第51話『氷の試練04』
「エルンスト様。こちらへ来てください。かすかですが……空気の流れを感じます。今はもうこの通り壁となっていますが……誰か脳筋のかたが、かつてここに来るときに壊した名残があるのかもしれませんね」
セリナがにこりと微笑みながら、氷の壁に手を添えて言う。エルンストは腕を組みながらそれを聞いていた。
「その壁を壊していけば、いずれ大穴の真下にたどり着くってことか?」
「いえ、出口に行けるはずです」
「あん?落ちてきたんだぞ?横に飛ばされたんじゃねえんだぞっ?」
「空気の流れが上下左右と動いています。この洞窟で視覚を頼りにするのは危険です。私が指示しますのでエルンスト様は壁を壊してください。まずはライラの気配をたどります。それからリオナルド様を回収して外へ」
セリナは魔力の糸を自分とエルンストに巻きつける。『落ちてきた』ということは重力も今感じている通りに働かないということ。そもそも全面氷なのだ。今は床だと思っている氷の一面が、急な地鳴りとともに壁になっても違和感はない。
「よしっ、これで準備はいいのか?」
「………………」
「注意事項は先に言え。報連相だ」
「……いえ、そうではないのですが……」
「じゃあなんだ?」
じっ、とセリナはエルンストを見つめる。今までだったらどうでも良いと思っていたことだ。だから、別に聞く必要はない。それくらいたいしたことではない、はずだった……
「……一つだけ。エルンスト様の元へ来た『親友』の幻は……どうなさったのですか?」
セリナの気まずそうな声にエルンストの顔が引き締まる。そして……セリナから目をそらし、自分のこぶしを見ながら自嘲気味に笑った。
「笑いながら逝ったよ……他のヤツらは恨み節まみれだったのによ。あいつだけは……あいつらしい、激励の仕方だった」
「……そうですか……」
セリナとは違いエルンストのところには複数の人間が出てきたのか。と、思うのと同時に、それはエルンストが忘れないと告げた者たちなのだろうな、と納得した。
セリナは目を閉じて手を組む。いつもの『聖女』の祈りだ。
二十五年前の者へ、いや、者たちへと祈った。そして、エルンストが背中に抱えている者たちに対しても……
そして……ゆっくりと目を開ける。
「教えてくださりありがとうございます。では、行きます」
「おう」
エルンストが思い切りこぶしを握り、そこに魔力が集まっていく。
そして――それを壁に思い切りぶつけると、壁は大きな音を立てて壊れ、次の部屋への道を開けたのだった。
『リオナルド……』
自分を呼ぶ声のほうへと振り向く。剣の柄に手を置き、戦闘態勢のまま。
そして、その光景を見て……
「……そん、な……わけ……ないな。ここに『あの人』がいるわけがないんだ」
リオナルドはすぐに冷静になり、懐から眼鏡を取り出しかける。再び先程の場所を見た時……氷だけの空間へと変わっていた。
便利な眼鏡だな。これをくれた団長アレクシスに感謝しつつ、周りを見回す。すると、眼鏡は一つだけ壊れる氷の壁を示していた。
「さて。セリナとライラは無事か?大佐……は、心配するだけ無駄だな」
言いながら剣で壁を一閃すると、次の部屋がある空間が見えた。急がなければ。その思いがリオナルドの足を動かす。
セリナは壊れているが故に、とても危うい爆弾のような存在だ。丁重に扱い、火がつかないように監視しておかなければ。
それがリオナルドの課せられた任務で役目だ。
だからリオナルドはセリナのそばにいて、一番の理解者でいなければいけない。一番頼られる存在でいなければいけない。
笑顔も、泣きそうな顔も、怒った顔も、拗ねた顔も、全てが虚構の存在。リオナルドには判別がつかない畏怖してしまう存在。
あぁ、嫌だな……こんな任務も、こんな自分も……
部屋に入ると景色がぐにゃりと歪み、壁だと思っていたものが床になる。が、リオナルドは冷静にその場に着地し、壁を壊し先へと進む。
わかっている。なにしろ一度騙された身だ。警戒しろ、油断をするな、冷静になれ。
だけど……セリナを信じたい、セリナの本当の言葉を聞きたい、セリナにとって安心できる者になりたい。そう願ってしまう。
リオナルドから見たセリナは、この旅を通じて少しずつ変わっていた。
見え隠れする『偽物』の人形の中にいる『本物』の女性。まるで小さな女の子のように泣き、怯え、苦しんでいる。
それが垣間見えるたびに守りたいと思ってしまう。セリナと『あの人』を重ねていると自分でもわかっていながらも……
守りたかったんだ。だから騎士になったんだ。だから、今度こそっ……!
その時――
考え事をしすぎて油断したリオナルドの足に、自身が斬った氷の欠片が当たった。
「………っ!」
鈍い痛みにぐらつくが、すぐに立て直し次の部屋へと進む。
そして……その痛みに感謝した。油断大敵。冷静に。その言葉がリオナルドの頭の中にしっかりと刻まれる。
「今は、考えている場合じゃないな」
そう思い次の壁を壊そうとしたその瞬間――
『グオオオオオオオオオオオオオッ!』
大きい咆哮と同時に、氷の欠片と……紫のウロコが飛んできた。
それをなんとか避け、すぐに壊された壁の先にある部屋に入る。
「ライラ!」
上空には、正気を失い暴走しているライラの姿があった。
部屋中に壊された跡があり、壁に刺さり切らなかったウロコがそこらじゅうに落ちている。
大きく太くなった三本のしっぽが氷を叩き、咆哮がヒビを作り、ウロコが四方八方に飛ぶ。そんな地獄絵図。
ライラももしかしたらリオナルドと同じように自分の根幹――トラウマのようなものを見た可能性がある。それに耐えられなくなったライラは暴走してしまったのだろう。
そこまで予測して、リオナルドはいったん前の部屋に戻ろうとし……すぐ後ろにあったはずの壊された壁がもうないことに気づいた。
『ガアアアアアアアアッ!』
暴れるライラは今は姿形こそ小さいが……かつて瘴気に侵食され暴れていた、出会った時を彷彿とさせる。
「ライラっ!目を覚ませっ!ライラっ!」
なんとか避けながらライラに呼びかけるも、リオナルドの声はライラの咆哮によってかき消される。
傷つけるわけにはいかない。だが、手加減をしたらこちらがやられる。
避けながらも冷静にリオナルドがなにか策をと考えていたその時――
リオナルドの耳に届いている風の流れが……変わった。
「ライラっ!やめなさいっ!」
大きな衝撃と音を立てて壊れた氷の天井と同時に聞こえる凛とした声。そして細かく砕かれた氷の欠片に紛れてライラに魔力の糸が巻かれていく。
魔力の糸はライラと声をあげた人物の距離を素早く縮めていく。
そしてライラは勢いのまま抱きしめられる。そのまま空中で体勢を変えながらも、なんとか座り込むように床に着地したその人物の優しい温かい魔力にライラは包まれ……やがて力を使い果たしたようで、腕の中で眠っていた。
「よお。無事だったか」
横から聞こえてきた声の持ち主に、ははっ、とリオナルドは笑ってみせた。
「私は全く心配してませんでしたよ、大佐」
「たりめーだ。年季がちげぇんだよ」
ニカッと笑うエルンストと、ライラを抱えながら座り込み、いつものように微笑むセリナを見て……リオナルドはふぅと一息ついたのだった。




