第46話『氷の洞窟』
『氷の精霊』は『氷の洞窟』と呼ばれるところにいるらしい。
その場所を知っている者を連れていけとの王からの命令だったので、セリナたちは王城の門の前でその者を待っていた。
「ひやひやさせないでくれよ、セリナ」
王城を出て、ようやく一息つけましたと言わんばかりにリオナルドが大きなため息をつく。
「結果的には成功したので、それで良しということにしてください」
にこりと笑うセリナに、リオナルドからはいつもの笑みが返ってこなかった。
「君にもしものことがあったらと思うと……本当に恐ろしかったよ」
「まぁ、私の心配をしてくださっていたのですか。ありがとうございます」
「……前にも言ったろ? 心配するって」
そんなの……私になにかあれば『氷の精霊』に会えなくなる。そういった懸念からの心配でしょう?
おおげさにため息をつかなくてもわかっているから。
だから。だから……
本気で心配しているような目で見るのは……やめて……
セリナのそんな思いは口にも態度にも出さないが、なぜかセリナはリオナルドのその姿に苛立ちを覚えていた。だが、理由がわからない。それもまた悔しさとなった。
まぁいい。こんなものはすぐに消える、と、自分のその気持ちを無視してなにか話題を変えようとしたとき、王城から一人の大男がこちらへ向けてやってきた。
「エルンスト大佐」
「おう、すまん。待たせたな」
手をあげて少しだけ早足でやってくる。一歩が大きいからか、エルンストはすぐにこちらへ合流した。
エルンストは先程までとは違い、長いコートを羽織っている。首元と手首のファーが温かそうで動きやすそうなデザインの膝まで届きそうな黒のコートだ。
「もしかして、大佐が案内をしてくれるのですか?」
「んん? 俺の案内は不満か? リオナルド」
「そんなまさか。心強いです」
「……そうでもねぇぞ」
エルンストはジッと鋭い眼光をセリナに向ける。セリナは変わらず笑顔でそれを返す。
初めて出会った時の紳士的な態度とは別人のように好戦的な態度。
なるほどなるほど。これがエルンストの本来の姿か。
「グダグダめんどくせぇことは嫌いだから先に言っておく。俺はお前のことを全く信用していない。人の命を盾に使う奴なんてロクなもんじゃねえ。いつでもお前を監視してるから、背中には気をつけるんだな」
「まぁ、困りましたわね。監視役は一人で十分ですのに」
ちらりとリオナルドを見るが、それに動じた様子はない。困った笑みを向けているくらいか。
「はははっ! 良い男に囲まれて豪華なパーティだっ。もっと喜べよ」
「えぇ、本当に。楽しい時間が過ごせそうですわ」
豪快に笑うエルンストと、口に手を当てて笑うセリナ。二人の間に火花が散っているようだ、とリオナルドが内心ハラハラしていると、ライラが周りをくるくると回って怒り出した。
『もう! いつまで話してんのさ! 早く行こうよ!』
「はははっ! そうだなライラっ。すまんすまん」
『オマエキライ! 話しかけてくんな!』
「俺ぁ好きだぞ。正直なヤツは良いヤツだ」
『セリナを傷つけたら怒るからな!』
ライラが三本のしっぽでエルンストの肩をペシペシと叩くが、笑ってエルンストはそれをいなす。
そうして歩き出したエルンストに、セリナとリオナルドは続いた――
王城からも城下町からも離れて歩くこと十数分。
どんどん厳しくなる寒さと、何年もかけて育てられたであろう、大きくて太いつららが枯れた木に垂れ下がり、それは地面にまで到達しているものも多い。
氷山と呼ぶにふさわしい山に登り、降り積もる雪の中でも踏みしめた人間によってできている、わずかに見える道を進んで……エルンストの足が止まった。
「ここが……『氷の洞窟』だ」
青く光る魔力を帯びた氷に覆われた空間が大きく口を開けている。洞窟内から聞こえてくる反響の声は、聞く者によっては恐怖を感じるような音となっており、それは『帰れ』と言っているようにも聞こえた。
『……ここ、寒いね』
ライラがぶるる、と震えた。
雪に埋もれては『これは自分の跡だ!』と言ってはしゃぎ、氷の硬さに対して『ボクのほうが強いぞ!』としっぽで攻撃していた。そんなライラが震えている。
――だが、感じる寒気はきっとそれだけではない。
「……だが進まないとな。さぁ、行こうか」
そう言って、リオナルドが懐からマフラーを取り出して自身の首に巻く。
……いつの間に買ったんだそれ?
