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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第二章『北国(きたこく)』編
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第49話『氷の試練02』

リオナルドは速かった。まるで疾風のごとく。これがリオナルドの本気か。

迷うことなくまっすぐと進むスピードは、確かに今のセリナでは追いつくことができないかもしれない。魔力温存の良い機会だ。このまま甘えさせてもらおう。

そう思い、目を閉じてリオナルドの腕の中で魔力を少しずつ回復さ……セ……テ……?


――甘えているの?

『あの』セリナが?『孤独』なセリナが?


不意に聞こえた声に目を開ける。見えたものは目を閉じる前と変わらない、横に流れていく風景。

だが、ぐにゃりと歪む感覚は確かに感じ取った。声も聞こえた。間違いない。

不快感とざわつきを感じ、目を閉じてはいけない。そう思ったセリナ。

そしてそのまま魔力を回復させることに集中……シ、テ……?


――そうしてなにをするの?

『空っぽ』のセリナが。『人形』のセリナが。


「…………う……っ!」


急に襲う嘔吐感に口を押さえたセリナを見て、速さに酔ったと思ったのか、リオナルドが走る速度を少しだけ緩める。


「たぶんもう少しだ。それまで我慢してくれ」


聞こえるリオナルドの声が優しい。声だけではない、リオナルドからはセリナに対する気づかいが溢れている。

セリナを監視する立場だと言うのに、リオナルドはセリナを(おもんばか)ることをやめない。それはリオナルドの性格からか、もしくは……セリナをシんラいしハジメテいる……?


しんらい……シンライ……信頼……


『お姉様っ。私、お姉様をこの世で一番信頼しているんですよ。だって、私はお姉様が――』


声が耳鳴りによってかき消された。

心拍数が上がる。整えたはずの息が乱れる。どこを見ていいのかわからず目がさまよう。


聞こえなくなったはずの声が……再び聞こえ出す……


『お姉様を心の底から愛しているからっ!』


「…………っ!」

「セリナ……!?」


セリナは思わず耳をふさぎ、目をぎゅっと閉じる。


「セリナ?大丈夫かっ?」


やめてやめて、心配しないで、信頼しないで、私に話しかけないで。


「おいっ!どうしたっ!?」


足を止めたリオナルドの異変に気付いたエルンストが、抱きかかえられているセリナを覗きこみ、明らかに異常な様子を見て声をかける。

そのエルンストの大きな声にセリナが反応を示し、ガタガタと震えながらもエルンストに答える。


「だ、だだだ、大丈夫です。す、少し寒い、だけ」

「少しなわけねぇだろその様子!」

「セリナ、セリナ、聞こえるか?」

『セリナっ!どうしたの大丈夫っ!?』


やめてやめてやめてやめて。


セリナの耳に届く『声』が反響して痛みに変わる。耳をふさいでもそんなもの関係ないと言わんばかりに直接耳に、いや、脳に届いているようだった。


寒い?人形が?

痛い?人形が?

つらい?空っぽなのに?


目の焦点が合わないセリナを見て、エルンストはセリナに声をかけ続けるリオナルドの肩を掴む。


「……ここを早く出るぞ」


これも『氷の試練』なのかもしれないと、エルンストの言葉で察したリオナルドは、エルンストに向けて強くうなずき、止めていた足を動かす。早く、早くこの場所を抜けようと動かした足は、少し悲鳴を上げたがこれくらいはどうということはない。

そしてようやく見たことのある出入り口を見つけ、ホッとしたのもつかの間――


「――っ!?」


再び起こる地鳴り。


「なっ!んだ!こりゃああああっ!」

「くっ……!セリナ!ライラ!」


地鳴りによってひびができ、そこを起点として一気に割れる氷の床。どうやら洞窟内全体の床が割れたようだった。そのできた大きな穴にリオナルドと抱えられたままのセリナ、エルンストが落ちていく。

とっさにエルンストが手を離し、穴に落ちずに済んだライラは落ちていった三人を見て……


『どこへ行くの!?おいていかないでよっ!』


自ら穴の中へと落ちていったのだった――






『ここに、心を壊された人形がいました。その人形は意思を持てないのに、生意気にも意思を持とうとしました』


いつ間にか氷のような冷たい空間で倒れていたセリナに聞こえたのは、可愛らしく誰もが愛すべき声。

その声は、まるで絵本でも読んでいるかのように言葉を紡ぐ。


『人形の持ち主であるお姫様は困りました。勝手に動き出しちゃダメじゃない。そう言いましたが、人形は構わず進み続けようとします』


セリナは起き上がる。周りには誰もいない。セリナだけだ。他の者とははぐれたのだろうか?

見回すと氷だらけの壁があり、その氷にはセリナが映っていた。あたりは先ほどまでとは違い目で確認できるくらい明るい。魔力を帯びた氷の壁だからだろうか?

