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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第一章『東国(ひがしこく)』編
22/75

第22話『牢獄』

夜になり、私たちは『ご主人様』の家にやってきていた。

ノエルを刺客として寄こしてきやがった、ヴァレス・フォン・グリューン子爵様の豪邸へ。

ノエルによると、歳がそこそこいった男で見た目はやや太め、ヒゲが生えていて緑の服を好むらしい。


色々聞くたびに、命令を思い出しては私を襲おうとするノエル。

消えてもなお脳に残る後遺症から、奴隷紋がどれだけ強力なのかということ。そして、ノエルが『ご主人様』から受けた仕打ちの残酷さがうかがい知れた。


そんなノエルから聞くのは苦労したが、そこまでわかればこの国に住んでいるリオナルドにはすぐにわかった。

『中央国』の貴族と深い繋がりがあり、なにやら『怪しい動き』をしている疑惑がある男。蓋を開いてみると奴隷などというこの国では禁止されている制度を使っていた、とても腐った貴族だったというわけだ。他にも叩けば埃がどんどん出てきそうではあるが、私には関係ないし興味もないのでどうでも良い。

ただ、この私を誘拐しようとしたこと、奴隷を使っていること。この二点が気に入らないというだけだ。


「さぁ。行こうか」


リオナルドが言う。私とノエルはコクリとうなずいて敷地内へと侵入する。

ノエルが言うには、この家には地下があってそこにずっと閉じ込められていたらしい。そして、その地下と外を往復できる通路があるということ。

なるほど。奴隷なぞ外の人間はもちろん、屋敷内の誰かに見せるわけにもいかないが、ノエルに『仕事』をしてもらうには外に出なければいけない。そのためだけに作られた通路があってもおかしくはない。

バレないように足音を殺して向かった先は、屋敷から少し外れたところにある井戸。見た目はもうずいぶんと使われなくなったものに見える。

ノエルは慣れた手つきで井戸の上に置かれた木の枝や板、石などを避けていく。


……それにしても……


「ずいぶんと静かですね」


小さな声で私は言う。夜で寝静まっている……というだけでは理由がつかないほど妙に静かだ。

そして……

私の声にリオナルドの顔が少しゆがんだ。そんなリオナルドに私はにっこりと微笑みかけた。


――わかっていますよ。貴方しかいませんものね。周りに騎士を配置できる者なんて。


気配の消し方が上手い者を配置したつもりだろうが……まだ甘い。もう少し空気の流れや足元の木々、小石などに気を配れるようにならなければ。

私とノエルに知らせずに配置までしたリオナルドに多少の憤りとその見事さに驚くも、突入が夜になった理由はこれか。と納得する。


リオナルドは昼の間に、私たちの目を盗んでなんらかの手段を講じ騎士団に連絡を取ったのだ。そのためにしなくてもいい無駄な買い物をした、と。

顔を変えたのも昼の間に堂々と動け、なおかつ他の者と連絡を取りやすかったと考えれば腑に落ちる。私はリオナルド以外の騎士の顔を知らないのだから、そんな人との会話の中に暗号のようなやり取りを入れられればわからない。


疑えばキリがないくらい、リオナルドは色々な人と話していた。寄った店々の店員、すれ違った人への一言、飲食店のメニュー表だって暗号になる。


「いいよ」


ノエルが井戸をふさいでいる上のものを避けて魔力の糸を取り終えたとき、リオナルドは私から顔をそらした。

そう、人差し指を口の前に立てて優しく笑った後――

万が一のための人員のせいで、今騒ぎを立てたくないのは私も同じだ。それに侵入なら少数のほうが動きやすい。


「先に行くね」


ノエルが井戸の端に座り、そのまま落ちていく。音からしてたいした高さではなさそうだが、それでも簡単に降りるのは慣れてしまったゆえんか。

ノエルに続いて私、リオナルドと続く。降りた先にまだノエルがいると踏んでしまうので、一応魔力の糸を駆使しゆっくり降りながら、ノエルがいないことを確認した後に着地する。そして、私が降りて歩いた音を確認したのだろう、リオナルドが降りてきた。

