまで狙いはセリナであり、試練。
あくまで推測だが……今は真実などどうでもいい。
「あっんの精霊……!どこまでも馬鹿にして……っ!」
『氷の精霊』の力を持っているのなら血変は効くのかどうか。初めてのことだしわからない。だが、やるしかない。
いつも以上に魔力の糸の強度をあげる。それでも動く巨大ガーゴイルの攻撃をかわしながら、魔力の糸を巻き付ける。
――その時だった。
セリナとエルンスト、二人が同時にその声に気づいたのは。
「まぁっ!あの女良いですわね!うちの侍女にならないかしらっ」
「あちらの男も力仕事に良さそうね」
声をしたほうを見ると、そこには二人の女。
一人は十代、一人は五十代くらいの貴族のドレスを着た二人。母娘だろうか?顔立ちと衣装が似ている。
「危ねぇっ!」
二人のほうへ向かったガーゴイルに向かって、エルンストがとっさに剣を投げ、それはガーゴイルの体に当たって見事に折れた。
その瞬間、エルンストが向けた背中に向かってガーゴイルが爪で攻撃する。
『ゲギャアッ!』
「ぐっ!」
上から下へ、エルンストの服を貫通して肌に大きな傷ができ、血が流れる。だが、エルンストは背中を攻撃してきたガーゴイルを無視して、貴族の近くで先程食らった剣を不思議そうに見ているガーゴイルの元へ向かい――こぶしをふるいガーゴイルを倒した。
「エルンスト様っ!」
血変を使うと魔力がなくなる。その前にエルンストを回復しようと、セリナは魔力の糸で巨大ガーゴイルを封じた状態でエルンストの元へ向かった。
「きゃっ!血だわっ!汚らわしい!」
「すごいすごい!大迫力ですわねお母さま!」
着地したセリナの耳に届いたのは、のんきな母娘の会話。だがどうでも良い。エルンストを回復させて――
「大丈夫、ですか?レディたち」
エルンストは胸に手を当て、にこりと笑って二人に問いかける。
二人はエルンストを見て顔を合わせた。
「ここは危険です。今すぐ避難場所へ向かってください。場所は、わかりますか?」
「避難……?」
エルンストが、自身の背中を治そうとしていたセリナを手で制する。
確かに、癒しの魔法を見ることに集中してしまいそうな二人の前でやれば、今の会話の意味がなくなる。
そう思った次の瞬間。二人は貴族らしい笑いをした。
「嫌よ。私、こういうの一度見て見たかったのよ?特等席にいるのに離れるわけないじゃない」
「わたくしは先程のやりとりで足をひねってしまいましたわ。早く回復して頂戴。じゃないと娘と一緒に逃げられそうにないわ」
「あのっ!」
セリナが言葉を口にしようとしたその時、ガーゴイルが後ろから迫ってきていた。
振り返ると、それはエルンストによって吹き飛ばされていた。
裂かれた背中のせいなのか、ずっと戦ってきた疲労からなのか、エルンストがゼェゼェと荒い息をする。
「すごい!先程から一発ですわね!もっと、もっと見せてくださいまし!」
「早くわたくしの足を治してくださる?ねぇ、聞いてらっしゃるの?どちらでもいいのよ?」
エルンストが一歩、ガーゴイルのほうへと向かう。セリナもそれに続こうとして……
「二人を守れ。命令だ」
セリナにそう告げると同時にエルンストが駆けだす。向かう先はガーゴイルの群れ。
……セリナは、動けずにいた……
「ちょっと貴女、早く足を治してくださる?ちゃんとひざまずいて全部完璧に治すのよ」
母親のほうがセリナに対して片足を上げる。
「この体勢疲れるわ。早く座って、私の足置きになって頂戴。これは命令よ!」
命令……命令……
それは、言うことを聞いておけば良いもの。
そうしたら『私』を見てもらえるもの。
そう思った時。凍てつく風がセリナの前から向かってきた。雪と氷の粒が全身に当たり、それが『セリナ』の幻影を背中から作り出した。
そして『氷の洞窟』と同じく、本物のようにそれはセリナの目に映り、動き出した。
『はい。わかりました』
