第42話『一日一善』
『なんだあれ……?』
うるさい声に引くライラと、表面上は笑顔のセリナの心の声が重なった。
五人の男たちの後ろに綺麗に並ぶ男たち。計十五人か。その前で男たちのほうを向き、負けじと声をあげるピンク髪のモヒカン頭の男が一人。
……ちなみに、全員見事に鍛え抜かれた筋肉を持ち、足を少し開き堂々と地面を踏みしめ、太い腕を腰の後ろに回し……上半身が裸だ。
ズボンは全員同じデザインで、黒色でこの寒冷地でも寒さをしのげそうな厚手の生地の割に、動きやすいようにデザインされているようだ。そのズボンのすそを、滑りにくそうな黒のブーツの中に入れている。
「いち!にち!いち!ぜん!」
「いち!にち!いち!ぜん!」
男たちの掛け声が街に響き渡る。
国境の街ほどではないがそれなりに大きくて繁盛していそうなこの街に、こだまも手伝って全体に響いているのではないかと錯覚する声。
ライラの普段からぺたんとした耳がさらにしまわれ、心底嫌そうに震えていた。
『ねぇねぇセリナ、あれなに?なにしてるの?いちにちいちぜん?ってなに?』
そんなの私が聞きたいと笑顔のままでリオナルドのほうへ向くと、リオナルドがははは、と苦笑しつつセリナの代わりにライラへ答える。
「あの言葉は、一日に最低一回は良いことをしようという掛け声だよ」
……なるほど。一日、一善か。
それはわかった。だが、それ以上に聞きたいのは、なぜ裸で道の中央を陣取り整列して叫んでいるか、ということだ。
「あれは――」
リオナルドが説明しようとしたその瞬間――
モヒカン男がこちらに気づいた。どうやらリオナルドと知り合いでその太い腕をブンブン振っている。そしてそれに応えるかのように手を振るリオナルド。
「お前たち!そのまま続けるように!」
「はい!」
掛け声は止まらず。モヒカン男だけがこちらへ向かってくる。
そして、陽の光に当てられてキラリと光る汗を体に乗せたまま、ニカッと白い歯を豪快に見せて笑った。
「リオナルド様!お久しぶりです!元気そうでなにより!」
「えぇ、お久しぶりです。ブリック軍曹」
「あー、とそちらは?リオナルド殿に護衛依頼をした子かな?」
モヒカン男――ブリックにセリナはいつものたたずまいでいつもの笑顔を向ける。
「初めまして、リオナルド様の旅に同行させていただいている者ですわ」
「はぁーっ。ご丁寧にどうも……ほー。リオナルド様……やりますね……こんな最上の美人を……」
「違いますよ。旅の仲間です」
「いやいやっ。隠さんでもいいじゃないですかっ。とうとうリオナルド様にねー、へー。俺はてっきり――」
「あの、私この国に来たばかりで知らないことばかりなんです。良ければ質問させていただいてもよろしいですか?」
二人の世間話に付き合う気などさらさらない。セリナはブリックに話しかけると、ブリックはわかりやすく顔を赤くさせた。
「先程からやられていたあの掛け声。とても素晴らしいですわね。いつもされているのですか?」
「……あ、あぁっ!あれは我が軍の恒例の掛け声だ!今街の見回りは一斑が行っているので、休憩がてら二班はああして訓練している!」
セリナにぽーっと見惚れていたブリックは、ハッとすると必要以上の回答をした。
そんなブリックを見てセリナは心の中で安心する。
そうそう、いつもこんな感じよね。リオナルドがおかしすぎるのよね。
「まぁっ。休憩中にも訓練だなんて素晴らしいですわ」
「他の街にいる軍の者はみな同じことをしているぞっ。我が『北国軍』はどの国よりも強く!美しく!誇りのある軍なのだっ!」
セリナに自身の良いところをアピールしようとしたのか、大声を出すたびにポーズを変え、筋肉をこれでもかと見せつけてくる。
セリナの頭の上に乗っているライラが『うわぁ……』と声をあげた。
『よくわからないけど……それ楽しいの?』
「楽しい楽しくないということではないぞ、猫よ!強いか!強くないか!それが大事なのだ!」
『ボクは猫じゃない!』
「そうか!それは失礼した!」
ライラに謝っていてもセリナに対するアピールは忘れない。それをいつもの笑顔で軽く流す。
うんうん。訓練ね。それはわかった。でもね、だからね。
……なんで裸?
聞きたいが聞きたくない。嫌な予感がしたので、セリナはその言葉を口に出すことをやめた。
「たくましいだろ?」
横から聞こえたリオナルドの言葉に、にこりと笑いながらうなずくセリナ。
たくましいって……いや、もうやめよう。キリがない。
セリナはブリックに向き直る。
するとまたしてもわかりやすく顔を赤くして、自身ができる最高にかっこいい顔をセリナに向ける。
「それで……私たち、この街で一泊しようと思っているんです。どこか良いところをご存じありませんか?」
「それならば!我が軍の駐屯地に来てみてはどうだろう!たくましい男たちが、華麗に歓迎会を開くぞ!」
「素敵な申し出ですが、ご遠慮します」
「そうかぁ……それは残念だ……」
「すみません。街の散策や、名物を食べたいのです。なので、それが叶えられる場所をご紹介してくださると嬉しいです」
「それならば!この街一番の宿屋がある!歩いて数分にあるメシ屋のモツ鍋が絶品なんだ!それに、そこを中心に他の店も並んでいる!そこがいいだろう!」
「まぁっ。それは良いですねっ。案内していただくことは可能ですか?」
「ああ!任せてくれ!この筋肉に誓って!必ず君をそこに連れていこう!」
落ち込んだり、張りきったり忙しい男だ。
だが、やりやすい。『東国』で未熟だと反省していたが、ちゃんと通じて安心する。
だが、冷静に。慢心せずに。
セリナは態度を変えないように、バレないように気をつけつつブリックについていく。
その後ろで少し考えた後……『まぁいいか』と苦笑しながらも、リオナルドは二人に続いたのだった。