そんななか、氷の壁は上下左右さまざまな状態でセリナを移す。まるでたくさんの鏡があるかのように。


『その先にあるのは一体なんでしょう?』


立ち上がり、氷に近づいて……触れる。通り抜けられそうにもない、が、魔力攻撃も効かない。直感でそう感じた。

そして――


「同じことを繰り返すだけなのに」

「――!?――」


目の前の『セリナ』がにやりと笑い、セリナに声をかけた。

とっさに離れて戦闘態勢をとる。が、その『セリナ』はスゥ、と音も立てずに消えていった。


『おとぎ話の世界は素敵ですわね、お姉様。いつまでもいつまでも幸せでいられる』


耳に直接届く声に不快感を隠せない。早くここから出なければと強く感じた。


『そんな風に生きてみたい。なににも縛られず、誰にも命令されず。それが自由な生き方……おとぎ話みたいで素敵です。でもね……』


横にいた『セリナ』が急にグルンッと首だけをこちらへ向ける。

にこり、とまるで『聖女』のような笑みで。


「現実はそうはいかない」


またしても消える『セリナ』を見届けた後、また歩いて探る。早くここから出なければ。

そんなセリナに対して『セリナ』が言葉を発しては消え、発しては消えを繰り返す。


「貴女が投げだした使命」

「それは他の不自由になる」

「君は自由。でも他は不自由」

「それは君の自由?」

「それは君の正義?」


無視して出口を探すセリナだったが……不意に背中に、そして頬を包む感覚に足を止めた。


『幸せですね、お姉様』


背中から声の主に抱きしめられている――そうわかり、距離を取りたかったのに動けない。体が動かない。

その存在はふわりとセリナの前に回る。

顔がなぜか見えない。目を凝らしても、見る角度を変えてもそれは変わることはなく、空間がぐにゃりと歪んでいた。

だが……甘くとろけるような愛らしい声、あまりにも美しいベビーピンクのグラデーションがかかった髪、その体型によく似合う淡い色をしたドレス。

――全てに覚えがあった……


「り、あな……」

『私は不幸ですお姉様。私だって不自由を強いられているのにお姉様だけ自由だなんて。私も自由になりたいのです、お姉様』


そう言って、目の前の『リアナ』がくるくると舞う。それと同時に、セリナの体が自分の意思とは無関係に動いた。

よく見ると、自分の体中に黒い糸がついていて、それを『リアナ』が操作していた。


『お姉様はなにがしたいのですか?お姉様の意思はありますか?ありませんよね。だって、お姉様はお姉様が今まで見てきた『誰か』の模倣をしているだけなのだから』


ダンスが止まり……『リアナ』がセリナに近づく。

優しく、可愛らしく、美しく、にこやかに笑う『リアナ』は本当に素敵だ。愛されて当然だ。


『お姉様は……私のそばにずっといてくれたらいいんです……離れないでください……』


セリナの頬を『リアナ』の両手が包み込む。そして、その顔がゆっくりと近づき……


『愛しています、お姉様……』


交わされる口づけ。柔らかく温かい、優しい感触にセリナの目から涙がこぼれ落ちた。


『本当のお姉様は、感情が豊かで、繊細で、とても……とても可愛らしい……私だけが知っていればいいんです、私だけはお姉様のことわかっていますよ』


『リアナ』だけが知っている?では自由を求める旅など必要ない?

『本当のセリナ』はリアナのそばにあるの……?


『そうですお姉様。もう旅などやめましょう。そして、ずっとそばにいて』


『リアナ』が再び舞いだすと、セリナもダンスを踊る。いつまでも一緒に。いつまでもそばに。

そうしたらセリナは『本物』になれる……?


『お姉様の『本物』はどこにありますか?お姉様の『自由』はどこにありますか?さぁっ、答えてっ』


楽しそうに踊る『リアナ』につられて、セリナも思わず笑顔になる。

そう。ダンスによってたとえ遠く離れていても、旅によって遠くに離れても、最期には『リアナ』のところに還ればいい。それがセリナの自由だ。きっとそうだ。そうに違いない。

そう考え、どんどん楽しくなっていったセリナは、遠くで踊る『リアナ』に手を伸ばし――


「――知らねぇよ、んなもん」


『リアナ』に答えたのはセリナではなかった。セリナが声を出す直前に、その『声』がどこからか現れた。

その声は耳に直接届かない。痛みも苦しみも……なにももたらさない声。


だが、とても聞き覚えのある声……ぶっきらぼうで皮肉も言う、だがまっすぐで力強い男の声だった――


そしてその声とほぼ同時に『リアナ』の後ろから衝撃が走る。そして次の瞬間、蜘蛛の巣のようにその美しい身体に無数の線が走り――まるで氷のようにはじけ飛ぶ『リアナ』の体。

それと同時に糸が切れ、セリナの体が床に崩れ落ちる。

なにが起きた?と混乱したままセリナの目から、悲しみとも喜びとも言えない涙がこぼれ落ちる。

それを拭うこともしないセリナの瞳が見上げるとそこには――


「おう。目は覚めたかよ」


『リアナ』だった氷の欠片の上にたたずむ、エルンストの姿があった――

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