そしてそこは――


「ここが……地下だよ」


井戸から漏れ出る月明かりしか明かりがない、冷たい石でできた部屋のドアと呼べるそこには、重たく錆びた鉄格子が嵌められていた……

明かりの魔法を使ってさらによく辺りを見えるようにすると……壁には乾いた血の跡、読めない血の文字、打ち込まれた鉄製の鎖や留め具。それにつながっている手錠。

床には壊れた石畳の一部、這いずられた跡、排泄物。


そして……


壁に寄りかかるように置かれている小さな白いもの。小さい……白骨化した人間の一部。その首と呼べる場所では『五。処分済み』という言葉がかろうじて読める紙が、冷たい風に吹かれてわずかに揺れていた。

そんな部屋の中に、私たちは到着したのだ――


「牢獄……か、ここは……!」


リオナルドが吐き捨てるようにつぶやく。そんなリオナルド側の奥。白骨とは別の奥になにかが布で隠されていた。

大きさ、高さ、匂い、少しだけ見える白いなにか、隙間から見える布の一部で察することはできる。


「……知り合いだったのですか?」


私はノエルに目で『それ』を指しながら言うと、ノエルは首を小さく振った。


「……話したことは、ある。ご主人様には『シッパイばかりのジュウニ』と呼ばれていた」


ノエルは自分のことを『ジュウサン』と呼んでいた。つまり、十二番目が使えなくなったからノエルが買われ……

そして……必要のなくなった十二番目は処分されたということか。

ノエルは『十二』と呼ばれていたモノの場所へそっと近づく。音もなく、ゆっくりと……


「ジュウニは言ってた。いつかここからカイホウされるって。だから平気だって」


ノエルはピタリと足を止めて『十二』を見下ろす。その顔はいつもの無表情だ。


「……お歌を歌ってた。お母さんが歌ってくれたって。キレイな声、だった」


そんなノエルを私はただ見ていた。


「……カイホウってなんだったんだろう?平気って言って血を流していたのはなんでだろう?わからない」


抑揚のないノエルの言葉が少し小さくなった。クセである首をこてん、とかしげる仕草にも元気がないように見える。

どうやら私たち、というより、目の前のモノに話しかけているようだ。


「わからない……なにもわからないよ……」


胸の前で両手を組み祈る。無意識に出てしまう『聖女』の祈りだ。

――ふと、閉じた私の目の奥に映ったもの。それはかつての私の過去。

泣いてもわめいても止まらない『説教』と『指導』の数々。自分の体を綺麗に治せるまでは、その痛みにのたうち回る日々が続いた。

体の奥からこみ上げるものを抑える。冷静に、冷静に。大丈夫。

そっと目を開けてノエルのほうを見ると、変わらずその場に立ち尽くしていた。


カイホウ……解放ね。死も自由の一つの手段ではないかしら。望み通りじゃない、良かったわね。

私はそんな自由すら、選べなかったけれど。

――そうよ。人間がここで死んでいっただけ。それだけの話。


やっと冷静になれたと思いノエルから目を離し。さて、ここから出なければと思った瞬間だった。


「……やることがある。先を急ごう」


リオナルドのその声が届くと同時に、鉄格子が何本か切られて地面に落ちる音がした。

鉄の太い棒を一度に何本も斬れるリオナルドの剣さばきに感心したが……斬られた鉄格子はどう考えても私たちの体よりも広いことに目がいった。

音を出すのは気づかれるリスクが増えるだけだ。リオナルドもそれは分かっているはずなのに……

まるで、ここに閉じ込められた者たちを出そうとしているかのようだ。

なんともリオナルドらしいと心の中で思わず笑ってしまった。

そしてそんなことはおくびにも出さずに同意する。


「ええ。急ぎましょう」

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