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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第二章『北国(きたこく)』編
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第44話『対話』

ついにやってきた『北国』の城下町。

『北国』の中でもさらに強固な素材で作られた家や店、道路。

絶えず見かける、ブリックと同じズボンを履き、分厚い甲冑に身を包む者たち――すなわち軍隊。

古くからあるであろう建物の一部に見られる、かつて何者かに襲撃されたであろう跡。

降り続ける雪は人間たちの交流を最小限にとどめており、それがこの街の冷たい印象を深めていた。


セリナたちはまっすぐへと王城へ向かった。

冷たい氷に一部が覆われつつも、ネズミ一匹の侵入すら許さないような要塞が囲む、まるで砦のようなところ。それがセリナが抱いた王城の第一印象だった。

門の前にいる武器を持った見張りにリオナルドは声をかけ、なにやら懐から取り出したものを見せる。

それを受け取った見張りの一人が王城の中に入り……待たされること数分。


「どうぞ。王がお待ちです」


見張りの言葉にセリナたちは礼をし、中へと入っていく。

リオナルドが見せたのは『東国』の王の紹介状。『東国』騎士団長のアレクシスが、全ての事情をまとめたものも中に封入されていたらしい。

事情が伝わっているのなら話は早い。

セリナの中にある『氷の精霊』に会いたいという気持ちと期待が少し膨らむ。


城の中に入ると、一人の大男が立っていた。


歳は四十代後半あたりで、身長は二メートルあるかないかだろうか?それに比例するかのような筋肉を持っている。

その筋肉は、今まで見てきた『ただの筋肉』とは違う。どうしたら敵を倒せるか、そのために計算されつけられた筋肉だと分厚い生地の服の上からでもわかる。

少し窮屈そうなタイトな黒い服の肩には赤の階級章、その肩から下がる豪華な金の飾緒(しょくしょ)という階級章の一種、胸には誇らしげに光る金の勲章、腰の太いベルトの後ろについているのは重量がありそうな大きな盾。

薄い水色の短い髪が『北国』の紋章が入った黒い帽子から少し見えており、鋭い金の瞳が私たちを睨みつけるかのように、だがまっすぐと見つめていた。


「お久しぶりです、エルンスト大佐」


大男の目の前で立ち止まったリオナルドにエルンストと呼ばれた大男は、ヒゲが少しだけ生えたその顔にニカッと笑顔を浮かばせた。


「おっ!久しぶりだなぁ、リオナルド!前に会ったのは……三年前の訓練の時か?会えて嬉しいぜ」

「私もです。大佐には良くお世話になっていますから」


リオナルドとがっちりと握手をしたエルンストは、ふっとセリナとライラに視線を移す。それに気づいたリオナルドが言葉を紡ぐ。


「旅の仲間です。こちらが――」

「事情は分かっている」


リオナルドの言葉を制したエルンストはセリナの正面に立ち、作ったこぶしを自身の胸に当て頭を下げた。


「『聖女』セリナ・ハイロンド様のご来訪を歓迎いたしいます。『北国』国軍、大佐のエルンストと申します」

「初めましてエルンスト様。お会いできて光栄です」


セリナもいつもの『聖女』の礼をする。完璧な笑みを携えて。


「エルンスト様。ぶしつけで申し訳ありませんが……私は今、ただの『セリナ』です。そのように扱いください」


お互い頭を上げてしっかりと見る。セリナの笑顔にエルンストも笑みを浮かべた。


「……了解した。よろしく頼む、セリナ殿。それから……」

『ボクはライラ!ライラだよ!覚えてっ!』

「ははっ。わかった、ライラ。良い名前だな」

「そうでしょ!そうでしょ!」


セリナの横で飛ぶライラが嬉しそうにくるくると回る。

そんなライラをエルンストが目を細めて見ていたのもつかの間、すぐにセリナのほうへ向き直る。


「王がお待ちだ。案内しよう」


エルンストはきびすを返して歩き出し、セリナたちはそれに続く。

氷のような床を赤のカーペットが映え、金と赤を基調とした最低限の調度品で飾りつけられた、そんな廊下を進んでいく。階段を上ってどんどん進んでいくと、窓から見える景色は雪と氷の絶景へと変化していた。


……エルンスト……大佐か。


昔読んだ書物には、軍の階級は大きく五つに分かれていた。『将官』『士官』『准士官』『下士官』『兵』。

その中でブリッツの軍曹は『下士官』に、エルンストの大佐は『士官』に属する。

それ以上詳しくはわからないが、大佐の階級は簡単に取れるものではない。その階級の通り、エルンストの魔力が全身を包み、何者も傷つけられないと言わんばかりに立ちのぼっていた。

そんなエルンストは、楽しそうにリオナルドと世間話をしている。無精ヒゲを生やした顔をくしゃっと崩して笑う姿は、どこにでもいるおじさんと変わらない。

セリナはそんな二人を微笑ましいという顔で見ながらついていった。油断するなと、警鐘が鳴っているのを表に出さずに。


そうしてたどり着いた先には、大きな両開きの扉があった。

エルンストが目で指示すると、扉の前で待機している見張りが扉を重そうに開ける。

その先にあったのは、豪華なイスが並んだ大きな部屋だった。人間が十人は座れそうな重厚なソファが一番奥にひとつ。その前に一人用だが豪華なイスが置いてあり、それを見張るかのように、部屋の横には軍人が並んで立っていた。


「座りたまえ」


ソファに座っている二人の男女のうち、男のほうにそう言われ、リオナルドとセリナは用意されていた一人用のイスに座る。

そして、リオナルドは平伏し、セリナはイスに座りながらできる『聖女』の礼をする。


「よく来たな。久しいなリオナルド。そして……初めましてかな?ハイロンド公爵家の長女よ」

「お久しぶりでございます。覚えてくださり光栄です」

「うむ」


まずはリオナルドが挨拶をする。そしてセリナもそれに続いた。


「ご機嫌麗しゅう存じます。今の私はハイロンド家を追放され『聖女』の身分をはく奪された身、ただのセリナでございます。ブラン陛下」

「はっはっは!そうだったな!」


男が豪快に笑い、その横の女が『まぁ』と呟き、扇子で顔を隠す。


ブラン・ヴァルニエ。

六十代だと言うのにその闘志も眼光も衰えを見せることのない、この『北国』の王様。着ている白の正装とその横に置かれた重厚感のある剣が、今でも現役だと言っているようだ。


そしてその横にいるのはイルミーナ・ヴァルニエ。

五十代という歳を感じさせない美貌と氷のような静かな威厳を持ち、こちらを観察してくる、この『北国』の王妃だ。


「二人とも顔をあげていいぞ。事情は『東国』から聞いている。大変だったな」

「いえ、とんでもございません」


ブランの言葉ににこりと笑いながら返すセリナを見て、ブランははっはっは!と笑う。

イルミーナは扇子で顔を隠し、その美しい瞳をこちらに向けたままだ。


「しかしな、ワシは自分で見たものしか信じない。本当にお前が世界を救うのか……それがわからなくてこの場に来てもらったんだ」

「そうでしたか。この場の提供、まことに感謝いたします。そうですね……世界を救えるかどうかなど、私の力で出来るかはわかりません。ですが、全力を尽くすつもりです」


そう無難に答えたセリナ。

その次の瞬間――エルンストが剣をセリナの首すじに向けていた。

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