『セリナ』は母親の前にひざまづき、ひざを立ててそこに母親の足を乗せる。不愉快だったのか、母親が高いヒールに力を込めるが『セリナ』はにこりと笑い、ケガとも呼べないかすり傷を治していく。
『まったく。これからはもっとはやくしなさい』
『はい。申し訳ありません』
『まぁ見てお母さま!あの人倒れそうですわ!』
見ると『エルンスト』が盾を駆使してガーゴイルに立ち向かうも、先程よりも動きが遅くそれがスキとなってガーゴイルに攻撃されている。
そのスキがどんどん増えていき『エルンスト』の全身から血が流れ……そしてついに、盾を持つ腕が吹き飛ばされた。
『もうっ!もっとがんばってくださいまし!これじゃあ一方的でつまらないですわ!』
『そうね。もっと抵抗してくれないと困るわ。ほら!もっとやりなさい!』
母娘の声が届いているのか、『エルンスト』は自分を鼓舞する叫び声をあげこぶしをふるい……魔力の糸が解けた巨大ガーゴイルの大きい手につかまれ……
『まぁっ!』
『エルンスト』が握りつぶされ二つになる。そしてそれは無惨にも地面へと転がり……そしてガーゴイルたちは動かなくなった肉塊に群がりだし、恨みをぶつけまいともてあそび始めた。
『もう終わりのようですわね。さぁ、次は貴女よ。行きなさい、命令よ』
『はい。わかりました』
『セリナ』はにこりと微笑み、ガーゴイルのほうへ向かっていく。
セリナをスゥッと通り抜けて――
「ふふ、うふふふふ」
そこまで見て……セリナは笑った。口に手を当てて、楽しそうに。
それを見て、母親が上げていた片足を下げる。
「な、なにがおかしいのよ」
その時だった――
『これどうやるの!?セリナに聞こえてるのかなっ!?セリナ!あのね!お城の中は大丈夫だったよ!ボクもリオナルドも大丈夫だよ!外にいるヤツラはボクが倒すから安心してねっ!』
ライラの腕輪を通してセリナの耳に直接聞こえる声。セリナは目を閉じて魔力を腕輪に送った。それは温かい魔力。『聞こえた』とライラには届くはず。
「ちょっと!聞いているの!そこの貴女!」
目を開いたセリナは母娘のほうを向き、にこりと笑う。その微笑みを見た母娘の背筋が一瞬にして凍り、二人は一歩後ずさる。だがそんなものは関係ないとセリナは二人に近づいてその前でひざまずき……
「えっ!?」
一言を残して二人は消えた。二人がいた場所には、セリナが今魔力の糸で描いた小さな魔法陣がある。
そしてセリナはガーゴイルのほうへ走り出し、エルンストに向かっていたガーゴイルに魔力の糸を刺し魔力を注いで四散させる。
「お前っ……!」
エルンストのすぐ後ろに着地し、自身の背中をエルンストの背中に合わせる。セリナの癒しの魔法は触れないと発動しない。服に血がつこうが構わずにぴったりと合わせる。
「あー、私としたことがー、城内の無事を確認したライラのところへ二人を転送してしまいましたー。ライラの場所なら大丈夫そうだ―。あー、しまったー。ケガを治し忘れてしまいましたー。でも癒しの魔法は発動させてしまっているのでーどこかに使わなければいけませんー」
そして今発動させた癒しの魔法で、エルンストのケガを治しながら魔力を注ぐ。エルンストの魔力に変換されるように丁寧に、しかし素早く。
「エルンスト様、私は貴方の部下ではありません。なので命令しないでくださいますか?どの人間も命令、命令と……非常に不愉快です。私は私の思う通りに動きます」
背中を合わせたまま言うセリナに、エルンストは大きく『ケッ!』と舌打ちのように応える。
「もっとおしとやかだと思ってたぜ『聖女』ってやつぁよ。あぁ、だからお前は元『聖女』なのか」
「いいえ。セリナです」
ケガを完全に治し終えた瞬間、セリナとエルンストが同時に走り出し残りのガーゴイルを仕留める。
そして……あとは巨大なガーゴイル一体となった。
「それじゃあ、元『聖女』様のお手並み拝見といこうか」
「セリナですっ!」
セリナは血変の準備をしつつ、巨大ガーゴイルに向かって走り出した。