そう言おうと思ったが……やめた。うん、時間の無駄だ。
「行くぞ」
エルンストの言葉に、全員が歩みを進める。
氷でできている地面、壁、天井。見事に氷だけの世界。
明かりの魔法を真上に飛ばし、勝手にセリナを追尾するように調整して歩きだす。
カツンカツンと足音が鳴り、それが洞窟内を反響し、怨嗟の声にも似たものとなって返ってくる。
「ここは建国からずっとある場所だ。この奥に到達できたのはつい最近のことだがな。到達したのは俺の部隊。だが、奥にはなにもない大きな空間が広がっているだけだった」
エルンストが歩みを止めないまま話を続ける。
「この『北国』が『氷の精霊』の加護を受けている……俺がそれを聞いたのはついさっき。お前たちが来た時だ。それでようやくこの洞窟の意味がわかったよ」
『東国』にあった『緑の神殿』も、大きな空間にポツンと台座があるだけだった。精霊はそのような空間を好むのだろうか?
「いつでも俺たちは試されている。その試練で仲間が倒れようが、か弱い命が転がろうが、それでも俺たちは進まなければならない。だが、弱者は切り捨てるものじゃねぇ。強者だけがはびこる世界なんぞクソ食らえだ」
エルンストの言葉と同時に足が止まる。
そしてくるりと向きを変え、後ろをついてきていたセリナを上から見下ろす。
「俺は、たとえ首だけになっても戦うぞ。最期まで醜く抗って生き残り、戦い続けてやる。全ての敵がいなくなるまでだ」
エルンストの言葉には裏をまるで感じない。まっすぐとした言葉だ。
先程の王とセリナのやり取りがよほど気に入らなかったのだろう。
あれからこの道中もずっと自分なりの答えを探して、それをセリナにぶつけてやろうと思っていたのかと思うと面白い。
くすっ、と笑うセリナに、エルンストの顔がわかりやすく歪んだ。
「とても……とても、素敵な返事をありがとうございます」
「ハッ。『聖女』様にそう言っていただけて光栄だねっ」
進行方向へ体を戻したエルンストがまた歩き出す。
これだけ敵対の意思を示す相手に背中を向けるくらいだ。実力は確かなのだろう。これは本当に首だけになっても最後まで生き残りそうだな、と思った。
……なるほど。リオナルドが慕うわけだ。
またくすりと笑い、先に進んだエルンストとリオナルドに続いた。
その様子を見てライラが不思議そうな顔をする。
セリナの敵なのにセリナが笑っている? なぜ? というライラの疑問に答えてくれる者はこの中にはいなかった――
……そうして歩き続けること数分。大きな氷の空間に台座が一つという、『風の精霊』に出会った空間と似たような場所へとたどり着いた。
セリナは全員を見回し、無言の覚悟を感じ取ったあとゆっくり進み……その台座に手を乗せて自身の魔力を少しずつ込める。
今度は魔力不足で倒れるわけにはいかない。そう思ってゆっくり、ゆっくりと魔力を送り――
「――っ!?」
「なんだ!?」
目を開けているのになにも見えないほどのまぶしい光。氷の粒が空間全体を覆い、それがやがて台座の前に集まり、一つの形になる。
それは……氷でできた鎧をまとう戦士だった。鋭い目つきを持ち、凍てつく風をまとわせている。
『誰だ……』
その重厚な声は、大きな空間に響き渡った。
だが、その問いに答えられるものはこの場にはいない。
全員がまるで神にひざをつくかのように地面に沈む。凍てつく風が体温を急速に下げ、舞い散る氷の粒が分厚い服に傷をつける。
そして……声を出すことができないこの威圧感。顔が上がらない。抵抗しようにも魔力を根こそぎ持っていかれる。
『人間か……』
唯一言葉を発することができる『氷の精霊』がポツリと口にする。
このままではなにも言えずに終わってしまう。なにか、なにか話をして『氷の精霊』がどんな精霊か知りたい……っ!
焦るセリナに、動こうと必死なリオナルド。立とうと必死に上げた片膝に手を置き、力を込めるエルンスト。
そんな中――
『人間はその威圧感に耐えられまいて。のう、久しぶりじゃな『氷の精霊』よ』
その空間に似合わない、のんきなしわがれた言葉がセリナの耳に届いた。




