第31話『会議』
再び訪れた王城。しかし今回は国王へ会うわけではない。まぁそう簡単に会えるわけないし。
それと同じくらいとは言わないが、簡単に話すことはできないであろう人物たちと、私は『騎士団会議室』という部屋で会っていた。
この場にいるのは団長アレクシス、副団長のクイン、ヴィクトル、カスパル、そして私をここまで案内してくれたリオナルド。
私たち以外はみな席に座っている。この前出会った時と同じ場所が普通だと言わんばかりに、その席順で。
部屋をちらりと見ると、剣や槍といった調度品に『東国』の紋が刻まれた旗のようなものがある。アレクシスの近くには世界地図が貼られたホワイトボード。
促されるままに、長い長方形の机にあるイスの中の空いた席に座り……そこで部屋全体に魔力がこもっていることに気づく。
私が持っている魔道具『静寂のベール』に似た魔力。一部の範囲の音が聞こえなくなるという能力を持った魔道具だ。それに似ているとなると……なるほど、この部屋が『会議室』で間違いないなと一人納得する。
私をエスコートし終えたリオナルドが座ると、アレクシスは相変わらずの脱力した声を上げた。
「さて。作戦会議を始めるよ。来てくれてありがとう、セリナちゃん」
「え?あ、はい、いいえ。とんでもないですアレクシス様」
「アレクだよ」
誰かに『ちゃん』づけで呼ばれたのは初めてだったので、前に呼ばれた時と同じく、とまどいながらも私はなんとか返事をする。
そんな私を見てにっこりと愛らしい笑顔を向けると、そのまま他の者も見渡す。
「今回はちょっと説明がながぁーくなるよ。聞いたことのある話も多いよ。質問は受けつけるから、気になったことは遠慮なく聞いてね」
そう言うとアレクシスはカスパルを目で促し……カスパルは席から立つと、アレクシスの横にあるホワイトボードの前に立った。
カスパルは、その明るめな青い髪を動かしてにこりと優しく笑うと、私に対し丁寧に礼をする。
その完璧な礼は長年『指導』を受けた私から見ても非の打ちどころはない。それだけではない。立ち姿、所作、全てが洗練されている。ここまで見事なものにするのには相当の練習が必要になるだろう。
素晴らしい、と心の中でつぶやいた。
「改めまして。『東国』騎士団、副団長のカスパルです。過去から現在までの世界情勢について説明させていただきます」
そう言うと、ホワイトボードに貼られている世界地図を見る。女性と見まがうほどの細めの指がさした先には『中央国』があった。
「かつて世界は混沌としていました。邪神とのちに呼ばれるものが暴れ、朽ち果てた際に生み出した瘴気。それをその身に受けた『魔王』が率いる魔物の軍勢と魔族。そしてその他の種族に分かれての戦争。それを止めたのは『魔王』を倒した『勇者』と呼ばれる人間です。その『勇者』はともに戦った『聖女』とともに人間の国を作りました。それがこの『中央国』です」
子供でも知っている昔話。確かに長くなりそうだ、とすこしうんざりしながらもそれを表に出さずに聞く。
「そして、残った『勇者』一行は二人を見守ろうと四つの国を作りました。それが『北国』『南国』『西国』、そして我が『東国』です」
ここまでも子供が知っている話。だが、次からは少し違った。
「国の発展のため、平和のためにと『聖女』は『中央国』ですべての国を守るため、魔法陣を作ります。そのおかげで五つの国は他の種族の襲撃や自然、その他の脅威から守られます。そして、四方の国……いえ、『勇者』一行だった者たちは考えた末に、自国に自分を守ってくれていた精霊を置き、魔法陣の補強をしました。そのおかげもあり、四つの国は精霊の加護を受けることになります」
え?魔法陣を精霊が補強?知らない話だ。
もしかして、鍵を起点として魔法陣が作られているという設定はないのか?『聖女』はただ魔法陣を作っただけ?
数々の疑問が浮かぶ私を置いていくように、カスパルの話は続く。
「魔法陣は『聖女』の力と精霊の加護によって作用します。なので『中央国』は『聖女』を、四方の国は精霊を神と崇めることになりました」
神……ね。
その言葉でリアナが頭の中に出てきた。確かに神のように崇められ、愛されている。私もリアナが産まれる前まではそのような扱いを受けていた。遠い昔の話だけど。
「……一ついいだろうか?セリナも『聖女』だろう?」
「『元』です。リオナルド様」
「あ、と、その、セリナが……なぜそのような扱いを受けていないんだ?」
カスパルの顔が少し曇る。それでも私を見たあと、しっかりとリオナルドを見た。
「それは『中央国』の慣わしによるものです。歴代で『聖女』は一人で良い。それが『中央国』の考えですから」
「なんだと……?」
「他の『聖女』がどのような扱いを受けてきたか……それは『中央国』の住民に聞けばすぐわかります。ロクなものでは……失礼。セリナ嬢」
「いいえ、話を続けてください」
にこりと微笑む私を見て、リオナルドが悲痛な顔になる。
そうか、リオナルドは知らなかったのか。そして、私にとっての『当たり前』は他の国では違ったのか。
そうか……
そうなのか……
顔には出さないようにしていたつもりだったが、カスパルがごほん、と気まずそうに咳ばらいをする。
そしてまた世界地図に目を向け始めた。
「……話がそれましたので元の話に戻します。そうして五つの国で平和に暮らしていた人間ですが、それが崩れ始めてきているのです」
「ここからが本題だよ。しっかり聞いてね」
アレクシスがにこりと笑う。その脱力するような声とは裏腹に、私たちに緊張が走った。
「魔法陣の力がどんどん弱くなっていきました。長い年月をかけて少しずつ、少しずつ、と。それに気づいたのが三十年以上も前のことです」
へぇ。私が魔法陣を管理する前から魔法陣は衰え始めていたのか。
「魔法陣が機能しなくなるということは『聖女』及び精霊の力が弱まったということ。それによって引き起こされる最悪の事態……それは……」
カスパルが一息置く。そして先程よりもしっかりと話し始めた。
「精霊から見放され……人間の国が他の種族から襲われるようになり、自然災害などから守られなくなるということ。それは『中央国』はもちろん、かつて忠誠を誓い、精霊の恩恵を受けてきた我らの国にとっても脅威なのです」
ほう。それは良い話だ。そのままなくなってしまえばいい……と、この場で思っているのは私だけか。
「セリナ嬢が『中央国』から離れたという事実――これも『中央国』の腐敗を意味していると受け取れます。その証拠に、半年ほど前から魔法陣の力は目に見えて弱くなっている」
「そこで、私たちは思ったのだよ。なんとかしないといけないねって」
カスパルの神妙な声と、それに続くアレクシスの軽快な声。
アレクシスに主導権が移ったのか、そのままアレクシスが話し始める。
「どうにかして精霊にやる気を出してって話をしたかったんだよ。でも精霊を起こせるのはかつての『勇者』一行なみの巨大な力の持ち主だけ。さらに『緑の神殿』から瘴気が出始めて、うちの部隊を送り込んでもなんともならない。困ったなぁって思った時に、セリナちゃんがこの国に来てくれて解決したの」
アレクシスは両肘を机に置き、顔を支えるように両頬に手を置く。穏やかに笑う顔と相まってその姿はとても困っているようには見えない。
「それで今回みんなで『緑の神殿』に行ったの。そしたら『風の精霊』様は応えてくれた。やったねって話」
「なるほど……?」
アレクシスの言葉に、ヴィクトルが納得したようなセリフとは真逆で首をかしげている。
あの『緑の神殿』に行ったリオナルドやクイン、そして事情を知っているであろうカスパルは理解したのだろうが、ヴィクトルにはさっぱりなのだろう。
「わりぃが……もっとわかりやすく説明してくれねぇか?」
「人間の国が滅びそうなので、なんとかしにいったらなんとかなりそうだ、という話です」
「……なるほど。よくわかったぜ」
わかったんだ。あの説明でいいんだ。
心の中でつっこむも、カスパルは平然としているしヴィクトルは満足そうにしている。残りの二人はなにも言おうともしない。その様子に、これはいつものことなのか、と納得することにした。
そんな私にアレクシスが変わらない笑顔を声で話しかける。
「それでね。セリナちゃんには『風の精霊』様に言われた通りにしてほしいんだ。うちから誰か一人と、風の眷属をつけての旅。悪くはないと思うんだ」
悪いに決まっている。なぜ私が人間を生かすために行動しなければならないのか。
自由を求めて旅をしているのに、そんな不自由、お断りだ。
「そうですね……急なお話なのでどうお答えしたら良いか……」
困った顔をして、口に手を当てて考える。いつものように『聖女』らしく妖艶に、しかし可愛らしく。
だが、誰も引っかかった様子はない。さすがというべきか。
……さて。どうしよう。
断ってもいいが、それでは『東国』に対して脅威とみなされる場合もある。ただでさえ『中央国』から追手が来ているのだ。これ以上は困る。
それならば、いっそ最初から連れていくという提案は悪くはない。しかしそれは常に監視されている旅ということになる……それは私の望むことではない。
だが……
私も知らなかった魔法陣と精霊のシステム。その過去と秘密には興味がある。
乗っかったフリをして知るのも悪くはないかもしれない。
………………
心の中で大きなため息。
本当は一人で自由気ままが良い。だが、それを状況が許さない。ならば仕方ない。
「わかりました。私の力がお役に立つかはわかりませんが、どうぞよろしくお願いします」
苦笑したあと、私は全員に向けるように会釈をしたのだった。




